怪獣と海色の君
桜居 あいいろ
第1話
「シン、だから私は選ばれし者なんだって!」
「だーかーら、誰が信じるんだよ、そんな迷信!!」
僕は呆れた顔で茜音の顔を見た。この話は夏の期末テストが終わってから3度目だ。彼女は夢の中で怪獣とやらに会ったらしい。
夢に出てきただけならだれにでもありそうなことだが、その夢が僕たちの小さな小さな島に残る伝説に似ていたから、彼女は僕に自慢げに話しているのだ。
僕、進と茜音は幼稚園からの幼馴染。いや、幼稚園に入る前から顔ぐらいは知っていたような気がする。
今は同じ高校に通う高校3年生で、隣のクラス同士。島で唯一の高校であるのに、全校生徒は少ないから、みんな顔なじみ。そんな感じ。
学校からの帰り道、僕たちは家の方面が同じだからよく一緒に帰る。普通なら浮いた噂が立ちそうだが、僕の学校はそうではない。
いい意味で他人に無干渉というか、男女問わず仲が良すぎるというか。
でも僕にはそのくらいがちょうどよかった。
僕はさっき自販機で買ったメロンソーダのキャップを開けた。人工的な甘い香りが僕たちを囲った。
自転車を押しながら潮風にポニーテールを乗せた横顔は、十年見ても見慣れない。
僕は背負っていたリュックを茜音の押す自転車の前かごに載せた。
「ちょっと、重いんだけど」
軽く頬を膨らませる彼女。この顔も何度見ても慣れないものだ。
「で、夢の話だと、私はそのうち灯台に召されちゃうんだけど。シンはどう思う?」
彼女は真面目な顔で、3分の1ほど飲んだ緑の液体の蓋を占めた僕に尋ねた。
「え、そんな訳あるわけないじゃん。言い伝えってあれでしょ、小学生の頃のお遊戯会でやったやつ」
「そう、小学3年生の時にやったやつ。私は灯台の麓に暮らす少女の役で、シンは漁師の役だったよね」
「よく覚えてるな」、僕は苦笑いする。
「私、その少女みたいに本当に怪獣に誘われちゃったりしてー」
彼女は僕に笑いかける。
「そんな訳あるかよ」
僕も彼女にあきれ顔で笑い返す。
こんな日常がいつまでも続けばいいのに。
この海沿いの歩道がどこまでも続いていれば良いのに。
いつまでもこの水面に反射した夕日が茜音を照らしていればよいのに。
僕はこんな拗らせた感情をいつまで持ち続ければいいのだろう。
「一生だったりして…」
僕は小さな声で呟いた。
ペットボトルの蓋が僕と同じくらいの声を発した。
その小さくて大きな思いは炭酸の泡になって、僕の喉を静かに通り過ぎた。
少し痛くて少し甘い、飲み慣れた味がした。
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