008.シニエと診察

 シニエとメディアが自己紹介を終えたのを皮切りにお燐が用件を口にする。

「シニエの火傷を見て欲しいさね。できれば足もさね」

「そこの椅子に座るさね」

 メディアの指示に従ってシニエは円板に四本足をはやした椅子に座る。メディアは別の椅子を持ってくるとシニエの向かいに陣取って座った。火傷の程度を見るためにじっとシニエの顔を見つめた。刺激しないよう頬にそっと手を当てて痛ましい姿の幼子に目を細める。メディアのきれいな金色の瞳が少しだけ黒くにごった。シニエの胸の中が不思議とモヤモヤした。

 腕を出すように言われて慌てて腕を上げる。シニエの手首をつかんで引き、伸びた腕を鼻息がかかるぐらいに顔を近づけて診察してたまに触って皮膚の状態を確認した。両腕が終わると両足を。特にいびつに歪んだ右足の骨を手で確かめて一度なぞる。

「立って万歳さね」

 終わるとシニエを立たせる。両腕を上げた瞬間に後ろにいたお燐に巻頭衣を脱がされた。首に掛けてあった指輪の付いたネックレスもお燐が取り外す。下着をつけていないシニエはスッポンポンの状態で前後ろと診察された。白い人たちの前で定期健診で同じことされたのをなんとなく思いだす。今日の太陽が昇っていたころのことでそんな昔のことでもないのに。なぜだか懐かしく思えた。何でだろう?不思議だ。それがもう来ない日常だからということをシニエは気づかない。


「火傷は炎症の腫れが酷い箇所はあるが、塗り薬を塗って葉をはさんで包帯まいときゃ治るさね。問題は足のほうさね。骨が歪んじまってるさね。形が異常だから再度折ってつなぎ合わせともいかないし、一度切開して骨の形を変えて矯正してつなぎ合わせる必要があるさね」

 その診断にお燐が歯噛みする。よくわかっていないシニエはただ立っていた。

「まずは火傷を治すさね。手術するにも炎症起こした皮膚を切ったんじゃ縫ったときに皮膚の癒着が悪くなるさね」

 メディアは小さな茶色い壷を持ってきて紐を緩めて、口に張られた皮をはずして手を突っ込む。出てきた手の平にはべっとりと緑色の塗り薬が付いていた。

「ちょっと冷たいけど我慢さね」

「大丈夫。白い人で慣れてる」

「そうさね?」

 シニエの言う白い人が何かはわからないがとりあえず応答を返してあげる。何かを伝えようとする子供に大人が頷き返してあげることは大事なことだ。メディアは気を取り直してシニエの体中を撫で回して薬を塗る。診察に集中しているときとは違って思考に余裕のあるメディアは考える。五、六歳ぐらいだろうか?シニエの体は痩せて骨ばっている。幼子にしては体温も低い。体中に痣などがあるわけではないが色素の抜けた髪はぼろぼろで干からびてみずみずしさが無い。垢だらけの粗末な巻頭衣といい。とても酷い扱いを受けていたことがうかがえる証拠に口元を引き結ぶ。途中脇下や脇腹に塗るときにシニエがくすぐったいと身をよじった。年相応の姿に少しだけ心が和いだ。ビクッビクッと反応するのがうれしくて思わず何度がわざとくすぐるとお燐もつられて笑った。薬を全身に塗り終わるとシニエの肘から手首までの腕半分を覆える大きな葉を体中に貼り付ける。塗り薬が糊代わりになって葉はよく張り付いた。そしてその上から包帯でシニエをぐるぐる巻きのミイラにして終わり。

「二、三日で治るさね。足はそのあとさね」

 治療とその診断結果を口にした。

 薬の臭いがミイラになったシニエの鼻をツンと刺激した。臭くはないが鼻の中がスースーする。知らない感覚に困ってシエは包帯に覆われた顔をしかめた。


「残念なことは風呂に入れてやれないことぐらいさね」

 机にお燐が置いたシニエの巻頭衣を持ち上げて言う。着せっぱなしの巻頭衣はシミや垢で汚れ放題。すごく臭い。気づかずは本人ばかり。衛生上本当は風呂に入れたいが火傷肌をこれ以上酷使するわけにもいかない。一応塗り薬には殺菌作用もあるから大丈夫だろう。

