第9話 物種


「という訳で、夏休み明けからそういうプロジェクトが始まるので、心算だけしといてくださぁい。」

 気の抜けた軽薄な声が、同じく軽薄な喧騒の上を流れていた。

 

 あの祭りから数日経った夏休み。僕は二年の頃から所属しているサークルから呼び出しをくらって、うだる暑さの中、自分の大学へと赴いていた。市を縦に、北へと流れる一級河川の側に造られた工業大学。建築科に農学・土木・機械・電気・情報、その他諸々の学科があって、サークルに参加している学生も専門分野がばらばらだった。

 そんな僕らが集まって何をするのかといえば、地域創生だとか、地域復興・再興だとか、そういうプロジェクト。ついでに地産地消の応援とかも。自分たちの能力を活かして、地元というか、その地域に貢献するような、そういうサークルだった。正直このサークルは人数が多くて、銘々が行う活動もいっぱいで、全体像はいまいち把握できていない。リーダーに聞けば、俺もよく分かんないんだよね、なんて笑っていた。


 そして今、皆の前で企画書らしき紙の束を振り回しながら、気怠く伝達役を買っているのが、次期リーダーの狩野真弘かのまさひろだ。僕と同じく三年で、僕をこのサークルに引き入れた張本人。水色と紺の柄シャツの袖を適当にまくって、真弘は至極面倒そうに声を張り上げた。


「だから夏休み明けから村の復興やんの!菜種油作って灯籠作って来年の今頃盆踊りすんの!大隈おおおくま女子大の芸術科と一緒に!以上!…はぁ?市役所んとこにあんじゃん女子大!あそこの短期大学のほうだって!菜の花の栽培もぼちぼちこっちで始めるから!村の畑でやるってさ!」


 真弘の大きな一重のなかに収まる小さな黒目が、話を聞くサークルメンバーを見渡した。最後に僕と目が合って、ああそうじゃんと、こっちを指差す。

「佐々谷が二週にいっぺん行ってるとこだよ。」

 

 僕が受けている連携授業は、単位を取るための方法が二通りあった。

 一つは、女子大へ通って一年かけてゆるく学ぶ方法。もう一つは、女子大の教授が秋に数回だけ行う出張授業の間に、山のような課題をクリアしていく方法。大概の学生が後者を選ぶのは、課題さえやっておけば出席率は関係ないというところに理由があった。

 僕が通うことを選んだのは、家が女子大から近かったことと、ゆっくり時間をかけて学びたい分野だったということ。彼女と同じ分野に精通してみたかった。僕が魅了されたあの孔雀の絵のひと。まさか会えるとは、思ってもみなかったけれど。


 僕と真弘のやりとりを聞く学生達の視線が、卑しさを含んで集まっていた。どうせ女子めあてだろうとか、そういうことがいつ口をついてもおかしくないような表情を浮かべている。工学部の男女比率は、工業高校と殆ど変わりはしなかった。


 それをいち早く察知したのは真弘だ。彼は学生達の言葉が漏れるより先に、一度大きく手を叩いた。神社のお参りか、と言いたくなるような高らかな音に皆が口を噤んで真弘を見る。すると彼は、赤茶に染めた髪を揺らしながら、にひひ、と聞こえそうなほど破顔して僕へと近づいた。柄シャツの模様はどうやらあざらしで構成されているらしかった。


「勤勉な佐々谷にぃ、ぜひサブリーダーしてほしいんだよねぇ。俺がリーダーで村の役場の人と連携とったりするんだけどさぁ、隈女くまじょの教授との中継役とか欲しくてさぁ。ってことでよろしく。」

「強制じゃん…。」

「仕方ないじゃん俺体ひとつしかないんだもん。」

「それは皆そうだよ。」


 真弘はすぐさま周囲へ「賛成の人は拍手!」と叫んで、瞬く間に研究室は拍手に包まれた。ヘラヘラしながらまとめ上げてしまえるあたり、彼はリーダーの素質があるんだろうと、僕はため息混じりに彼の提案を飲む。

 この喧騒を丸め込むかのように、解散!という真弘の溌剌とした声が響き渡る。真弘が握っていた企画書はまだ未完成だそうで、出来上がったらみんなに送るねぇ、と、また気の抜けた笑顔と共に手を振った。メリハリだな、と、思った。


