その1
「この畜生がァ!」
と叫んで飲み干した缶コーヒーを真っ黒な空にぶん投げた。
今日もだ、いや、今週も...いや、軽く見積って今月も、かぁ。ツイてねぇ。いや、なんなら生まれてからずっとかもしれねぇ。
今日も朝起きれなかった。仕事の面接に落ちた。親に殴られた。
で、そのまま家から飛び出したけど、なんにも持ってこなくて、温もりも何もねぇポケットにあった百円玉でコーヒー飲んだ。微糖だけど、苦かった。
「…寒ぃなぁ」
東北地方の11月を舐めてはいけない。今気温何度だろう…と思いスマホを覗こうとするが、それさえ忘れてきた。
時刻は1時。1晩をやりすごすのはかなりキツい。
帰ろうか?いや、また余計に精神を摩耗するだけだ。もうすでに俺のライフはゼロだ。でもここにいてもどうにもなんねぇんだよなぁ…
そうだ、さすがに探しにくんだろ。あの親。んで、俺に謝んの。
いくらニートだからって息子が深夜いなくなって探しに来ねぇ親なんざいないだろうしなぁ。自分から謝んのもなんか癪だし。それに、ここ家から1番近所の公園だし。…よし、決めた。
親に見つかったら帰ろう。なぁに、あと小一時間もすれば見つかるさ。
と、思ってた時期が俺にもありました。
現在、午前7時。…死ぬ。
なんでスウェットで飛び出してきたんだ俺。
せめてコートかウィンブレぐらい着ろよ!
せめて財布とスマホくらい持ってこいよ!
くそッ!漫画喫茶で夜を明かしたかった!
家出して行くとこが公園しかねぇって中学生かよ!
俺もう18だぞ!
…帰りたい。
でもね、俺知ってるよ。今帰ったらめっちゃ怒られるってこと。だからまだ帰んない…帰れないよ。
只今午後4時でーす。
また冷え込んできましたー。
昼間は幸運なことに晴れてて凍えずに済んだけど、今度こそ凍えそうでーす。
ジョギングしてるオバサンが俺のことを冷たい目で見ている。
この世のゴミになった気分だ。いや、もうゴミなんですけど。
まもなく午後10時。
そろそろヤバいかも。
あと、10分前くらいに職質されそうになった。
どうやらさっきのオバサンが広めたみたいだ。
迷惑なことしやがって。
場所を変えるか…
そう思った俺は、よっこらしょいと重い体を持ち上げた。体を伸ばすと、ゴキゴキと骨が鳴る。
ようやっと俺は歩きだした。
暗闇を街灯が照らす。住宅街をスウェットで徘徊する姿があらわになる。職質モノだ。
家とは逆の方向へ進む。いや、帰りたくないんで。
俺が住むのは東北、それなりの田舎だ。だから住宅街っつってもほとんどの家にはジジババしか住んでない。それもそろそろ寝る時間。だから多分大丈夫安全…
「おにいさん、なにをしてるです?」
「はッ。」
俺は戦慄した。なんと目の前にいたのはこんな時間帯お家でおねんねしているはずの存在。
そう、幼女。
100パーセント中100パーセントの幼女がそこにいた。
夜10時に幼女とニートが一緒にいる姿。
職質なんてものじゃない、通報、いや逮捕ものだ。
「おにいさん、ひとりー?」
やばいやばいやばいやばいやばいなにがヤバいってこの姿を誰かに見られた瞬間にゲームオーバーなのがやばい。オバサンによって公園にスウェット姿の男性がいたことはここらの奥様方には伝わっているから言い逃れも弁明も何もできねぇのがヤバい。
つかなんで午後10時に幼女がいんだよ、おとうさんおかあさんといっしょじゃねぇのかよ。その家の教育状態が心配だよ俺は。いやそんなこと考えてる場合じゃねぇはやくここから逃げねぇとでもどうやって逃げるやべぇやべぇやべぇ。
「おにいさん?なにしてn…」
回れ右、ダッシュで家に帰ろう。おとうさんおかあさん、俺が悪かった。謝る、謝るからおうちにかえりたい!
