ベビーシッター

右奥 五巳

ベビーシッター

ベビーシッター登場!

エスプレッサー・ツイン


 私は、夢を見たいのだ。


 昼下がりに教授はコーヒーを片手に言った。窓際にいて徐ろに空を眺めているが、太陽は今真反対にあるし、生憎今日は曇天だった。私は執筆の手を止めて訝しんで教授を見つめた。また始まった。


 そうとも、こんな小さな研究室で私の夢が十分に見れるとは思わない。だが、何も私は有名になりたい、金持ちになりたいわけじゃないのだ。この世のありとあらゆる知識を溜め込み、その知見を生かしてまあ誰も断言できてはいないことを断言したいのだ。それはあって、私たちを確かに見守っているのだ。


 教授はそこまで言ってコーヒーをグイ。教授のなけなしの金で買ったエスプレッソマシンは思ったよりも酷い代物で、かなりキツめのエスプレッソしか出ない。教授曰くそれがお気に入りらしい。だが、少なくとも私にはスティックが二本必要だ。一回のエスプレッソに対して二本だ。ところが、この教授は二回のエスプレッソをスティックなしで飲む。飲んだ後に目を瞑り、歯を見せ、体を震わせて、はあ、と一息吐く。苦いんじゃないか。


 私は今ある執筆原稿に目を向け、ペンを再び動かし始めた。この原稿は、実は論文ではなく、今週中に雑誌に寄稿する、謂わばアルバイトみたいなものだ。金を提示されて頼まれれば誰だって書くだろう。教授は続ける。


 そうとも、深く静かに。ただ見守り、ただ慈しみ、他には何もしないのだろう。そもそも、無条件に我々を助けるわけがない。我々は与えられたから助けられもすると勘違いしているだけだ。というか、そもそも「助け」と言う考えが酷く欧米的なんだろう。感謝を示し、だから見返りを欲しがる。実に打算的だ。これでは現代で進歩し続ける科学にかなうわけはない。西洋的宗教がそもそも打算的であるからだ。


 熱が入ってきたな。私はそう思ったが、ペンを走らせ続ける。教授の声は大きくなり、私が走らせるペンの音を掻き消し始めたのを私は耳で感じていた。教授は続ける。


 科学とは人間の生活に深く根ざした打算をより、縮小し、単純化することだと私は考えている。そう、例えば自販機なんかどうだろう。硬貨を入れてボタンを押す。そうすれば、報酬がもらえる。設置されていればどこでもね。内部機械が複雑であっても、この通り実は単純の組み合わせでできている。科学は単純化なのだ。打算的社会現実に根ざした単純化。一方、西洋的宗教は打算的ではあるものの単純ではない。現実と乖離する複雑な心的教義によってのみ現実での利益を得られると勘違いさせてしまう。しかも、宗教は自販機と違って必ずしも報酬がもらえるとは限らない。だから、宗教は科学と現実で戦う時圧倒的に弱い。

 ここで、コーヒーを再びグイ。また体を震わせて自分の机に戻っていく。喋り

ながら。


 そうだ。しかし、ここから問題が再び生じ、それが今の大きな問題となっている。それは宗教的観念が科学によって否定されるのなら宗教的観念全てが偽であると言うことだ。


 着席をして空のマグカップを机にドンと置く。弁も佳境だ。私は片耳でそれを聞きながらペンをまたまた走らせる。


 幽霊、あの世、神。すなわちオカルトだ。それらはことも投げに否定され、あろうことかその観念そのものを破壊していってしまう! 元々今日我々が知る宗教とは違うものなのに! 宗教とは科学が人を支配していた以前の衆愚の残物だと思っているのだ! 


 ここで机をドン。椅子から立ち上がって。

 だが、断言しよう! 神はいるのだ! あの世はあるのだ! 幽霊はいるのだ! 


 火山が一度大きく噴火する。だが、火山もそうであるように彼もまた萎み、机にストンと落ちた。先ほどとは打って変わって細々と一言。


 そう……断言したいのだ。 


 何かを信じた人間は強いものだが、それが雲を掴み続けると、どんな人でも挫けそうになる。私が彼に自分のことを言ってしまってもいいのかもしれないが言ってしまってはつまらない。その通り、我々は見るだけなのだ。


 さて、大学向かいのタリーズに行こう。

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