Remember November

弓 ゆみ太

Remember Nobember

「なぁ、知ってるか?あいつ転校するらしいぜ」


その知らせは唐突に届いた。


大事なことはいつだって急に起る。


そしていつだって僕は何もできずに手をこまねいている。


「ここの席の主だよ。高松明日美(たかまつあすみ)通称『笑わない女』」


そういって僕の前の席で、不在の主に無許可で後ろ向きに座っているにも関わらず、


快人(かいと)は悪びれる様子もなく無機質に言った。


まるで昨日観たユーチューブの動画の感想を言うかのように淡々としているのは


ある意味で見ていて潔い。


「いつ?」


僕はそれに合わせて出来るだけ淡々と聞いた。


別に合わせる必要も無いわけだが、実際にそれほど興味が無かったのも事実だ。


そして、こいつに変な疑いを持たれるのは、


死ぬほどめんどくさい事態になるのが目に見えているからだ。


「今月いっぱいだってさ。来月からは他県の学校に編入するんだとよ」


ずいぶん急な話だな、と思いながら無意識に計算する。


今日を入れてあと4日か。


『それは本当なの?』と問い返そうかと思ったがやめた。


他のやつならいざ知らず、『人間ツイッター』や『マッチポンプマン』という


愛称を持ったこいつの言うことなら間違いは無いのだろう。


俺と同じにデブでメガネで、いかにも陰キャと言った風貌なのに


なぜか快人はクラスの全員から受けが良くて情報ツウだ。


いや、逆か。情報ツウだからこんな顔でも受け入れられるのか。


とにかく、いつも休み時間は寝た振りをして過ごす俺なんかとは違って


快人はいつも大忙しだ。


だからこそ、こんな俺なんかにも情報が回ってくる訳なのだが。


「なー、寂しくなるよな。ところでさ……」


機械のような棒読みで感想を言ったあと、快人は話題を変えた。


僕も『寂しくなるかなぁ?』なんて心の奥底で考えながら、


快人の話に合わせて頭のチャンネルを切り替えた。



感情、というものは時にボディーブローのように


後々になって噴き出してくるものである、


ということを僕はこの時初めて知った。


家に帰ってベッドに横になり、寝る直前になってそれは起った。


最初は『確かに笑った所見たこと無かったなー』程度の軽いものだった。


しかし、それから徐々に激しくなる川の流れのように、思い出がとめどなく


溢れだしてきた。


それは別に甘酸っぱい物でも何でも無くて、クラス行事であそこにいたな、とか


あの時もうちょっと髪の毛長かったよな、とか、前からプリントが回ってきた時


手だけじゃなくてちゃんと体ごと向けて渡してくれてたな、とか


そんな程度の他愛の無いものだったが


今になって、かけがえのない宝石のような気がしてきたのだ。


好きではない。


好きでは決してないのだ。


それだけは断言できる。


だって、クラスの誰にも笑顔を見せたことが無いくらい愛想が悪くて、


いつも本ばかり読んでて、僕と同じくらい友達が少なて、二か月前から


僕の前の席にたまたまいるだけの彼女を、僕が好きになる理由がないから。


だけど、僕は二つのことに気付いてしまったんだ。


一つは、僕と誕生日が同じという共通点を持つということ。


11月30日、奇しくも彼女が学校に来る最終日が二人の誕生日なのだ。


別に誕生日が同じだからといって彼女と話したことはない。


そして彼女の誕生日はクラスの誰も興味がないだろう。


だから、知っているのは僕だけかもしれないけど、僕は知っているんだった。


あれは、夏休み前の数学の授業で出た確率の課題をやっている時だった。


『40人のクラスで、誕生日が同じ人がいる確率は89%』というのが信じられなくて


みんなの誕生日が載ってる、入学の時にクラスで作った文集を


一人パラパラ見ていた時だった。


まさか、自分がその一組の一人とは思わなくてちょっとびっくりしたっけ。


だから、誰にも言わなくてすぐに忘れちゃってたけど、今思い出せた。


そしてもう一つ


授業を受けている時に何気なく視界に映る、彼女の吸い込まれる程黒いストレートの