走ること数分。俺は愛しの我が家にたどり着いた。
鍵持ってねぇ、開けてもらわねぇと。
そう思って呼び鈴を鳴らそうと手を触れた時、ドアに紙が張り付いていたことに気づく。
「…んだコレ?」
街灯の明かりを借りてそれを読む。
バカ息子へ。
お母さんとお父さんはしばらく旅行へでかけます。
…ああ、俺、死んだわ。
結局、今夜も公園で夜を過ごすこととなった。
翌朝。
俺はなんとか生き延びるため、行動を起こすことにした。
いや、なにができるんだって話だけど。
とりあえずこの公園から出ねぇと。捕まるのは御免だ。
体温さえ感じなくなってきた体を起こすと、とりあえず歩いた。
昨日の夜歩いた方向へ。
昨日の幼女はなんだったのか。何故夜10時に?何故1人で?疑問は尽きねぇが、過ぎたことは忘れよう。
数十分住宅街を歩く。
すると、「日雇いOK!前科者OK!どんな方でも大丈夫!絶対にあなたに合う仕事を見つけます!エンドルフィン職業相談事務所」なるものが目に入った。
家から1番近所のローソンの隣の、テナントが3つくらいの三階建てのちっさい新築のビルの最上階。
胡散臭いことこの上ないが、俺には時間がない。
2日間公園の水だけで過ごしてきたのだ。腹が減って仕方がない。今にも倒れそうだ。
それに、日雇いOKらしいし。学歴とか聞かれないよね?俺、高校中退なんだけど。
まぁいい、身分証とかなにもないけど、住民登録とかされてるし大丈夫だろ。行ってみよう。
実際、俺は微かな希望があった。そろそろ死にそうだからな。つか、考えるのも億劫になっていた。
「いらっしゃいませー!」
俺が中に入ると出迎えたのは、サングラスをかけた、細身の男。いかついというよりは、いいともとかMステの司会者って感じ。
エンドルフィンなる事務所の中は、新築のくせに壁は傷だらけだったり、傷んでいたりして、あまり良い印象を受けない。
「お初にお目にかかります、涼介 浩太郎と申します。」
そう言い、これまた角のあたりが欠けたあまり良い印象を持てない名刺を差し出してきた。
…リョウスケ コウタロウって、どっちも氏名の名の部分じゃねーの?
「そんで、どんなご要件でー?」
俺は、自己紹介と、自分が今置かれている状況を説明し、1週間ほど日雇いの仕事が欲しいという旨を伝えた。
「なるほど、了解致しましたー。」
「ありますか?そんな都合のいいもん?」
リョウスケなる男は、おそらくガサガサと決して整頓されているとは言えない引き出しを漁っている。
それからすぐ、平坦な声で告げた。
「ありますよー、1件だけ。」
まじかよ、あったよ。
「日雇い、1週間から。住み込み可。特に資格は求められてませんねー。時給1000円。結構いいんじゃないっすか?家に帰れないっておっしゃってましたし。」
もうこれ即決でよくね?時給1000円って深夜でもねぇ限りねぇだろ。
「そこで、そこにします!」
「もう少し考えなくていいんで…そんな余裕はなさそうですねぇ。」
俺は、資料と電車賃込みの1000円を金を借り、(リョウスケさんの厚意によるもの。ありがてぇ)早速向かうこととした。1000円は1週間後に働いて返す。
無人駅から電車に乗り込む。道中コンビニど購入したカロリーメイト(メープル)を頬張りながら事務所でもらった資料に軽く目を通す。
「株式結社Minerva…読みにくいな。普通にカタカナでミネルヴァでいいだろ。」
駅から徒歩20分…、まぁ行けねぇ距離ではないな。
なんてことをボーッと考えていたら目的の駅に到着。隣町だから10分もかからなかった。
そこから西へ20分歩くと、目的の株式結社ミネルヴァなるものを見つけた。
4階建てのビルの2、3階。蜘蛛の巣の貼ってある階段を登り、ガラス戸の前に立つ。
今更ながら不安になってきたぞ?本当に大丈夫なのか?そもそも俺の所持物はカロリーメイト、事務所でもらった資料(B5のプリント1枚。)と借りた524円だけだけど。よく考えたらやばくね?さっきは腹が減っていて思考力が低下してたから決めたけど、やっぱりやめようか…。いやでもそしたら今日明日どうすんの…。
「なにしてるです」
どきまぎしている俺に何者かが声をかけてきた。
あれ?この声どっかで聞いたことなかったか…?
具体的には昨日の夜10時とか。
「…あれ?」
俺の前には、ガラス戸を背にして昨日の夜出会った100パーセント中100パーセントの幼女が立っていた。
「質問にこたえるです」
「いや…えっと…その…」
その100パーセント幼女は、妙な格好をしていた。
警察官がかぶっているような帽子をかぶっていて、
真っ黒いマントをなびかせていた。
昨日は動揺していたから対応できなかったが、今の俺に幼女など恐れるに足りず。
…のはずが。俺の口からマトモな単語が1つも出てこないのはなんで?俺、コミュ障だったん?
「俺、エンドルフィンとかいう事務所でこの職場を紹介してもらったんだけど…。ところで君は何?迷子?お母さんは?」
「ははー、なるほど。ならこんな態度とらなくてもいいですね。」
「…は?」
「さっさと入れ、無職。」
「お…おう。」
さっきとはなんかこう…オーラが変わったぞ?
幼女ってよりかは、怖い小学校の先生っつーか、半端ない威圧感、存在感がある。気のせいか、腰に刀があるような気もする。いや、気のせいじゃねぇわ。日本刀っぽいのがある。おい、銃刀法違反だろ。
そんな雰囲気に圧倒され、比較的チキンボーイな俺は、すっかりビビっちまって生返事さえ上手くできたかわかんねぇ。
「…まだか?」
「うす!すぐ行きまっすぅ!」
だーめだこりゃ。幼女相手に完全にぶるってる俺がいるよ。情けねぇなあ。でも、怖いんだもん。なんか、こう、ねぇ。
俺は指示にしたがって事務所へと入ることにした。
むしろそれしか選択肢がねぇ。
…嫌な予感しかしねぇ。
せいぎのみかたのたおしかた! 七森 かしわ @tai238
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