斥候が主人公でいいんですか?  失敗しらずの迷宮攻略

神門忌月

第一話 追放されたのは……

1.前衛三人組は盗賊を追放する

「アルバ、お前をパーティーから追放する!」


 新進気鋭の冒険者パーティーである【たかの目】、その前衛職を務めるやり使いデュンケルは、そう言い放った。

 デュンケルの両脇には、同じく【鷹の目】の前衛職である両手剣使いのフォルクと盾使いのガウスが控えている。


 デュンケルの目の前には、異様な風体の男──灰色の装束と横に溝の入った額当てを痩身そうしんにまとい、黒く塗り潰した目元と口元を覆ったマスクで素顔を隠した青年が立っている。

【鷹の目】の斥候アルバである。


「は? 何の冗談だ? こんなときに」


 周囲が黒く塗り潰されていることでより鋭く見える眼光と、マスク越しでくぐもっているためによりドスが利いて聞こえる声色。

 それらはかなりの威圧感を放っているが、デュンケルも慣れたものでおくすることはない。


 ここは地下迷宮の中層階に位置する広間である。

 これから四人で迷宮入口まで戻る計画だ。

 何が起こるか分からない迷宮の中では、仲間は一人でも多いほうが良い。パーティーのメンバーを追放するのに、これほど相応しくない状況もないだろう。


「冗談ではない。俺たちはもうお前とはやっていけないと言っている」


「……不満があるなら聞こう。何が問題だ?」


 すまし顔で尋ねるアルバに、短気なフォルクが半ば切れかける。


「問題だらけだっつーの! 大体、戦闘で何の役にも立っていないくせに、なんで俺たちと取り分が一緒なんだ? おかしいだろ!?」


「斥候だからな、俺は。それに一応、戦闘中は後衛の護衛もしているだろう?」


「ふざけんな! 俺ら前衛は敵に一匹たりとも抜かれちゃいねえ! 後衛に敵なんざ行かねえだろうが!!」


【鷹の目】は、この四人に後衛の魔術師と神官を加えた六人編成だ。


 前衛三人が臨機応変に立ち位置を変えることで鉄壁の守りを実現している。

 それこそが、短期間で【鷹の目】のパーティーランクを押し上げた原動力だと三人は自負している。


 もちろん後衛の二人も重要な戦力だ。

 魔術師のラキアは、パーティー最大火力にして、遠距離からの広範囲攻撃を可能とする対集団戦の要だ。

 神官のモナも、回復、強化、防御などの戦闘支援を一手に担い、強敵を倒すには欠かせない存在だ。


 一方で、アルバは戦闘面でまったくパーティーに貢献していない。

 せいぜいが投剣──投てき用の短剣を戦闘開始時に暗闇に向けて数本投げる程度。その後は後衛の前で突っ立っているだけだ。


「確かに前衛を抜かれる心配はなさそうだな。前にも言ったとは思うが、荷物に弓と矢筒を加えていいなら、戦闘中に援護射撃くらいできるが?」


 三人の非難の目もどこ吹く風、アルバは涼しい顔のまま、うそぶいた。


「それだ! なんで俺らがお前の荷物まで背負わにゃならんのだ! 理不尽だろうが!!」


 アルバの態度がよほどかんに障ったのか、フォルクが地団駄じだんだを踏んだ。


「……斥候だからな、俺は。悪いが、荷物を担いで斥候はできない」


 戦闘時以外、アルバは基本的に単独行動だ。常にパーティーに先んじて移動し、その後方からパーティーがついていく形になる。

 その間、アルバの装備、食料、寝袋を担ぐのは前衛の三人の誰かである。


 以前、アルバに戦闘への積極的な参加を促したことがあった。

 アルバの返答は『荷物に武器を増やして良いならば可能』というものだった。


 結局、『なんでお前の武器まで俺らが運ばなきゃならないんだ!』とフォルクが不満を漏らしたことで、その話はお流れになった。


「そもそも、斥候職自体、もう必要ないと俺は考えている」


 デュンケルは偽らざる心情を口にした。


 冒険者は野外での魔獣狩りで経験を積み、その後は魔物が徘徊はいかいする迷宮の攻略にいどむのがセオリーだ。

 迷宮攻略を順調に進めつつある現在、【鷹の目】が魔獣狩りに戻る予定はない。


 魔獣狩りとは違い、迷宮では前進しているだけで魔物と遭遇するため、索敵の必要性が低い。

 しかも侵入者がめったに来ないためか、魔物は油断しきっている。

 迷宮攻略を始めて数カ月の経験で、『迷宮攻略に斥候職など不用』という感触をデュンケルは得ていた。


「俺たちなら、もっと上のランクを狙える。そのために今、何が一番必要なのか、何が俺たちの足を引っ張ってるのかを考えるとな……お前だよ、アルバ。敵の配置と武装を確認するだけのことに、お前は時間をかけ過ぎている。そのせいで迷宮攻略が遅れ、余計な荷物も費用も増える。お前は慎重すぎるんだよ、アルバ」


