美麗

『要らぬ! このままドレスを着せよ!』


王妃ミカの叱責を受け、侍女達は半信半疑ではあったものの言われたとおりに彼女にドレスを着せていった。


すると、コルセットを着けていないにも拘らず、それほど苦もなく着せることができた。むしろ、引っかかりがちなコルセットがなかった分、スムーズに着せることができたようにさえ感じられた。


それだけではない。本来はコルセットによって美しいシルエットを作り上げるはずが、コルセットがなくてもほとんど変わらないそれになっていたのだった。


「すごい……」


侍女の一人が思わず声を上げると、王妃ミカはギロリと睨み付けた。


「ひ…っ!」


睨まれた侍女は声を詰まらせ、体を強張らせる。もっとも、ミカ自身は無知な侍女にただ呆れて視線を向けただけだったのだが。


と言うのも、これはすでに、列強諸国の、ドレスを普段から身に着けるような女性達では当たり前のことだった。コルセットに頼らずとも美しいシルエットを実現するために自己研鑽を欠かさないがゆえに。


一方、この国の支配層の女性達は、豪勢で怠惰な暮らしをしつつ、化粧や香水やアクセサリーで上辺だけの美しさを取繕うだけで、矯正下着を使わなければおよそ見るに耐えないだらしないスタイルしか持っていなかったのである。


自身では努力せず、すべてを小細工で賄っていたのだ。


もっとも、昔はさらに生身の人間ではおよそ到達不可能と思われるような極端なスタイルが主流だったりした時期もあったそうで、それに比べるとまだ随分と人間らしい範疇に納まっているとも言えるようだが。その当時は絶食を繰り返し栄養失調と貧血で倒れる女性も後を絶たなかったという。それが緩んだことによる反動が来ているとも考えられる。


『そうだ。さすがに体調も維持できなくなるような極端なものは論外にしても、自己研鑽の結果であるならばまだ意味もあるだろう。けれど、この国のそれは違う。怠惰を誤魔化すための粉飾に過ぎない。それでは自分達の首を絞めるだけだ。


何故それに気付かないのか……!』


口には出さないそんな苛立ちが、彼女の表情をさらに冷淡にしていく。彼女は、苛立てば苛立つほど、怒れば怒るほど、表情が凍り付いていくタイプだった。


こうして普段用のドレス、いや、<執務用のドレス>に着替えたミカは、侍女達を置き去りにする勢いで部屋を出、滑らかでありながら小走りに匹敵する速さで廊下を歩いていく。


裾が広がり床に届きそうなドレスでは見えなかったものの、彼女の歩き方は競歩のそれに近く、怠惰な生活で足腰が弱った他の女性では到底真似のできないものなのだった。


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