 時刻は夕暮れ。しかも藍の比率の濃い時間。何故こんな中途半端な時間に皆を集めたのか。その答えはぞろぞろと出口へ向かう仲間達が教えてくれる。

「真弘今日の店何時に予約してんの?もう行っていいの?」

「十八時!多分通してくれると思うよ。」

「……。」

「あっちょっと佐々谷。佐々谷も頭数に入ってっかんね。隈女の学生と顔合わせ。…という名目のお食事会だそうです。」

「入れるならせめて教えといてくれない?断れないじゃん。」

「断るの見え見えだから騙してんだよ!」

「騙さないで尊重しろよ。」

「今日はなんと!此永このえちゃんも来てくれますので!ねっ?此永ちゃん!」

 真弘が肩を抱く女子学生。華奢で大変愛らしく、二重の少し上で切りそろえられた黒の前髪が印象的なその人は、うちのサークルでも群を抜いて男子学生の目を引く一年生だった。

「私まだお酒飲めないって言ったんですけど、隈女の人たちもみんな未成年だっていうから、今日だけはついていこうかなと思って。」

 控えめに答える此永さんは、僕と目が合うなり笑みを深めて、至極滑らかに真弘の腕からすり抜けた。

「佐々谷先輩は面識あるんでしょう?隈女のひとたち。紹介してくれたら嬉しいんですけど。」

「…皆が期待してる程関わってないと思うよ。授業で隣になった子と話す位だから。座学だけでディスカッションもないし。」

「向こうのキャンバスってやっぱりこことは違いますか?」

 これに真弘が加わって、居酒屋に着くまでずっと、こんなたわいもないやりとりを重ねていた。


 大学を出て、道路を一つ超えたところにチェーン店の居酒屋がある。赤の提灯がいくつも灯っていて、出入口には信楽焼があるところだった。

 入ってすぐにカウンター席があって、その左奥が御座敷になっている。そこは全て予約席になっていて、大隈女子大学短期大学部の学生であろう女子大生が数人到着していた。机を挟んで左に隈女、右にサークルメンバー、という具合に座るらしい。合コンとなにが違うのだろうかと、ため息を飲み込む僕の足は一旦止まる。

「ねえ先輩あっち空いてるみたいですよ。」

 僕の右腕をつつく此永さんは、少しわくわくしているらしかった。

「此永ちゃんごめんよ、佐々谷はちょっとこっちで借りていくね。」

 僕の左腕をがっしり掴むのは真弘だ。

 なんの悪巧みがあるのかと、僕より少しばかり背の低い彼と目線を合わせれば、彼はケロっとした顔で言葉を続けた。

「リーダーとサブは真面目に顔合わせしないと。向こうの席。教授ももう少ししたら来る。」

 数段トーンの下がった真面目な真弘は、すぐにニコニコと軽薄な表情を貼りつけて此永さんに手を振った。彼女はペコリと礼をして、誘われるがままに御座敷へと上がった。


 カウンター席の一番奥は、六人がけのテーブル席になっていた。教授とリーダーとサブリーダー。ここだけは真面目にプロジェクトの話が出来る。僕は少し安堵の息を漏らして、既に席へついていた女子大生二人の前の椅子を引く。

「遅くなってごめんねぇ、先に頼んでても良かったのに。」

 初対面の人間にもそのスタンスでいくのかと、つっこむ暇もなく。左斜めに座っていた黒髪で黒ずくめの、クールでモードな少女が案外社交的な愛想笑いを見せて言った。

「別に待ってないっすよ。ねぇ伊月。」

「……えっ。」

 左斜めの少女に気を取られていて、ちっとも気づきはしなかった。あと瀬川伊月は金髪ロングヘアで、エスニックなファッションだという固定概念が邪魔をして、目の前の緑がかったショートヘアが、小綺麗な紺のワンピースを纏った少女が、僕のよく知るいっちゃんだと理解できなかった。

「来年プロジェクトリーダーをやる瀬川伊月です。こっちはサブの清水しみず乃ノののか。」

 いっちゃんはすこぶる意地の悪い笑みを浮かべている。そんな彼女達に、真弘は自発的な自己紹介をした。

「…サブの佐々谷春彦です。いっちゃんいつ髪切ったの?」

「昨日。美容師の友達が出来たの。教育実習の準備とかもあるし、髪色もちょっと大人しくしてもらった。似合う?」

「いっちゃんはなんでも似合うでしょ。ワンピースも似合ってる。」

「乃ノ夏が今日ぐらい着飾れっていうから何かと思えばハルじゃんね。」

「どういう意味。」

「今更気取ることないでしょうよ。あっそうだこないだの服今度返しにいくね。いつ空いてる?」

「来週まっ……ちょっと真弘。」

 ドスンと左肩にのしかかる真弘は、既にビールジョッキを持っていた。

「なぁんだ佐々谷の彼女?」

「友達。」

 僕といっちゃんの返事が重なったように、真弘と清水さんのため息が重なった。そして真弘の、とりあえず乾杯しよ乾杯!という呑気な音頭で顔合わせが始まった。

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