あなたが美人ならそれはぜひ生お面にするべきです

ちびまるフォイ

顔面自己犠牲

「ほら、私ってかわいいじゃないですか。

 私の友達でもいるんですよ、私の顔になりたい人。

 だったらこの顔をお面にしてあげればいいのにって思ったんです」


「なるほどね。それが君が"生お面"を作りたい理由かな?」

「はい」


「それなら……うちの事務所では無理だね」


その日のお面採用オーディションでも落選してしまった。

帰り道でガラスに映った自分の顔を見てみる。


「……どう見ても可愛いんだけどなぁ」


道を歩く人達はほとんどが他人の生お面をつけている。

化粧なんかしなくたってお面をつければはい美人。


売れなくなった女優が自分の顔を引っ剥がして生お面を作ることはあるけど

それを使う人は往年のファンくらいでほとんどが「素人美人」の生お面。


まるでそれが本来の自分であるかのような「ナチュラルな美人」にみんな憧れる。


そして、私の顔は間違いなくその部類に入るはずなのに。


「あいつが人の顔を見る目が悪かったのよ。うんそうにちがいない」


「ねえ彼女。その顔ってお面? 地顔?」

「地顔」


「美人だねぇ。よかったら俺らとちょっとお茶しない?」


「……私って美人ですか?」


「ああ。じゃなきゃ声掛けないよ」

「ですよね。それじゃ」


「あ、ちょっと! 帰るのかよ!?」


自信をなくしてしまったけれど、客観的にも私は美人なんだ。

それも人を惹きつけるタイプの顔。


美人だけと近寄りがたくなるような顔ではない。愛され地顔。


「整形してほしい?」


「はい。ここは優秀な整形外科だと聞きました」


「まだ若いし、あなた美人なのにどうして……」


「私の顔を客観的に見てくれないお面プロデューサーを見返したいんです」


「まあ、うちの整形外科には美人さんもよくくるけど

 あなたほど大掛かりな手術を求める人はごくわずかよ」


「とにかくお願いします」

「はあ……」


私はますます美人に拍車をかけた。

道を歩けば性別問わず誰もが振り返るような顔になった。


友達から名前を借りて、別人としてまた生お面のオーディションにやってきた。


「なるほど。自分の生お面を作って

 自分の顔にコンプレックスを持っている人を救いたい、と」


「はい。この世界には自分の顔にコンプレックスを持っている人がいます。

 そこで私の顔を貼り付けてコンプレックスを解消できれば

 きっと人生もハッピーになると思うんです」


「素晴らしい理由だ。整形と違って生お面は負担も少ないしね」

「はい!」


「でも不採用だ」


「はぁ!?」


ふたたび「不要」の烙印を押されてしまった。

もはや美人の私を落とすことで優越感を得ようとしているのではないか。


「私はどう考えても美人なのに……」


自分が美人であるということで心に余裕が生まれる。

余裕があることで人に優しくできるし、笑顔も増える。


このまま生お面を作れずに落選ばかりしてしまったら、

私はどんどん自分の自信を失い余裕がなくなり醜くなるだろう。


「ダメダメ! そんなことになったら一番最悪!

 こんなところで足止めされて落ち込んでたら顔に悪いわ!」


なんとかして受かる方法を考えたものの

これ以上の整形は「らしさ」が表面化するので避けたい。


どうすれば受かるのか……。


「いやそもそも別に受かる必要ないのかも……。

 もう自分で生お面作っちゃえばいいじゃない」


答えはあっけなく出てしまった。

どうしてずっと1つの道に固執していたのかわからなかった。


人間の生お面を公式に作っている場所はあの事務所だけ。

でも、実際にはいくつも他の場所で作られている非正規品があった。


「フェフェフェ。いらっしゃい、あんた美人だねぇ。生お面を作りたいのかい?」


「はい、お願いします」


「若い頃の自分の顔を老いても使いたくて生お面にする人はいるけど

 見た感じあんたはそういうタイプでもなさそうだ」


「私は慈善事業みたいなものですから」

「フェフェフェ。まあどうでもいいよ。客に立ち入りすぎるのもねぇ」


手術はあっという間に終了した。

私の顔から皮膚がきれいに引っ剥がされて防腐処理などが行われる。


「思ったより痛みはないんですね」


「痛みがあったらそいつは半人前さ。

 しばらく包帯ははずせないだろうけど、そのうち元通りになるから安心しな。

 包帯の上から付けられる生お面を貸すかい?」


「いえ、このままでいいです。次の生お面を作るときに変なクセが出たらいやなので」


「もう次の生お面作ることを考えているのかぃ」

「だって、この生お面どうみても人気出ると思うんですもん」


特殊な薬に漬けられている私の生お面。

自分で見ても美人だと思うしつけたいと思う。


生お面が出来上がって販売するやまたたく間に値段はつり上がって売れた。


「やった! ほらやっぱり大人気じゃない!

