第2話 呼吸する

(汐海 クリスティーナ 凪沙は、学園の注目の的だからってわけじゃなくて、私が一番仲良くなりたい女の子。


 時々、退屈そうに頬を膨らませるのが癖。


 長い指、小さな唇、大きな目、金髪ツインテールにニーハイ。

 二次元から飛び出したように明るくて、元気。


 アニメに出てくるどのヒロインにも負けず劣らず可愛い。


 それでいて、他人を見下すような態度を取らない。私にないものをたくさん持ってる女の子。


 つまるところ、私は汐海さんを特別な目で見ている。

 そんな何気ない午後の授業中――。)




(鶯菜乃葉は、字が上手いからってわけじゃなくて、私が一番仲良くなりたい女の子。


 時々、遠くの空を見つめるように視線を遠くするのが癖。


 小さな胸、小さなお尻、小さな顔のミディアムヘア。


 平安時代とか、そんな昔の日本からタイムワープしてきたような物静かな女の子。

 それでいて、集団行動が嫌いって感じでもない。


 彼女は何を思い、何を考えているのだろう。


 つまるところ、私は鶯さんを特別な目で見ている。

 そんな何気ない午後の授業。終わりを告げるチャイムが鳴る。)




(汐海 クリスティーナ 凪沙さんと同じクラスだからと言って、私と汐海さんの距離は平行線の行方知れず。


 トイレですれ違うことも、校門で会うこともない。


 この世界は生きてる世界が違うと、どんなに近くにいてもビッグバンは起こらない。

 2人を結びつける何かは訪れない。


 ……そのはずだった。


 授業の終わりを告げるチャイムと共に、トイレへ急ぐ。

 一番手前の個室に入ろうとしたその時――。


 偶然、同じ個室に入ろうとした女の子がいて、手と手がふわり、触れ合った。


 顔を上げなくても、その足、太もも、お尻、腰、手を見るだけで、

 誰なのか分かる。


 ――汐海 クリスティーナ 凪沙さんだ。


 彼女はにっこり微笑むと、隣の個室へと入った。


 声が出なかった。

 どうしてだろう。

 心臓が一回飛ばして打った――。)



(鶯菜乃葉さんと同じクラスだからと言って、私と鶯さんの距離は近くて遠い。まるで目と鼻のよう。


 友達の友達の友達を頼っても、接点が見つからない。


 急いでも、慌てても接点ゼロにいくら、何かをかけ算してもゼロはゼロのまま。

 足すものがなければ、2人はいつまでも赤の他人。 


 ……そのはずだった。

 チャイムが鳴って、教室を出る。

 トイレで手前の個室に入ろうとしたその時――。


 同じ個室に入ろうとした女の子がいて、その花びらのように淡くて消えそうな手に触れた。


 顔を上げなくても、その足、太もも、お尻、腰、手を見るだけで、

 その女の子が誰なのか、この問いの答えには自信があった。


 そう――鶯菜乃葉さん。


 目が合って、

 私はかろうじてにっこり微笑んだ。

 

 隣の個室へと入る。


 どうして。

 心臓がバクバクしてるの――。)


 


(汐海さんは金髪ツインテールだからニーハイが似合う。それは否定しない。


 話を元に戻すと、女の子のトイレは個室だから、みんな個室に入る。

 隣に誰が入っているのか、それを知ることはほとんどない。


 だけど今、隣の個室に汐海さんが入っている。


 おしっこする音が聞こえてくる。


 胸の中がギューってした。)




(鶯さんは透明感のある髪色のミディアムヘアだから制服が似合う。それは否定しない。


 話を元に戻すと、女の子のトイレは個室だから、みんな個室に入る。

 隣に誰が入っているのか、それを気にすることはほとんどない。


 だけど今、隣の個室に鶯さんが入っている。

 おしっこする音が聞こえる。


 胸の中がキュッとして締め付けられるようだ。


 私は、おしっこを終えると、座ったまま隣の壁に合図を送っていた。

 理由よりも先に、手が動いていた。)




「……コン、……コン。」




(微かに汐海さんの入っている個室から『コン、コン』と。指で壁を叩く音がした。


 もう一度、同じ音。


『こんにちは』だろうか?



 もう一度、同じ音。


『はじめまして』だろうか?



 もう一度、同じ音。


『おしっこ終わった』だろうか?



 もう一度、同じ音。


 それは、呼吸のように静かでやがて消えていく。


 意味や合図の内容は分からなかった。


 けれど、私はその音を真似て、ゆっくりと息を吐くように応えた。)







「コン……、コン……。」




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