015.シニエと仙人
シニエのことをどうやってごまかそうか?お燐が悩んでいると閻魔補佐官がポンッと手のひらを叩いた。
「なるほど。憑き者の生者の回収物とは珍しいですね」
やれやれ。憑きものの回収物の一種だと勘違いしてくれたようだ。これ幸いとお燐はその勘違いに乗っかることにした。
「そうなんだよ」
「さすがお燐さんです。仙人になる前に確保できてよかったです」
どういうことさね?閻魔補佐官の言葉に?マークを浮かべつつもお燐は相槌を返す。
「仙人?」
シニエが首を傾げる。
「おや?この子は仙人の修行をしていた子ではないのですか?」
お燐は慌ててシニエの口を塞ぐ。
「すごいですね。仙人一歩手前ですよ」
顎に手をあてて感心したように頷く閻魔補佐官。
はあ!?まさか仙人一歩手前とは。お燐も予想外である。しかしシニエが仙人か。シニエが不老の仙人になれば長く一緒に居られることになる。それも悪くない。本当に仙人にしてしまおうか?とちょっと欲が出る。
「しかしまだ幼子だというのによほど過酷な修行をされていたのですね。いくら修行のためとはいえ片目に霊眼が宿るほどとは。よく正気で・・・いえ、生きていられたものです」
ブワッとお燐の毛が怒りで逆立つ。
「仙人の修行っていうのはそれほど過酷なのかい?」
人は過酷な修行で仙人になれると聞いたことがある。ただどんな修行をして仙人になるのかまではお燐も知らなかった。この博識な閻魔補佐官は知っているのだろう。
「そうですね。過酷と呼ばれる所以は仙人が何であるか?つまりは何に人がなろうとしているかが関係しています」
「もったいぶった言い方さね」
「失礼。人の道から外れた仙人はもはや人ではないといわれています」
「人じゃない?」
「人ではない仙人という何か?になるということです。むしろ仙人は自然と近い存在で所謂精霊に近いのだと聞いています。不老不死であるのも自然そのものだからなのでしょう」
確かに精霊とは自然そのもの。この星がある限り水や大気、土といった自然は必ず存在する。精霊と同じ存在であるのなら不老であることにも納得できる。
「それゆえ、仙人の修行とは名ばかりの狂行です」
狂行といわれても想像ができずいまいちピンと来ない。
「お燐さんは人でなくなるにはどうすればいいと思いますか?」
「う~ん。そうさね」
さっきの説明どおり仙人が精霊に近いというのなら、それはお燐と同じ霊体の亡者に近いのかもしれない。この世の人に例えるなら生者が死んで幽霊になるようなもの。それは――
「――肉体を捨てる?」
「ある意味正解です。仙人には死んだあとに霊体を維持してなる
閻魔補佐官が頷いた。概ね正解のようだ。しかしその解釈だとお燐も仙人の端くれということになる。
「じゃあ、あたしも仙人さね?」
閻魔補佐官は頭を左右に振る。
「いいえ。尸解仙は修行で仙人になれなかった者が死というズルでなる最底辺の仙人です。本来の仙人は生きたまま修行してなります。生きたまま仙人になり、人で無くなると同時に人としては亡くなります。そしてその高位の仙人を天仙、地仙といいます。シニエさんはこちらですね」
「なるほどね」
閻魔補佐官の言う『仙人になる=人でなくなる』の意味が少しだけわかった気がする。
「さて。仙人になるということがどういうことかはお分かりいただけたかと思います。ではお燐さんよく考えてください。その前提条件で話をすると本来の仙人の修行とはどんなものだと思いますか?」
いまさっきの内容を思い出しながら、そりゃあ、と口にしようとしてお燐は口をつむぐ。
「生きたままする死ぬことと同等の修行とはなんでしょうね」
わざとらしく閻魔補佐官が口にする。
ようやくお燐は狂行の意味を理解した。ああ、狂っているね。まさしく狂行だ。ここにきてお燐はようやく目の前の鬼が何を言いたいのかを理解する。
「大まかに言うと人でなくなるために人である部分を壊して別のものに再構築していくのだそうです。そうして大半を別のものに変えた存在が仙人になります。もっと分かりやすく説明するなら腕を切り落とし別のものを付け、それが自分に馴染んだら、今度は別の箇所に同じことをする。いえ、切り落として接木するなどまだ生易しいですね。中身を入れ替えるのですから、もっと悪い言い方をすると生きたままに体を切り開き、肉血の変わりに別のものを入れられるといったところでしょうか?体の中の異物感と痛みにもだえ苦しみながら馴染ませる苦行。拒絶反応ですぐ死ねればいいですが、死ねない場合に待つのはまさに地獄の苦しみ・・・ですか。ふむ。うちの地獄でも実践してみましょうかね?おっと話がずれてしまいましたね。ともかく、そうやって自分を別のものに変えていく所業を仙人になるための修行といいます」
