第34話 ヒーローは遅れて登場する

 優理をストーカーから助けた後、僕は白銀学園の外に来ていた。


白銀学園の敷地内には美月さんの姿は見えなかったため、白銀学園付近で一番怪しい隣の廃ビルを調べようと思ったからだ。


廃ビルの近くまで行くと中から誰かが戦っている音が聞こえた。


無性に嫌な予感がした僕は、急いで美月さんを探し始めた。




***

<side 美月>


 レールガンを放った後の戦鬼と私はほぼ互角の戦いをしていた。


途中までは。


「いいねいいね!てめえならもっと本気でやってもよさそうだ!」


戦鬼のその言葉から一方的な蹂躙が始まった。


本気を出した戦鬼の動きは本気を出す前とはまるで違った。


私の攻撃は戦鬼を捉えることがほとんどできなくなり、逆に戦鬼の攻撃は的確に私に当たる様になっていた。


私は、金でできたスーツを駆使してなんとか致命傷を避け続けて戦えているという状況だった。



「はあはあはあ…。」


「おいおい、もう終わりか?シンもまだ来ねえし、もっと粘ってくれよ。」


呼吸を一切乱すことなく戦鬼はそう言った。


そうだ…。私が負けたら心君が危ないんだ…。


今一度、ここで自分が戦う理由を確認した私は今にも倒れそうな身体に鞭を打つ。


「…次で最後よ。」


今の私の状態から考えても、長くは戦えない。


だから、次の攻撃に全てをかける…!


「へぇ。そいつは楽しみじゃねえか!」


そう言って、戦鬼は全身を様々な武器に変えて接近してくる。


戦鬼の攻撃が今にも当たりそうなとき、私は金のスーツを最低限残して、残りの金を全て使って戦鬼を覆い被せにいった。


戦鬼は私のやろうとしていることに気付いたのか、急いでその場を離れようとする。


だが、私に接近した時点で既に詰みだ。


戦鬼に攻撃した時に弾かれた金の残骸が戦鬼と私の周りに散らばっていた。


私は戦鬼が接近してくると同時に戦鬼の周りを覆うようにそれらを変形させていた。



逃げ場を失った戦鬼は静かに私の作った金のドームに覆われていった。


不気味な笑みを残して…。




や、やったの……?


私がそう思った時だった、私の背後の地面から突然鎖が現れて私の身体を拘束した。



「きゃあ!!なに…これ…?」


う、動けない…。


私が鎖から何とか脱出しようとすると、鎖は私の身体をギリギリと締め付けてきた。


「きゃああああ!!」


だ、ダメ……意識が……。


私の意識が遠くなっていく。


それと同時に戦鬼を包み込んでいた金のドームの制御が上手くできなくなっていく。




ガンッ!ガンッ!!ガンッ!!!



