第八話 オレの青春ラブコメがぶっ壊れた。

「──モモ会長、資料を持ってきましたよ」


 いいながらオレは生徒会室の扉をそおっと開ける。

「佐藤くんありがとう。資料ならその机の上にでも置いておいてくれ」


 会長はいつものように返事をしながら笑いかけてくれた。

 だけどこの生徒会室はいつもとは違った雰囲気がそこにあった。


「……あれ? 生徒会のみんなはどこへ?」


 この生徒会室にはモモ会長しかいなかった。

 まだ生徒会が終わるような時間ではないのでこのモモ会長と二人きりの状況には違和感しかない。

 それに怖い。


「生徒会なら早めに終わらせたよ。佐藤くんには悪いけどね」


 もう生徒会終わったのか……。

 オレは資料を机の上に置いて自分の手提てさげカバンに筆記用具を詰め込んでさっさと帰ろうとした。


「だけどね、佐藤くんはまだ残業があるんだよ」


「え?」


「あのね、今からもう一度図書室に行って来てもらってもいいかな?」


「いやです」


「そう即答しないでくれよ。君にしか出来ないことがあるんだ」


 またそれ? そう言えばオレが動くとでも思ってんの?


「ねぇ? いいだろう?」


 言いながらモモ会長は手のひらサイズの写真の裏面をオレに見せびらかした。


「やります」


「うん。君ならそう言ってくれると思ったよ」


 うん。オレじゃなくても誰も逆らうことできないと思うよ。


「それでオレはまた、図書室に行って、また、何をすればいいんですか?」


「私、反抗的な犬は嫌いよ? 面倒くさそうに仕事する犬はもっと嫌いよ?」


 言いながらモモ会長は手のひらサイズのそれをヒラヒラと仰ぐ。


「ごめんなさい! 誠心誠意働きます!」


 あぁ最悪だ。どうにかしてあの写真を消さなければ……。


「うん! では図書室で私の妹に愛の告白をしてくれ」


「……今なんて?」


「私の妹に告白してきてくれ」


「なんでオレが?」


「いいから早く図書室に行って来てくれ。理由ならそのうち分かるから」


 いや、そのうち分かるって言われても愛の告白は端的に友達いないオレには厳しいところがあって。


「行かないのならこの写真が次の全校集会でばら撒かれることになるけど……」


「わっわかりました……」

 


 ──モモ会長には有耶無耶にされながらもオレは図書室にやってきた。

 従わなければオレの人生が終わってしまうから仕方ない。

 しかし愛の告白ってのは難易度が高すぎるのではないか? オレそんなの初めてだよ?


 オレは緊張しながら扉をそおっと開けて中を覗き込む。状況はさっきと同じで見渡す限り受付以外に人はいないようだ。

 図書室の入口で挙動不審していたオレを見ていたミカンはそんなオレを見てクスリと笑っている。


「生徒会はもういいんですか?」


 やばい、これからオレこの子にあ、愛の告白をするんだよね? って誰に聞いてるんだオレ。やばいやばい心臓の音が自分でも分かるくらいに大きくなってきてる。


「……先輩?」


「ああああ、ごごごめん! いやひょっと考え事をしててしぁぁ」


 考えられないくらいにカミカミだった。

 そんな様子のオレにミカンは首を傾げて顎に手をあて、しめしめという顔をする。


「先輩」


「はい!」


「もしかして、もしかして……」


 もしかしてもしかして?


「妹のリンゴちゃんに恋心を抱いちゃったりしたんですか!?」


 いや、なんでそうなった?


「いいんですよぉ。わかります、わかりますとも。兄妹の二人は互いに異性だと認識するようになり、そして禁断の恋に……」


「いや、ありえないから!」


「そんなツンデレみたいなこと言わなくてもいいんですよぉ?」


 そんな意図は全くなかったのだが。


「ミカン、そんなラブコメみたいな展開が大好きなんですよ!」


 そう熱く語られても……。


「人の好みをオレで試そうとしないでくれ。……まずリンゴにはオレのことを人ではなく家のゴミや空気などと認識されてそうだし」


「え!? す、すみません先輩。まさかリンゴちゃんとそんな関係だったとは知らずに!」


「いいや、いいんだよ別に。もう慣れたし」


「そうですか……なんか本当にすみません。リンゴちゃんから実際に聞いた話だと仲のいいお兄さんがいるとのことでしたので」


 ちゃんと謝ってくれるところミカンはしっかりしている。この子はただ純粋に姉のモモ会長とオレを仲直りさせたかったいい子なのかもしれない。

 仲のいいお兄さんってのは完全に虚言なんだけどな。


「でもリンゴちゃんとはしっかり仲直りしてくださいよ。ミカン応援しますから!」


 言いながら無邪気に微笑むミカンはまさに美少女。その笑顔はモモ会長にどこか似ている。


「で、できるだけ頑張るよ」


 オレ今から愛の告白するんだよね? いや無理無理。もう心臓バクバクだよ?