酷い目にあっていたことは分かってはいたが思っていたものよりも酷くてお燐は開いた口がふさがらなかった。閻魔補佐官は再びシニエに向きなおりまじまじと観察する。
「シニエさんもすでに体の大半が人からかけ離れています。例えば霊眼とは文字通り霊の眼。もはやシニエさんの片眼は実体を持っていません」
そうか。片眼も。告げられた事実にもはや気持ちを表す言葉も見つからない。
「しかし本当に仙人になる前でよかったです。不老である仙人はよほどのことが無い限り死にませんからね。死んだ人間を管理する地獄側としては死から逃げた異端者の仙人は感化できない相手です。しかもなまじ修行で人の枠から外れた力を持つだけに強いです。むかし崑崙山の仙人と戦ったことがありますが彼らは中々厄介でした。封神で魂を回収されたこともあり、一度地獄と戦争になりました」
「そ、そうなのかい?」
なかなか大きなスケールの話にお燐もたじろぐ。
「ええ、最終的にシッダールタのように輪廻の輪から外れて仙界に閉じこもり、この世への干渉はしないという話で決着が付きました。お燐さんがまだ地獄にスカウトされる前の話ですね」
メディアに聞いたことがある。それこそ西洋の神代のような大昔。かつてここは
仙人の中には神々と戦えるほどの実力者もいたと聞く。そんな仙人たちと戦争をしていたという底のしれない閻魔補佐官をみる。こいつとだけは敵対したくないとお燐は思った。
ともかく。シニエに興味を示す閻魔補佐官とこれ以上かかわりたくなかった。
「なんだいじっと見て。言いたいことがあるならいえばいいさね」
「いえ、地獄に就職するのでしたら履歴書を書かれるかと思ったのですが、十年にも満たない幼児の年齢でどんな履歴を書くのかと思いまして」
「履歴書がスカスカだって別にいいじゃないか」
「それもそうですね」
あっさりと引き下がる。無駄にどうでもいいことを気にするくせに引くのが早い。
「というか仙人が地獄に就職できるさね?」
「別に地獄の獄卒に仙人がいたらいけないわけではありません。それに仙人がいないわけでもありません。仙境に住んでいた仙人や仙人になるための修行をしていた道士で半ば仙人といったかたがいます。むしろ半ば仙人のかたはシニエさんに近いかもしれません」
「そうなのかい?」
「仙人は道教の道士が目指す終着点です。ですが仙人に至れるのはごくまれです。大半はただ仙人に至るための道を追求だけして人生を終えるものです。ちなみにお燐さんは分かっていらっしゃらないようですが、十王の五道転輪王です。そして先の仙境の仙人に至ってはあなたの上司である十王の初江王です」
「ええっ!?」
まさかの地獄のトップにお燐も声を出して驚く。というか自身の上司が仙人だったことをいまさらながらに知った。身近でも知らないことは多々あるものだ。
「人手不足で多忙な地獄では獄卒は自分の役割さえ果たせばいいですからね。意外と自部署のことでも知らないものです。ましてや他部署のこととなるともっとでしょう。まあ、こういうのは機会があって知るものですからね。知らなくてもしかたがありません。今知ったんですから覚えてください」
確かにお燐も同僚や上司について知らないことが多い。というか興味が無かった。
とはいえ。と閻魔補佐官がシニエに向き直る。
「履歴書の件もありますし。私もシニエさんがどのようなことをしてそこまで至ったのかに興味があります。シニエさんに差し支えなければですが、できればどのような修行をなされたのかお教えいただいてもよろしいでしょうか?」
シニエがどんな目にあっていたのか。聞いたら聞いたでお燐は怒りを我慢できそうにない自覚があった。でも親代わりとして知りたくもあった。だから、言いたくなけりゃ言わなくていい、と言えなかった。
シニエは腕を組み。う~んと記憶を思い出そうと唸った。
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