020.鬼神の加護
ガチャリとオオビトが扉に手をかけて僅かに開くと隙間からブオォと風と錯覚するような気流が舞い込んだ。しかもチリチリカッカッと酷い熱風で肌が熱を持ち赤くなる。呼吸もままならない。熱い空気が吹き抜けたあと扉が完全に開かれる。向こうから紅い光と熱気が併せて入ってきた。まぶしさにシニエは目を細めた。歩を進めるお燐の上でシニエが身を焼くような熱気をその身に強く感じたときにはもう扉を潜っていた。
回廊を抜けてたどり着いた大焦熱地獄は炎の壁に火明かりがまぶしいところだった。目がチカチカする。シニエたちは壁をくりぬいた周囲が黒い岩で覆われた洞窟のような場所にいて、唯一炎が無い洞窟は八畳位と一部屋分の広さがある。一部の黒岩床が炎の海に出ていて炎の海上にできた入り江のようになっていた。
ふとシニエはお燐と出会ったときのことを思い出だす。燃え盛る炎の中であの時は太陽の中を創造した。でもこうしてみれば地獄のほうが近かったかもしれない。
「散らかっててすまんな」
金床や槌。オオビトの趣味の鍛冶道具が岩床に転がっていた。
シニエはいよいよ熱気に耐え切れなくなってきた。空気の熱さにうまく呼吸できなくてお燐の頭に顔をつけて呼吸する。スーハースーハー。猫肌空気を吸い込む。
シニエの行動に何の遊びだろうかと首を傾げるお燐。しかし子供の遊びと思ったそれの意味に気がついて大慌てになる。複数の火の輪を出して高速で回して空気を拡散。もう一輪を扇風機代わりにしてまだ閉まっていない扉から温度の低い空気を流し込んでシニエに当てる。
「どうした?」
大慌てのお燐にオオビトが尋ねる。
「実はシニエは生者でね」
「なるほど」
事情を察したオオビトはお燐の頭部で彼女の体温に縋るシニエを見る。熱いから前面だけでも逃げようとお燐の頭部にしがみついている。このままじゃここの暑さに耐えきれず死ぬことになる。ここは地獄。この場で死んでも肉体から魂が出て亡者になるだけ。離れ離れにはならない。むしろいっそ亡者になってしまったほうがこの暑さにも耐えられて楽かもしれない。ただ友人はそれを望んでいないようだ。慌てふためくお燐を一瞥する。オオビトも名のある鬼神というわけではないができることぐらいはある。
「どれ」
オオビトがシニエに手をかざす。ふわりと何かがシニエを覆う。すっと熱さが引いた。
「これで少しは楽になったはずだ」
何をしたんだ?ともの申すシニエの視線にオオビトが答える。
「趣味で作った農具が祭られている関係もあって鍛冶を司る鬼神の俺は火も司る。だから火の加護を与えてやることができるんだ。で、シニエに俺の加護を与えてみた。俺も初めてだからよくわからんが。どうだ?少しは楽になったか?」
シニエは右手の親指立ててサムズアップで答える。
どうやら成功したようだ。よかった。ニカッとオオビトも笑った。
ふ~とお燐も大きく息を吐く。やれやれと肩の力が抜けて両前足がだらりと垂れた。
「よかったねシニエ」
ポンポンと右前足の肉球でシニエのすねを叩いた。
「神様から加護を貰えることなんてそうそうないさね」
「加護なんて見えないもんだから気にするな。大抵の人間が気づかずに一生を終えるくらいだ」
「そうさね。見えないから恩恵を受けていることにも気づけないやつばかりさね。自分がすごいからだと勘違いして。しまいには悪事を働いて加護を失うバカもいるくらいさね」
そっと手でシニエの足を撫でて教えてやる。
「シニエはそうなるんじゃないよ。ちゃんと神様に感謝するさね」
わかったとばかりにシニエが手のひらを合わせて合掌。南無南無とオオビトを拝んだ。
「勘弁してくれ」
オオビトが照れくさそうに頭部を掻くとシニエは何を勘違いしたのか今度は両手の指を絡ませて組み。アーメンと祈り始めた。
「あーシニエ。別に祈り方が違うとかじゃないから。確かに宗教ごとで儀礼の違いはある。でも大事なのは真心を持って祈ることが重要なのであって形式はあくまでもおまけだ。だからもうやらなくていいから」
この祈りも違うのか。う~む。もう一つ白い人がやっていたお祈りをシニエは思い出す。
「いあ!いあ!」
さすがにまったく知らない祈りをはじめたシニエ。一瞬力場が発生してよくないものの気配を感じたオオビトとお燐が少し焦って強制的に止めた。何かしないと気が済まないならとシニエに希望を口にする。
「そうだな。祈るよりもこうやって友として時たま顔を見せに来てくれるとうれしいな」
「主(しゅ)が?それを?望むなら?」
首をかしげながらも了承の意を返す。
「それも白い塔で覚えた言葉さね・・・」
シニエはいろいろとおかしな知識を有しているようだ。シニエにもっと常識を教えなければと思うお燐だった。白い塔には世界各地からいろんな人種が集まる。様々な祈りもそこで覚えたに違いない。
「では改めて」
シニエのことで脱線したが憑きもの処理の話に戻る。
「ようこそ俺の仕事場へ。ここが憑きもの処理場だ。後ろに無限回廊の牢獄。前には極熱業火の炎。逃げ道の無い場所だから危険な憑きものを扱うのにはちょうどいい場所だ。まあ、さすがに極熱業火を泳いでくる者もいないだろうしな」
「泳ぐも何も。この業火の海中じゃすぐ燃え尽きてしまうさね」
泳いで進むこと事態がそもそもできない。
「それもそうだ」
お燐のもっともな意見に肩をすくめて気を取り直す。
「さて。見て分かるとおり、問題がある憑きものはここで極熱業火を利用して処分する。まあ、それ以外にも鍛冶に利用させてもらったりしているがね」
金槌を振るジェスチャーをする様にオオビトは本当に鍛冶が好きなのだとシニエは思った。
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