 あのプロデューサーの見る目がなかったのよ!!」


私を落としたことを後悔するがいい。


私の顔は同年代の女性から特に高い支持を得た。

他の生お面でやりすぎがちな化粧とかもあえて抑えめにした顔がうけた。


私のもとには感謝の言葉が押し寄せた。


「私の顔でみんなが幸せになってる! もっと頑張らなくちゃ!」


私はまた生お面を作りにいった。

きっと今オーディションを受ければ顔パスで合格できるだろうが、

あのプロデューサーへの仕返しもかねてあえて非正規側で作った。


「あんた、前に生お面作ったばかりじゃないかぃ? 皮膚の再生もまだ……」


「わかっています。でも薄皮でも私の顔を欲しがる人がいるんです。

 今こうしている間でも顔の良し悪しでいじめられている人がいると思うと

 助けられるための行動を躊躇するわけにいかないんです!」


「まあ、どうでもいいけどね」


生お面はすぐに売れた。

需要が高まるほどに嬉しくなっていく。


「私の顔、やっぱりきれいなんだ!」


家に戻ると、門の前には私の生お面をつけたファンが待機していた。


「あ! 神様!」

「神様! お面を作ってくれてありがとうございます!」

「私の友達に病気で顔が変形した人にお面がほしいんです!」

「次の生お面は私にください! お願いします!」


「も、もちろん!」


「「「 神様!! 」」」


美人とはいえ自分がここまで人に求められたことはなかった。

私は皮膚の再生促進剤をたくさん摂取して顔を何度も何度も生成した。


「またあんたかい。もう限界なんじゃ……」


「私を……私の顔を待っている人がいるんです!」


「皮膚の再生促進剤を使ったのかい?

 あれは強引に皮膚を生成するから顔つきも崩れるんだよ」


「彼女たちにとっての私は一種のブランドなんです。

 私の顔をつけることが必要なんです。たとえ品質が悪くなったとしても……!」


「しかし……」

「はやく!!!」


生お面を作って、作って、作りまくった。

いつか落ち着くだろう。忙しいのは今だけだろう。


そう思っていたのに顔を引っ剥がせば引っ剥がすほど、

ますます人気を押し上げて「もっと」「もっと」とねだる声は大きくなる。


「神様よ! 神様が帰ってきたわ!」

「神様、早く顔を作ってください!」

「私はもうずっと待っているんです!」

「どうしてもっと作ってくれないんですか!?」


「ひ……皮膚の再生が……」


「それなら私、すごく聞く皮膚の生成薬を知ってます!」

「うちの近所の病院なら一気に皮膚を作れますよ!」

「今の段階でも薄皮で生お面作れませんか?」

「皮膚が再生したところからすぐに生お面を作りましょう」


「ちょ、ちょっと……」


「「「 はやく、顔を作ってください! 」」」


血走ったファンの目で私は限界を悟った。


「もういい加減にして!!」


ファンはしんと静まり返った。


「私だって……私だってみんなのために作りたいよ……。

 でも、まだ顔は作っている途中だって言っているじゃない……」


「神様……」

「そうよ。私達、あまりに自分勝手だったわ」

「神様に早く救われたいとばかり考えていたもの」

「神様だって私達と同じ人間なのよね」


「みんな、ありがとう……。わかってくれたのね。

 私……みんなに求められて、すごく嬉しい。だから私、頑張る……」


ファンはパチパチと拍手した。

私は人に感謝される喜びを深く感じた。


そして、ファンたちは一斉に私の体を指差した。



「じゃあ顔が再生されるまでは、神様の腕や足で我慢させてもらえますよね?」



私が次に作る生お面は恐怖で引きつり使い物にならなかった。

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