「知ってるんだぜ? お前、前のパーティーで『臆病者のアルバ』って呼ばれてたんだって?」


 デュンケルに便乗して、フォルクがアルバを挑発した。

 数週間前、アルバが以前活動していた街から来た冒険者と酒場で意気投合し、そのときに聞き出した情報だ。


 だが、アルバは意に介さない。少なくとも表面上は平静を保っている。


「……なるほど、斥候職はいらないか。なら、わなの発見と解除はどうする? 宝箱の解錠は? お前たちにできるのか?」


「罠? ……罠ねぇ。あんなもの、よほどの間抜けじゃなきゃ引っかからないだろう?」


 デュンケルは思わず苦笑した。


 アルバは進路上に罠を発見すると、その場に蛍光塗料で目印を書き込んで、注意喚起を促す。

 その罠というのが、あからさまな壁の出っ張りだったり、床にひとつだけ置いてあるタイルだったりするのだ。


 デュンケルにしてみれば、その目印を見るたびに、『こんな罠に気づかないほど、お前らは間抜けだ』と小馬鹿にされているように感じるほどだ。


「宝箱なんて、所詮木箱じゃねえか。ちまちま鍵を開けずに、箱ごとぶっ壊しちまえばいい」


 フォルクがそう言ってせせら笑った。


 アルバはうつむいて大きく息を吐く。


「……ラキアとモナは、このことを知っているのか?」


 後衛の二人は今この場にいない。この広間に併設された【転移の魔法陣】を使い、荷物共々、先に迷宮入口の野営地まで戻ってもらっている。

 魔法陣を使って全員で帰還しようとしたところ、この広間で手に入れた戦利品がことのほか重く、重量過多で魔法陣が作動しなかったのだ。


 専門家であるラキアの見立てによれば、ここの魔法陣は一度使うと丸一日は使えないとのこと。

 それならば、後衛二人には魔法陣を使って戻ってもらい、健脚の前衛三人とアルバは徒歩で来た道を戻ったほうが早い、という話になった。


 実のところ、魔法陣が作動しないことを知った後、そうなるように話を仕向けたのはデュンケルだった。


「いや、二人は知らない。だが問題はない。パーティーに関することは、当事者を除いたメンバーの多数決で決める、という約束だ。お前を除く五人のうち、ここにいる三人がお前の追放に賛成してる。残り二人が反対しても決定は覆らない。お前が二人をどう言いくるめていようとな」


「言いくるめる?」


 アルバは顔を上げ、意味が分からないといった表情を浮かべた。


 白々しい、とデュンケルは思った。


 最近、後衛の二人が前衛の三人を避けていること、アルバとの距離感はむしろ近づいていることに、デュンケルは気づいていた。

 普段は人間関係に疎いフォルクとガウスですら気にしている。二人はラキアとモナにそれぞれ好意を抱いているのだ。


 アルバを十分に追い詰めたと感じたデュンケルは、酒場で仕入れた決定的な情報をもって、止めを刺すことにした。


「知っているぞ。『詐欺師のアルバ』、お前がそう呼ばれていたこともな」


 この事実を知れば、ラキアとモナも目を覚ますだろう。

 そうなれば、アルバの追放後も後腐れもなく二人とパーティーを続けていける。デュンケルはそう考えていた。


「【斥候】などとうそぶいているが、大した仕事もせずにパーティーに寄生しているお前には、昔ながらの【盗賊】の呼び名のほうがお似合いだよ」


 まだ【斥候】が冒険者の職種として一般化していなかったころ、窃盗や盗掘を生業とする輩を一時的にパーティーに招き入れていたという。

 そいつらは【盗賊】と呼ばれ、パーティーに寄生し続けた挙げ句に、金を持ち逃げしたりと随分悪さをしたらしい。


 デュンケルにしてみれば、アルバもそういった輩と大差ない。

 今追放してしまわないと、これから先何を仕出かすか分かったものではない。


「……やれやれ」


 とうとう諦めがついたのか、アルバは肩をすくめた。


「で? わざわざこんなタイミングで追放して、俺をどうする気だ?」


 不穏な空気が三人と一人の間に流れる。


 ここは典型的な【生きている迷宮】である。

 倒された魔物は、しばらくすると魔界から再召喚されて補充される。


 中層階の魔物は駆逐してから間もないため、今から来た道を戻れば、魔物に遭遇することなく上層階へ抜けられる。

 だが、上層階の魔物は駆逐してから一晩経っているため、ほぼ補充が完了しているはずだ。


 上層階に出現するのはせいぜいゴブリン──緑色の子鬼程度。前衛職が三人いれば危なげない行程である。

 だが、まったく危険がないわけではない。何が起こるか分からない迷宮にいどむからこそ、彼らは冒険者と呼ばれているのだ。


 つまり、迷宮を出た時点でアルバが大怪我をしていても、なんら不思議はない。

 たとえ、アルバ本人が加害者として三人を告発しても、追放を逆恨みしての言い掛かりだと言えば、誰が否定できようか。


 まして、アルバが迷宮内で死んでしまえば、告発さえもできない。


 とはいえ、デュンケルにそんなつもりは毛頭なかった。少々、前衛の苦労を味わってもらいたいだけだ。


「追放したからには一緒に行動はできない。お前は今すぐ、一人で迷宮の入口を目指せ。しばらくしたら俺たちも出発する。お前がそのまま迷宮から出られたら、それでお別れだ。だが、もし迷宮内で俺たちに追いつかれたら、そのときはどうなるか分からない」


 前衛三人ならば、たやすく突破できる上層階。しかし、斥候一人ではどうにもならない。


 特に、迷宮入口近くには二十匹ほどのゴブリンがひしめき合う広間がある。

 そこは、回路もなければ、身を隠して通過する余裕もない。斥候一人では完全に場所だ。


 アルバは一人でゴブリンの群れにいどむほど無謀ではない。

 それは、デュンケルも重々承知している。


 進退きわまって、追いついてきた三人に命乞いでもするだろうか?

 その様子を想像すると、デュンケルはなんとも言えない愉悦感を覚えた。


「……了解した。では先に行かせてもらおう」


 少し思案する様子を見せたアルバは、しかしヤケにあっさりとそう言って歩き出した。


「正直……ここまで馬鹿だとは思ってなかったな」


 去り際のアルバのつぶやきは三人には届かなかった。

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