第三十八話 朝チュン

 家に戻ると、既に朝食の準備が整っていた。


「マサヨシ様、よろしければリュンを起こしてきてはいただけませんか?」


 席に着いたユーリカがそんなことを提案してくる。


「なんで俺なんだ。使用人に頼めばいいだろ?あいつの寝起きとか嫌な予感しかしないんだけど」


「生憎使用人は全員出払ってしまっておりまして」


「さっき廊下ですれ違ったときこれから休憩だーとか言ってうきうきしてたけど?」


「お願いします」


「…………わかったよ」


 飯を食べさせてもらう以上頼まれたら嫌とは言えない。

 ユーリカはそんな恩着せがましいことは思ってもいないだろうが、タダ飯にありつけるという状況が俺を気遅れさせる。

 作物が不作だった年なんかはそれはそれはひもじい生活を強いられているからかもしれない。


 椅子から立ち上がると、真っ直ぐリュンの部屋へと向かう。

 リュンの部屋は客間であるの俺の部屋の隣だった。


 数回ノックして声をかけてみるが、案の定返事はない。

 もはや気を使う気も起きなかったのでなんの躊躇いもなく扉を開いた。


 一言で言えば無趣味な部屋だった。

 内装は俺の部屋とまったく同じであくまでも客間といった感じ。本は多いような気がするが、その他にリュンの私物のようなものはほとんど見受けられない。リュンの部屋というよりも名前のとおりお客さん用の部屋のように見えた。


 ベッドに近づいて、こんもりと盛り上がっている布団を強引に剥ぐ。


「おい、いつまで寝て……」


 寝ているリュンの横顔を見て、俺は黙り込んでしまった。


 リュンは、涙をボロボロと流しながら肩を震わせ、何かに怯えるように体を丸くしていた。時折歯をカチカチと鳴らし、言葉にならない声をぽつぽつと漏らしている。

 起きているわけではないらしく、どうやら無意識での行動のようだった。


 ユーリカが使用人ではなく俺にリュンを起こさせた理由はこれだろう。


 朝のあの話を聞いていなければ少なからず動揺もしただろうが、今の俺は特段驚いてはいなかった。むしろ、まぁそうなるよなくらいの感覚。


 自分と同じ村の人間を数十人殺した奴の気持ちなんて俺にわかるわけもない。それに加えて、母親すらもその手にかけた奴の気持ちなんて想像すらできない。


 何も覚えていないとはいっても、その心の奥にはとんでもなく大きい罪悪感がひしめいているのだろう。だから魔法も使えない。


 天井を仰いで一息つく。


 なんというか、知れば知るほど重いなこいつ。

 いつもふざけた感じなのもそういう重い過去の裏返しなのかと思うと、多少なりとも生温い目で見てしまいそうになるが、おそらくユーリカはそれを望んではいないだろうし、そういう意図で話をしたわけでもないだろう。


 じゃあどういう意図でと言われると返答に困る部分ではあるが。

 村の一部しか知らない情報ということは一応秘匿されているのだろうし、他の村人がそれを知れば大騒ぎになるのは間違いない。

 なによりリュンがこの村にいること自体が不可能になるだろう。


 リュンに自信をつけるのに協力するとはいったが、そんな重大な話をぽっと出の俺に話すユーリカの意図は正直まったくわからなかった。


 考えてもしかたないものはどうしようもない。

 いずれにせよ俺のスタンスは変わらない。


 俺はリュンの顔を思い切り平手で叩いてやった。


「いったっ!?え!?何!?なんなんですか!?」


 飛び起きてわけがわからないという風に周囲を見回すリュン。そしてすぐそばに俺が立っているのに気づくと、顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。


 どうやらさっきまでのことは何一つ覚えていないらしい。いつもの鬱陶しいほどにうざったいリュンである。


「ど、どうしてマサヨシさんがあたしの部屋の中にいるんですか!?」


「お前がいつまで経っても起きてこないから起こしにきてやったんだろうが」


「そ、それにしたって年頃の乙女の寝室に土足で入り込むなんて信じられません!!」


「乙女……?」


「なんですかその疑問符は。乙女という言葉の意味がわからずに首を傾げてるのか、それともあたしが乙女を自称する痛々しい奴だとあぁもういいですその人を小馬鹿にしたような顔でわかってしまいましたから」


「めんどくさいなぁお前。これだから陰キャは」


「うっさいわぼけ!!さっさと出てけ!!」


 ぐいぐいと俺の体を押して部屋から追い出そうとするリュンに向けて声をかける。


「待てリュン。お前に大切な話があるんだ」


 真面目なトーンだったからか、雰囲気を察して足を止めるリュン。

 向かい合うと、その細い肩に両手を置いて瞳をまっすぐに見つめた。


「だ、大事な話ってなんですか?」


 人に見つめられることに慣れていないのか圧倒的なキョドりを見せるリュン。視線は定まらず、顔を右往左往させる。さす陰。


「言おうかどうか迷ったんだが、やっぱり伝えておいた方がいいと思ったんだ。俺の気持ちも軽くなるし、何よりお前のためでもある」


「それってもしかして……でもどうしてこんな朝早くに……」


「今じゃなきゃ駄目なんだよリュン。今、俺はお前に伝えたいんだ」


 俺の真剣さが伝わったのか、おずおずといった風に視線を合わせてくる。覚悟を決めたのか、小さくコクリとうなずいた。


 それを見て頷きを返すと、俺は神妙な声で思いを伝えた。


「お前の口の周りよだれでべっちゃべちゃになっててすっげぇ汚いからちゃんと洗ってこいよ?」


 背中に蹴りを入れられて部屋を追い出された。

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