グラスを揺らす横顔と冬晴れの夜
みなづきあまね
グラスを揺らす横顔と冬晴れの夜
間接照明がぼんやりと照らす中、ロゼの泡が出ては消え、揺らめいている。
美味しい料理を堪能しながら、思い思いにお酒を傾ける。私は1番奥の席でキールロワイヤルをちびちび飲んでいた。
お酒はあまり強くはないが、ようやく慣れてきたのか、1〜2杯ならゆっくり嗜むようになった。
ふと賑やかなテーブルを視線だけで横切ると、私の対角線上にいる男性に目が止まった。
いや、ずっと見ていた。本当は隣に座りたくて、たまたま会社を出た時から一緒だったためチャンスと思いきや、座る直前にくじ引きをさせられた。
結果、最も遠くなってしまった。狭く、メンバーもあえて席替えするような人々でもないため、話すことは望めなかった。
でも、これはこれで良かったのかも。
横から見ると、彼の鼻筋の綺麗さが際立つ。髪を切り、若干剃りが入っているのが分かる。そして左手に持ったグラスでロゼを口に運ぶ。その仕草がたまらなく色気を醸し出していた。
元々お酒好きらしく、ペースはやはり早かった。それでもガブガブ飲むのではなく、普通に嗜む。グラスに添えられた指から、飲んだ瞬間の首筋、そして話に笑いながら相槌を打つ横顔。これを独り占めするために、私はちらりと様子を眺めていた。
結局、会の中では話すことはなかった。しかし、店を出たところで一緒になり、同じ方向に帰る後輩も含め、数人で帰ることにした。
その中の1人が、よく酔っ払っており、人様に迷惑は掛けないが、よく大口を開けて寝て、私達に笑われていた。
たまたま彼とその後輩は最寄りが同じため、私たちはよく念押しをした。また、ちょっと冗談めかし、
「見送ったら連絡入れてください!」
と言ってみた。まあ、連絡は来ないだろうし、私も特に深くは考えていなかった。
駅で別れてから少し迷ったが、お酒が入っていることもあり、ふざけ半分で後輩をよろしくと、改めて連絡を入れてみた。
しばらくすると、しっかり後輩が帰るのを見送った旨の返信が来た。
私は思わずニヤついてしまった。
彼とは以前、1回だけ連絡を取ったことがあった。私が休みだった日だが、仕事について緊急の用件があり、彼が同僚に私の連絡先を聞き、連絡してきたのだ。
その時のお堅い事務的文面と違い、絵文字まで付けて、少し向こうもお酒で緩くなっているのを感じた。
私は大抵飲み会の後、切ない気持ちになり、まっすぐ家には帰らず、あたりを散歩してから帰る。今日も同じ気分になり、
「私はもう少し歩いてから帰ります。」
と返事をした。すぐに返事が来た。
さっき一緒に歩いていた際に、私が飲むと歩きたくなるという話をしていたので、
「ほどほどにして下さいね?」
と律儀に言われてしまったが、そのちょっと冷たい字面にも喜んでしまえるほど、彼と連絡を取れていることが嬉しかった。
そもそも連絡先を交換することなど無理だと思っていたら、仕事の都合とはいえ、向こうから連絡が来たこと自体が奇跡だった。
なのに、こうやって砕けた感じで話せるなんて、夢のまた夢だったのに。
「そちらこそ気をつけて下さいね。いつもより楽しそうにしてたから、酔っ払ってるかな、と。」
普段生真面目な分、たしかにそんなに変化はなかったが、多少声が大きくなり、口数が多くなったのを見ていた。
「いつもより、喋りたがりになるんで・・・」
彼は気恥ずかしそうに返事をしてきた。苦笑している様子を想像し、私はまた口元を綻ばせた。
ふと顔を上げるとそろそろ自宅だった。冬の空気が肌に少し刺さり、はあっと息を吐くと、白くなった。
一瞬迷ったが、もう一度スマホの画面に目を落とし、
「こちらは帰宅しました。気をつけて下さいね?」
という彼からの返事に御礼を述べ、電源を切った。
まだ夜はこれから。いつもは切なくて、ネガティブな気分で夜の街を歩く。
今夜は違う。多少の切なさは残しながら、恋の幸せを抱きつつ、私は家に向かう路地を曲がらず、まっすぐ歩き続けた。
グラスを揺らす横顔と冬晴れの夜 みなづきあまね @soranomame
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