要らぬ!
王妃ミカは、召使い二人を伴って、彼女のために用意された部屋へと戻った。そこで侍女らに服を脱がせてもらう。
彼女自身は自分でやりたかったのだが、婚礼のためのそれはおろか、普段用のドレスでさえ、自分一人では着ることどころか脱ぐこともままならないような有様だった。
『機能美の欠片もない、ただただ虚飾のための虚飾……脱ぎ着するにも二人がかりで一時間……こういうのは<伝統>とは言わない。単なる<悪習>だ……
時代は移り変わっている。事実、列強諸国ではすでにこれほどの装いを行うのは、戴冠式などの国として重要な儀式の場だけになってきているという。それによって浮いた時間を使い、貴族の
その流れに乗れないからこの国は衰退していくばかりなのだ……
なのに、この国の中枢に関わっている人間は誰もまともに危機感を抱いてさえいない。
これでよく数百年も持ちこたえられたものだ。列強諸国のお目こぼしがあればこそか……
来歴だけは立派だからな、この国は……
しかし、過去の栄光と他国の温情に胡坐をかいて無駄飯を喰らい続けることを未来永劫見逃してくれる保障はどこにもない。
事実、近年は周辺諸国からの突き上げも厳しくなってきているという。
彼らは探りを入れているのだ。この国が本当に<張子の虎>なのか、それとも<眠れる竜>なのかということを。そして彼らが本質を見抜いた時、この国は滅ぶ。
周辺諸国からの侵略を受け、それに対抗するという名目で列強諸国が介入。それぞれの思惑に従って国を切り刻み、事実上、この国は消滅する……
だが、私はそれを許さない。いくら仮初の宿木ではあっても、今は私の住む国だ。この国を侵す行為は、私自身を侵すのと同じ。
故に私は守ってみせる。この国を……!』
婚礼用のドレスを脱がされるのももどかしく、最後に体を締め付けていたコルセットが外され、はじけるような肌を空気に晒した彼女は、普段用のドレスのためのコルセットを着けようとする侍女に対して、
「要らぬ! このままドレスを着せよ!」
と叱り飛ばすように命じた。しかし、ここではドレスが映える美しいスタイルを作り上げるためにコルセットで矯正するのが常識。にも拘らずそれを必要ないと言う。
「しかし……」
戸惑う侍女達に対し、ミカは、
「私の命が聞けぬと言うのか? この、神聖皇国ティトゥアウィルキスの流れを汲むセヴェルハムト帝国の王妃、ミカ=ティオニフレウ=ヴィ=モーハンセウの命が!?」
ギラリと刺すような視線を向けて一喝する。
「め、滅相もございません…!」
侍女達は魂ごと握り潰されるがごとく震え上がり、大慌てでコルセットをしないまま彼女にドレスを着せていったのだった。
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