「ああ。あたしが洗っとくさね」

 お燐が洗濯を申し出る。

「いや。こいつはまっとうな人間が着るもんじゃないさね。古いローブを一着あげるからお燐がシニエように加工するといいさね」

 ぽいっと摘まんだ巻頭衣を放り投げた。

「むしろあたしの服洗濯してくれさね」

 前足の肉球を額に当てながら、

「・・・今の一言で礼を言う気分をなくしたさね」

 はあ~とお燐がため息を吐く。

「なっ!?もう一着くれてやるさね。下着だってつけてやるさね」

「そういう問題じゃないさね!」

 やれやれと何をぷりぷり怒っているのやら。首を振ってメディアは立ち上がる。昔弟子が着ていたローブが箪笥の中にまだある。引き出しから引っ張り出すとシニエに投げた。

 はあ~とお燐がまたため息を吐いた。


 シニエの顔にパサッとローブがかかる。シニエは顔から剥がそうと服をつかみ、ふと先ほどまで鼻を刺激していた薬の香りが急に消えていい匂いがしていることに気づく。さっと溶けるように消えていく甘い臭い。鼻から消える臭いをもう一度とクンクンと嗅いだ。確かに服から臭いがした。顔からローブを剥がしつつも香りの正体が気になって、何の香りだろうと手にあるローブを着もせずに眺めた。

「服の匂いが気になるさね?」

「なに?」

 シニエの様子を見ていたメディアはうれしくなって答えをすぐには言わず、にっこり笑ってもったいぶる。

 診察した様子からもシニエが酷い扱いを受けていたことは明白。着ていた巻頭衣は薬の臨床試験などで披見者に着るせるものだ。服装からも十中八九シニエは薬か何かの実験台だったのだろう。それも公にできない内容の。だからか。喜怒哀楽の感情を押し殺して。無表情というよりは真顔。最小限の受け答えのみの余計な言葉を省いた棒読みぶっきらぼうな話し方。誰かさんたちを刺激することを恐れた結果の防衛柵が見受けられる。そんなだからメディナの目から見てもシニエは反応に乏しい娘だった。メディアがくすぐったときも必死にこらえて大人でさえ辛い火傷の痛みも耐えた。そんなシニエが服の香りに興味を示している。

 とはいってもまだかまだかとじっと待つシニエにさすがにかわいそうになってきた。反省して香りの正体を教える。

「虫除けもかねて服に香薬を焚いてあるのさね」

「香薬?」

「薬草を燃やすと体の調子を良くしたり、虫の嫌いな臭いを発する香がでるのさね。ほら、そこにある草がそれさね」

 示す方向を見ると様々な草の束が吊るされている。

「興味があるなら一房とって火にくべてみるといいさね」

 端から端まで目を通し。桃色のきれいな乾燥花を付けた細枝に目がとまる。服を着もせずにテーブルの上に置いてシニエは手を伸ばす。と、その手首をメディアが掴んだ。

「・・・・・そのキョウチクトウは香薬ならぬ香毒さね」

 一つだけあった毒草。それを真っ先に取るとは末恐ろしい子さね。心の中で悪態をつきながらそれがどんなに恐ろしいものか教えてやる。

「そいつの出す煙を吸うと嘔吐や腹痛、下痢、下手すると心臓麻痺で死ぬ場合もあるさね。毒ってやつには煙にしても効くやつがあるのさね」

 白い人の診察で聞いた言葉だったので大体理解できた。吐くのも腹痛も経験がある。ただシニエの知る痛いと同じだろうか?とても重要なことだとシニエは聞いた。

「痛い?」

「ああ、死につながるくらいさね。とても苦しく痛いさね」

 それは大変だ!うろたえるシニエに満足したメディアがシニエの頭を撫でた。



※キョウチクトウは実在する低木です。危険な植物のため安易に手にしたり口にしたりしないでください。

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