セミロングヘアーが、窓際席に差し込む陽光で天使の輪っかのように艶めく、


そんな何でも無い風景が、お気に入りの景色のように気に入っていたんだ。


今までは、意識していなかったから気付かなかったけど、あの風景は他の誰にも


作ることはできないだろう。



そんなことを考えると、僕はもう居てもたってもいられなくなった。


かといって告白したい訳でもない。


だって好きではないのだから。


じゃあどうしたいのか、と考えても答えは直ぐには見つからなかった。


だけど、眠れずに一晩中考えて一つの結論に辿りついた。


『笑顔が見たい』


『僕は高松明日美を笑わせたいんだ』


そう答えを出すと、後はもう止まれない。


理由なんか要らない。


ただ僕が見たいから、そうしたいからそうするんだ。


睡眠不足の頭は理由を探すより先に方法を探す方にフル回転を始めていた。



あと3日


心の中でそう唱え、時間の無いことを意識して、登校中、授業中構わず


彼女を笑わせる方法を考えていた。


シチェーションは割とすぐに思いついた。


担任の大石先生は熱血で、毎日放課後のホームルームで


偉人の言葉とその解説のプリントを作っては配って説明してくれていた。


だから、そのプリントが回ってくるとき、彼女が手だけじゃなくて


体ごとこちらを向けた時に、アクションを起こせば視界に入り


笑わせる絶好のタイミングになる。


加えて、彼女以外誰もこちらに注目しないタイミングになることも好都合だ。


今更みんなになんと思われようと、大して僕のクラスカーストに変化はないが


出来ることなら平穏に済ませたいし、僕も緊張しなくて済む。


考えれば考える程ここしかない、という絶好のタイミングに思われた。


うん、そうだ。シチェーションはここに決め打とう。


他にプリントが回ってくるタイミングも、授業によってはあるだろうけど、


イレギュラーなタイミングではこちらの心の準備が出来ないに決まっている。


それより決まったタイミングの方が心の準備も出来て


フルスイング出来るに決まっている。


シチェーションは決まったが、じゃあ何をするのか、


何をすれば彼女は笑ってくれるんだろうか。


ここに至っては考えても考えても全く答えが出せなかった。


色々と考えているうちに時間は過ぎ、あっという間にホームルーム


つまり、第一打席がやってきたのだ。


声援はない。観客は一人もいない。


居るのはヒットを打たれたことのない剛速球のピッチャーただ一人。


例えるならそんな状況だろう。



先に名言の紹介があった後に、解説のプリントが回される段取りだ。


奇しくも、今日の大石先生が選ぶ偉人は『沢村栄治』で名言は


『人に負けるな、どんな仕事をしても勝て。しかし、堂々とだ』というものだった。


先生から先頭の生徒にプリントが渡され回され始める。


笑わせる方法は……まだ決まっていない。


どんどんプリントが渡っていく。


テンパる僕。


ついに、彼女の手にプリントが渡り、彼女は自分の分を一枚取って


ゆっくりと後ろの僕を振り返ろうとする。


ええい、ままよ。


僕はテンパり、元々太った顔のほっぺたを更に膨らませ、目を寄り目にして


彼女を見つめた。


変顔だ。


彼女は……


僕の顔を見るには見たがクスリともしない。


まるで、いない物のように、手を出さない僕の代わりに、僕の机の上にプリントを


置いた。


そしてすぐに前を向いていく、何事も無かったかのように。


あとに残され、赤面しかすることが出来ない僕。


しばらく硬直していたが、動かない僕にしびれを切らし


「早く回してよ」


と後ろの席の女子に突っつかれて我に返る。


慌ててプリントをひっつかんで、手だけで後ろに回す。


後ろの女子は文句の一つも言いたいだろうが、僕は今恥ずかしさで


それどころではない。


それどころではないのだ。


全てを出し尽くしてフルスイングした僕に残ったものは後悔だけだった。


変顔て、


変顔てなんだよ。


今時小学生にも通じねーわ、クソ!