 オレはミカンから少し目を逸らすがそれを気にせずにミカンはうんうんと頷いた。


「それで先輩、なら今は何をしにきたんですか? この時間だと生徒会はまだ終わってないはずですが。忘れ物でもしたんですか?」


 オレがここに来たのはこのミカンに愛の告白をするため。


「ミカン」


 オレは改まってミカンの名前を真剣に呼んだ。

 するとミカンもオレの真剣な表情に改まってオレの言葉を待った。

 

「オレをモモ会長から助けてくれ!」

 

 だけど変わった。

 もしかしてもしかしたらミカンならオレの今置かれた状況を何とかしてくれるかもしれない。

 ミカンは人としていい子だ。この子なら信じてもいい気がする。そう思って決断してオレはミカンに助けを求めた。


「……えっえっえっ? お姉ちゃんから? そっそれってどういうことですか?」


 当然のようにミカンは焦りだす。いきなり自分の姉から助けてくれとお願いされたのだからしょうがない。


「実はな──」


 オレは今オレが置かれている状況について詳しく話した。

 オレが会長の言いなりになっていること。

 それは会長に撮られた写真のせいだということ。

 そしてオレは今ミカンに愛の告白をしてこいと言われてここに来たこと。

 しないと全校集会でオレの脅迫写真が晒されること。


「──そうだったんですか……」


 オレが事情を説明し終わるとミカンは深く考え込む。


「それでだ。モモ会長が持っているオレの脅迫写真を全て消して欲しいんだ。……あとオレと──」


「いいですよ」


 オレは二つ目の要件を続けようとしたがミカンの返事がもう返ってきた。

 それってつまり二つ目の要件もおっけーでいいのかな?


「でも一つ条件があります」


 条件? 別に私の犬やら奴隷になってくれだのじゃなければなんでもおっけーだ。

 できればオレの言おうとした二つ目の要件が条件だったらいいな。


「ミカン、実は最近好きな人ができたんです」


 そっちからきてくれたか。これは即ちオレが言おうとした二つ目の要件。

 オレとミカンが恋人関係になる、だ。モモ会長に謎に頼まれたのだから成功してないと何かありそうだし。


「その人のことを考えると胸がドキドキして体が熱くなってなんだかもう彼以外他に何も考ええられなくなるんです」


 これはもうまじで恋してるな。まさしく青春する女子高生である。

 オレもなんだか聞いてるだけで心臓の鼓動が早くなってきた気がする。


「その人の顔を毎朝見る度になんだか心がほっとして今日も一日頑張ろうって思えるんです」


 これやっぱり完全にオレのことだよな!? ちょっと冗談っぽく言ってたけどこれって本当にオレのことだよな!? だって今朝ミカンはオレの顔を見た後に自分の教室まで戻っていったし。

 モテ期? これってやっぱりモテ期なの?

 やばいやばい。心臓バクバクいってるのが自分でわかる。こんなにバクバクするもんなの? もしかしてミカンまで聞こえてるんじゃないか?


「そ、その人の名前って……」

 

『ミカン、先輩と同じクラスの中村太陽って男の子のことが好きなんです!』

 

 ……は?

 おいおいそこまで焦らしといてなんでオレのことじゃないんだよ。オレ怒るよ? 泣くよ?

 ミカン、先輩まで聞いたときのオレの心臓まじでバクバクだったからね?

 気づけば心臓の鼓動も正常に戻っていた。


「……それで?」


「ミカンが先輩の脅迫写真を全て消すのに協力する代わりに、ミカンと中村くんの仲を取り持って欲しいんです。ほらミカンと中村くんは学年も違うし接点があまりないというか」


 中村ってあれか? 今日教室でオレのピンチを救ってくれた優しいあの中村か?


「そっかわかった」


「気の抜けた返事をしないでくださいよ。ミカンは真剣なんですよ?」


 あそこまで焦らしといて無理あるでしょ。


「オレも結構真剣だよ? 脅迫写真……きついから」


「ほ、本当ですか? ……まぁいいですよ。それじゃ契約成立ってことでまた明日からよろしくお願いしますね!」


 彼女は微笑みは男子の心を動かす力を持っているのかもしれない。だけど今回オレが協力しようと思ったのは例の写真のせい。じゃなきゃ誰がこんな可愛い子の恋愛を手伝うんだよ。

 振り向いて欲しいのに決して振り向いてはくれない。いわゆる失恋。

 彼女の主人公は中村太陽。オレはこのヒロインの主人公枠から外されたわけだ。

 オレは恋のキューピットの枠に組み込まれてしまった。もはや彼女にとってオレはモブだ。


 こうしてオレの青春ラブコメがぶっ壊れた。

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