036.シニエ参戦?

 瀕死の重症を負いながらも九頭大尾竜は一本だけ無事な首を出して、離れた場所に横たわるお燐を見て目論見がうまくいったことを確信して長く息を吐いた。

 首一本無事で体が半ば無事であればいくらでも再生が利く。相手諸共の捨て身に出ると歯思わなかっただろう。損傷の激しい体や八つの首は通常よりも再生に時間がかかるがもうじき動けるまで回復する。

 とはいっても九頭大尾竜も今は危ういところにいた。

 追撃を警戒して辺りを見回す。誰もいない。

 もしお燐が一人でなければ残された首を他のものが討つことで勝てただろう。

 しかし悲しいかな。お燐は一匹だった。


 動けるまでに回復すると九頭大尾竜はお燐に止めを刺すために動き出した。

 体に近いほうから再生していくので他の首はまだ再生できていない。


 地を這うズズズズという音と地響きが地面に張り付いた体に伝わってくる。

 うっすらと目を明けると近づいてくる九頭大尾竜が見えた。

 動かない。

 体は動かなかった。むしろ体が崩れるような感覚に襲われる。このまま崩壊してしまうんじゃないかとさえ思えた。霊体の崩壊は生者の死とは違う。完全な無だ。

 お燐は目を閉じて自身の姿を思い浮かべる。想像することが一番霊体の再構築にいい。

 動けるまで回復できるだろうか?

 地響きが手前で止まった。

「我をここまで手こずらせたのはお前が三番目だ」

 お前しゃべれたのか?口を開いた九頭大尾竜にお燐は瞼を開ける。

「一番目と二番目はどちらも人で女だった」

 二番目はきっとチヨメだろうな。ニタリ笑って口を開く。

「そりゃあ奇遇だね。あたしもさ。猫だけどね」

 自分がメス猫であると伝える。少しでも時間を稼いで回復したかった。

「一番目は逃げて。二番目の人は死に体だったが我を出し抜いて閉じ込めた」

 やはり二十年間姿を現さなかったのはチヨメが原因か。どうやったかは知らないが九頭大尾竜をどこかに閉じ込めたようだ。

「お前は逃げなかった。だが二番目ほど小賢しくもないようだ」

 暗にバカといわれているようでハッと笑ってしまった。用は力の差が分かっていても逃げもせず、出し抜く術も持たない愚か者だと罵ってるわけだ。

 まったくもっともな意見だ。あたしはまた動けない。

「終わりだ」

 九頭大尾竜が毒息を吐こうと息を大きく吸い込んで。

動きを止めた。


「あああああああああああああああああ」

 どこからか叫び声がした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 お燐を追いかけていたシニエ。妖力や神力を持つお燐と九頭大尾竜は憑きもののように淡く光る紫煙を纏っている。なら霊眼で探せると分かっていたシニエは紫煙の光を頼りに毒霧の中を進んでいた。

 徐々に大きくなる戦いの音にもう少しでお燐にもとに辿り着けると悟ったときだった。

 鼓膜を突き破るような爆発音と風がシニエを突き抜けていった。

 強風に吹かれて倒れそうになりながらも踏ん張って目を閉じて堪えた。風圧が弱まってもう大丈夫かと目を開けると辺りの毒霧が爆発で散らされて霧が晴れたことを知った。

 遠目に九頭大尾竜の大きな塊を目にする。やがて塊からニュッと一本の首が生えた。

 首の向いた先を視線で追うと小さな塊。お燐を見つけた。

 シニエは喜び勇んでお燐の元へ走り出す。といっても歪な右足のせいで速度は歩いているのと変わらない。

 近づいて輪郭がはっきりしてくるとお燐が横たわっていることがわかった。

 しかも九頭大尾竜がお燐に向かって動き出した。

 お燐のピンチを感じ取り。何か無いか?袖下など体中をまさぐったが何も無い。むしろ余計なことをしたせいで指輪が胸倉からこぼれ落ちたり、袖下から傷薬が飛び出したりしてしまう。

 自身の馬鹿さ加減に気がついて頭が冷えたシニエはとにかくお燐の元へとさっきよりもより必死に走り出す。

 オオビトの作ってくれた補助具のおかげで踏ん張りの利かない右足でも小さくだが地面を蹴ることが出来た。大丈夫な左足で目いっぱい地面を蹴って右足で小さく蹴って進む。左右の会わない歩幅にケンケンと片足で跳んで進まない右足の分も進む。鈍足で九頭大尾竜に向かっていく。

 止められない九頭大尾竜。どうにもならないことに憤慨して気持ちの処理が出来ないシニエは子供特有の行動に出る。


「あああああああああああああああああああ」


 こっち向けとばかりに大声で叫んだ。


 静寂の中に聞こえた音に大怪我を追って感覚が鋭敏になっていた九頭大尾竜もシニエに気がついた。しかし一度首を向けるもちっぽけなシニエに視線を戻した。あんな取るに足らないものなど放っておけばいいと気にも留めなかった。

 九頭大尾竜が毒息を吐こうと大きく息を吸い込んだときだった。

 偶然再生が終わった首が一つ目を覚ました。

 毒息を吐こうとする首にどうせだから自分は向かってくるものでも見るかと視線を這わせる。

 そしてさっきよりも近づいたシニエを見て、思わずその目を見開いた。

 動揺が毒息を吐こうとした首に伝わってブレスの動作がまたもや止まった。

 そして同じく確かめるようにシニエを見て冷や汗を掻いた。

 二首は同じことを思う。


 なぜここにあれが?

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