その後の記憶はほとんどない。


後悔の気持ちが頭の中をグルグル回って


気が付いたら家の自分の部屋にいた。


彼女がその後、僕の方を見たのかどうか、や


どこをどうやって帰ったのかさえ覚えていない。


だけど、自分の部屋で頭を冷やして考えると、むしろ覚えていなくて良かった


とさえ思えてくる。


『後悔からは何も生まれない、それよりも次だ、次』


たっぷり後悔し切った後に


やっと踏ん切りをつけて頭を切り替えることができた。



どうすれば、彼女が笑うのか?


そもそも笑いとは一体何なのか?


僕はなぜか哲学的な思考に陥ってしまっていた。


結論は、


もちろん出せない。


一人悶々と考えていても埒が明かないので、


今度は人の意見を参考にしてみようと思いたった。


二つ下の中二の妹なら、同じティーンエイジャーの女の子だから、


感性が似ていて、ヒントを教えてくれるかもしれない。


そう思い、妹の部屋の前まで訪ねる。


が、いざノックをする段になって


なんて言って声をかけようか困ってしまう。


妹とはあまり仲が良くなくて、


妹が中学に入ってからはほとんど話していなかったのだ。


だけど、僕の野望のためにはそんなことは小さな問題に過ぎない。


所詮家族なのだから、と腹を決めて妹の部屋をノックする。


コンコンッ


「僕だけど……」


しばらく間があってから


「何?」


と、とても強い調子での返事があった。


当然といえば当然だが、ドアは開かなかった。


「あの、さ。女の子が、面白いものって何かな?」


「……急に何?


知らないよ、そんなの、何か気持ち悪いなぁ」


顔を見なくてもしかめ面しているのがはっきり分かる


嫌悪感に満ちた声が返ってくる。


「じゃあ、さ。最近幸(さち)が笑ったことって何?」


「だから知らないって!」


「お願い、僕を兄貴だと思って一回だけ教えて」


執拗に食い下がる僕。


「はぁ?訳わかんない。モノマネとかしとけば面白いんじゃないの?


知らないけど。


もう!邪魔だからあっち行ってよ!」


モノマネ、か。


最後はキレ気味に追い払われてしまったけど、確かにモノマネなら


おもしろいものもあるかもしれないな。


ヨシ!次はモノマネだ。


そう心に決めて、僕はモノマネを何にするかについて考え始めた。



あと2日


今日は割としっかり睡眠を取れたので、爽快な気分で朝を迎える事ができた。


というのも、何のモノマネにするのか、


というのが昨日の早い段階で決まっていたからだ。


しかも今回は自信がある。練習もした。


僕は、今話題の2人組み芸人ユーチューバー『チョコレータブルず』の


『チョコレット王子』の口癖


「ポォウ!!」


を全力でやろうと決めていた。


これなら知名度もあるし、短くて他の人にも気付かれずにやれるし、


何より僕がここ最近の中で一番笑ったくらい好きなネタだからだ。


きっとこれなら彼女も面白いと思って笑ってくれるはずだ。


早く、時間よ来い


そう思いながら僕は一日をこなしていった。



ついに運命の時間がきた。


大石先生の偉人解説。


今までは下らないと思って正直嫌いだったけど、


今はこれほど待ち遠しいものが無いというくらい大切な時間だ。


内容にはちっとも興味ないけど。


今日の偉人はフランスの画家『エデュワール・マネ』で、名言が


『つねに自分が支配者で、楽しまなければならない。


嫌な仕事など、してはならない!』


というものだった。


なんとなく僕の気持ちを代弁してくれているような気がして、


心強くなれた。


解説のプリントが先生から回される。


1、2、3…


3番目の生徒から4番目の彼女にプリントが渡る。


来る。


彼女はゆっくり振り返り、プリントを置こうと僕の方を見た。


今だ!