金のドームを戦鬼が内側から壊そうとする。


私は途切れそうな意識を金のドームの維持に集中させるが、もう立て直すことはできなかった。


ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくドームの中から戦鬼が姿を現した。



「あー…。さっきのは中々やばかったぜ。まさか異能の解放をすることになるとはな。」



そ、そんな…。


私の奥の手は戦鬼の謎の能力によって打ち破られてしまうのだった。



その時、私の身体が鎖から解放された。


「うっ…。はあ、はあ……どういうつもりかしら?」



「てめえは俺に奥の手を出させるほど追い詰めたんだ。そのことに敬意を表して最後くらいは俺がとどめを刺してやろうと思ってな。」


戦鬼がそう言って私に近づいてくる。


まだ、諦めたらダメ。


私はゆっくりと近づいてくる戦鬼に向けて金で作った槍を飛ばそうとする。


しかし、金は槍の形を保つことさえできずに崩れていった。


「な、なんで……?」


「限界が来たみたいだな。」


私の疑問に答えるように戦鬼がそう言った。


「異能力者の異能も無限に使えるわけじゃねえからな。まあ、てめえは俺を倒すためにめちゃくちゃ異能を使ってたからな。何も不思議なことじゃねえよ。」


そんな……。こんなところで限界が来ちゃうなんて…。


戦鬼が私の前まで来た。



「命までは取らねえから安心しな。まあ、次目覚めたときは俺らの仲間になってもらうがな。」


戦鬼はそう言って、鉄パイプのようなものを振り上げた。



ああ……。


私、ここで終わっちゃうんだ。


頭の中に走馬灯のようにいろんな記憶が駆け巡る。


最後に思い浮かんだのは心君の笑顔だった。


ごめん、心君。


もっと一緒にいたかったよ……。


私はただただ戦鬼の振り下ろす鉄パイプを見つめることしかできなかった。




そして、鉄パイプが私に当たる瞬間……誰かがもの凄い勢いで戦鬼を蹴り飛ばした。


戦鬼を蹴り飛ばして私の前に立つその人は、もうその姿を見ることはできないと私が思っていたシン君だった。



***



 嫌な予感のする方へ急いでいると、大きな部屋の中で美月さんが今にも戦鬼に殴られようとしているのが見えた。


その姿を見た瞬間に僕は走り出した。



急げ!!


この一年間はここでこの手を届かせるための一年だったろ!!



そして、戦鬼が振り下ろした鉄パイプが今にも美月さんに当たりそうになった時、僕の蹴りが戦鬼を捉えた。



吹っ飛べえええ!!


予想外の方向からの攻撃だったせいか、戦鬼は僕の蹴りをもろに受けて飛んでいった。



「シン…君?」


美月さんが信じられないといった顔でこちらを見ている。


「はい。」


「どうして…?どうして、ここに来たの!?あなたはもう…。」


「美月さんを笑顔にするためです。」


「え?」


「メールで言ったはずです。美月さんを必ず心の底から笑えるようにすると。だから、ここまで来ました。」


美月さんはそれを聞くと少し顔を俯かせた。


「帰って頂戴……。シン君がいなくても…問題ないわ…。」


美月さんは声を震わせながらそう言った。


やれやれ、いくら僕でも今の美月さんが嘘をついているということくらい分かる。


「美月さん、美月さんが何と言おうと僕は戦鬼とは戦います。美月さんが望んでなくても、僕は僕のやりたいことをやります。それがシンが目指した生き方で、僕が憧れた強キャラの姿ですから。」



僕がそう言うと、美月さんは今にも泣きそうな顔でこちらを見てきた。



「必ず戦鬼を倒します。だから、その時はもう一度心の底から笑ってもらえますか?」


美月さんは僕の言葉を聞くと頬からツーっと涙を垂らした。


「……うん。…勝って、シン君。」


「はい。」



美月さんの嘘偽りない本心を聞くことが出来た僕は吹っ飛んでいった戦鬼のもとへゆっくりと近づいていく。


戦鬼は既に起き上ってこちらを見ていた。


「待たせたみたいだな。」


「あーん。まあ、いいさ。あの女には楽しい戦いを提供してもらえたし、てめえにも会えたしな。」


「そうか。なら、始めようか。一年前の続きをな。」


僕がそう言うと戦鬼は嬉しそうに笑った。


「ああ。一年間、この時を楽しみにしてたぜ。失望させてくれるなよ?」



戦鬼がそう言い終わったのと同時に僕と戦鬼は走り出した。



そして、この白銀学園攻防戦の最後にして最大の戦いが幕を開けた。





***

<side 美月>


 シン君が来てくれた。


その事実に私は嬉しさを感じながらも、シン君のことを思ってシン君を突き放すようなことを言った。


でも、シン君はそんなこと知らないと言った顔で私のことを勝手に助けると言った。



その言葉で十分だった。


その気持ちだけで十分だった。


私はシン君から、心君からたくさんのものを貰ってきた。だからこそ、今度は私がシン君を、心君を守ると決めていたのに、それなのに…。



「必ず戦鬼を倒します。だから、その時はもう一度心の底から笑ってもらえますか?」



シン君なら本当に戦鬼を倒してくれるんじゃないかって期待してしまうのだった。


気付けば頬から涙が零れ落ちていて、私はシン君の発言に小さく頷いていた。



勝って。


私の小さなそして、何よりも無茶な願いにシン君は「はい。」と返事をして戦鬼のもとへ向かっていった。



その後ろ姿は、初めて私がシン君と出会ったあの日のように頼もしくて力強かった。


***

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