「ポォウ!!」


ばっちりのタイミングで僕のモノマネが飛び出した。


彼女の反応は……


全く無い。


効果は無いようだ。


僕はガックリと肩を落とした。


隣の席の女子にも少し聞こえていたようで、


ちらちらとこちらを見ているのが分かったが、


それももう気にはならなかった。


昨日の失敗で、僕はもう恥をかくことに慣れてしまったようだ。


それよりも、渾身のモノマネが失敗したこと、


そして何よりもチャンスがあと1回しかないということに焦り、


頭がもう次の一歩に踏み出せていた。


至急、もっともっと確実な笑いを会得しなければならないのだ。



帰り道、僕はまっすぐ家に帰ることなく、笑いを求めて彷徨っていた。


目に映るもの全てから笑いのヒントを得ようともがいていたのだ。


やがて、一つの看板に目が釘付けになる。


『ビデオレンタル テオ』


そうだ、ビデオだ。


お笑いビデオなら、きっと面白いものが沢山あるはずじゃないか


僕は吸い込まれるようにそのビデオレンタルショップに入っていった。


お笑いのコーナーは思ったよりも広くて、どれにしたものか、と目移りしてしまう。


吟味に吟味を重ねた結果1本のDVDをレンタルすることにした。


『喜劇王 チャップリン』


最新の笑いがだめなら、古典からヒントを得よう。


笑いというものの原点に帰ろうという発想だった。


すぐに家に帰ってDVDをセットする。


チャップリンのDVDははっきり言って爆笑のオンパレード。


確かに今の笑いとは種類が違うが、笑いというものの芯を捕えていて、


必要最低限の動きで最大限に笑わしてくれた。


僕はその中でも僕にでも出来そうなものを研究した。


そして出した結論は『パントマイム』だった。


中でも『見えない壁』のパントマイムが簡単そうで、気に入った。


僕は残りの時間を鏡に向かって、


この『見えない壁』の練習のみに費やした。



最終日


終わりはいつだってあるものだ。


泣いても笑っても今日で最後。


失敗すればそれで終わり。


だからこそ、僕は朝からガッチガチに緊張しまくっていた。


そのせいで、授業が何をやっているのか、や


昼休みに快人が


「帰りに焼き肉食べにいこーぜ」


と誘ってきたことなんかもどうでもよくて、全部適当にあしらってしまった。


とにかく今は、偉人紹介の時間にパントマイムを成功させて高松明日美を


笑わせること、それしか頭に無かった。


そして、ついに大石先生の偉人紹介の時間が来た。


今日の偉人はどっかの肉屋の社長だか何だかで、名言が


『肉は魚より偉し』


とかなんとか、僕には下らないどうでもよい内容に思えた。


そしてプリントが回され……


しかし、ここで突然アクシデントが起きた。


プリントが回される前に、クラスのお調子者が大きな声で


「見て見てー」とかいいながら、ふざけてパフォーマンスを始めたのだ。


そのパフォーマンスは……何と『見えない壁』のパントマイムだった。


しかも僕よりも数段上のレベルの。


注目集めたので当然彼女もそれを見たわけだが、


横顔から見る限り全く笑っていなかった。


むしろ呆れているといった表情が少しの横顔からでも分かった。


当然そのパフォーマンスはすぐに先生に制止されて終わったのだが、


あまりのことに唖然とする僕。


そんな僕を置き去りにして、改めてプリントを配ろうとする大石先生。


先頭の生徒にプリントが渡る。


どうしよう……


1、


僕よりレベルの高いパントマイムが通用しなかったのだ、僕のが通じるはずが無い。


2、


変えなければ、何か、何か面白い事を。


3、


クソふざけんな!そんなに簡単に思いついてたまるか。


彼女にプリントが渡る。


よし、もうやけくそだ。最後はクソ寒いおやじギャグで玉砕しよう。


彼女がゆっくりと振り返る。


布団が吹っ飛んだ?いや、それだけは人間として言ってはダメだ。他に……


その時、僕の目に黒板に書かれた日付のNobemberの文字が飛び込んできた。


これで、何かを……


彼女が僕の方を見る。


「Remember Nobember」


僕は出来るだけネイティブっぽくカッコよく発音して、


ついで両手の親指と人差し指と中指だけ伸ばして、


ラッパーのように突き出してやった。


彼女の反応は……


無い。


僕は本当に非力で無力だ。

 

泣きそうに、吐きそうになる僕。


本当に気持ち悪くなって、口元を手で無意識に押さえてしまっていた。


「おい、どうした?斎藤!」


追い打ちのように大石先生から僕に声が掛かる。


僕のあまりの様子に、解説を中断して思わず声を掛けたのだろう。


「大丈夫です」


「大丈夫ってお前、今日で世界が終るような顔してそんな……」


「世界は終わりません。今日で終わっちゃうのは11月です」


僕は先生の問いかけにとんちんかんな事を言っていた。


それくらい僕は絶望していたのだ。


その瞬間奇妙なことが起こった。


クスクスクス…アッハッハッハ!


なぜかそこでクラスのみんなが堰を切ったように笑い出したのだ。


「お前なー、今日で11月も終わらねーぞ。11月が終わるのは明日だ。


今日は11月29日、だからいい肉(1129)を食べようって話してんだろ」


更に笑いは加速し、爆笑に包まれるクラス。


注目を集めていた僕に、彼女もチラッと振り返ってくれた。


その顔は、目が三日月のように細くなり、口元は口角が上がっていた。


笑ってる?


半信半疑の僕の耳は、かすかに彼女の唇から洩れる


「フフフフフ」


という笑い声をしっかりと捕えていた。


笑っている。


笑った!


やった!やった!


僕は目的が達成出来た幸せで胸がいっぱいになった。


だけど…


それも束の間。


同時に今度はどうしようもなく悲しい気持ちでいっぱいになる。


それは、彼女の笑顔が美しかったから。


僕は自分が恋に落ちる瞬間を初めて感じた。


だから、もう彼女と一緒に過ごせる時間がほとんどないことに


どうしようもなく悲しくなったのだ。


気付けば涙が溢れ出ていた。


「何だお前、青くなったり、泣きだしたり、情緒不安定だな。


相談があれば後で先生のところに来い」


大石先生は何かを察してくれたようで、それ以上僕のこと追及しなかった。


偉人解説を再開してくれたので、僕は気持ちを落ち着かせることができた。


クラスの奴ら全員に変な奴だと思われただろうが、関係あるか


僕は彼女の笑顔が見れた。


それだけで幸せなことなのだ。


本当にそれだけで…



エクストラ1日


「今日でクラスを去ることを残念に思います。


どうもみなさんありがとうございました」


彼女がしっかりと挨拶をして席に戻ってくる。


今日が本当の最終日


いつもの偉人紹介の前に彼女の別れの挨拶時間があった。


しっかりしてるなー、とか思いながらその様子を眺めていた。


僕はやり切った


笑わせたんだ。


だから、僕も笑ってお別れしよう。


昨日一日考えに考えて、そう結論を出していた。


寂しいけど、仕方のないことだ。


偉人紹介の時間が始まる。


今日の偉人は流行語で旬な話題の『イチロー』


名言はもちろん


『後悔などあろうはずがありません』だった。


先生が解説のプリントを回し始める。


今日はもう笑わせなくていい、普通に受け取っていいんだ。


そう思うとこの3日間の苦労がフラッシュバックしてきて感慨深い。


1、2、3、


3番目の生徒から彼女にプリントが渡る。


が、



彼女は直ぐには振り返らない。


なかなか来ないプリント。


どうしたんだろう?何かを書いているように見える。


少しの間があり、彼女がゆっくりと振り返った。


いつもの無表情な顔、になぜだか僕はほっとする。


プリントが僕の手に渡る。


!?


そこで、初めて気が付いた。


回ってきたプリントの一番上の用紙、僕が取るべき紙の右上の隅に


『Happy Birthday』と小さく綺麗な丸文字で書いてあったのだ。


知ってたんだ。今日が僕と、そして彼女の共通の誕生日であることを。


嬉しさと同時に恥ずかしさがこみ上げて来て、目を正面から背けてしまう。


左にある窓から見える11月の空は澄み渡っていて、


その青さに吸い込まれそうな感覚を覚えた。


「Remember Nobember」


僕の右耳にそう呟く彼女の声が聞こえた気がした。

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