第二十四話 魔女の掟

「今なんて?」


「普通に嫌なんだけど」


「それはまた、どうして……」


「そもそも俺は魔王と戦う気がない。だから、魔王と戦うための力なんて別にほしくない」


 今日のドラゴンとの戦いで痛感した。俺は根っからの農民であり、そして、農民でしかないことを。

 生き残れたのは全て野菜武器化の力のおかげだ。もしニンジーンを持っていなかったらどうなっていたかわからない。


 それに……。


「それに、今は騎士アーレン達が俺の代わりに勇者を名乗って方々を回ってる。パーティメンバーも攻守揃っていて文句のつけようはないし、これからレベルアップしていけばもしかすると魔王を倒すことだってできるかもしれない」


「それは無理です」


 ユーリカは断言した。


「そんなのわからないじゃないか」


「わかります。たとえどれだけ強いパーティだろうと、勇者様の力を抜きにして戦い抜けるほど魔王軍は……魔王は甘くありません」


 ユーリカは淡々と答えた。

 まるでそれを経験したことがあるとでも言うように。


「でも、俺の力は所詮『野菜武器化』だぞ。そもそも武器じゃないし、それがないと本当にただの農民でしかないんだ。そんなのに世界の命運を任せるよりかはいくらか現実的じゃないか」


 野菜武器がなければきっと俺はアーレンにすら勝てないだろう。性根がいくら腐っていてもアーレンはちゃんとした騎士だ。農民の俺とは比べるべくもない。


「俺は武器を振るうより桑や鎌を振ってる方が性に合ってる。作物を作ること、それが俺の生きがいで、一生をかけてやっていきたいことだ。だから、魔王とは戦わない」


「マサヨシさん……」


「……なるほど、そこまで仰るのであれば仕方がありません。出来ればこの手は使いたくなかったのですが」


「え?」


 リュンを一度見た後、再び俺に視線を戻すユーリカ。


「勇者様は、魔女はその長い一生において一本の杖しか扱うことができないという決まり事があるのはご存じですか?」


「あ、うん、まぁ……」


 どこで聞いたのかはもう覚えていないがそんな話があるのは確かに知っている。

 リュンに本当のことを白状させるために使ったのは記憶に新しい。


「では、なぜそのような堅苦しい決まりがあるのかは?」


「それは知らないけど……」


「では、お教えしましょう。それは、魔女は一途であれという掟があるからに他なりません」


「一途であれ?」


 どうにもピンとこない。


「生涯に一本の杖しか扱わないということは、一生に一人の男性と添い遂げるという誠実さのあらわれなのです。その誠実さを世界でただ一人の男性に捧げるということ。それはつまり、魔女にとっての婚姻をあらわしています」


 なんか雲行きが怪しくなってきましたねぇ。


「なるほどね。それで?」


「リュン。あなたの杖をお出しなさい」


 ユーリカがそう指示すると、リュンは黙って従う。

 リュンが取り出した杖の先には、相変わらず俺が放ったゴンボーウが深々と突き刺さっていた。


「これは、勇者様が突き刺したもので間違いありませんか?」


「まぁ……そうだけど……」


「宝玉は杖にとっての命。そして、杖を婚姻の証とする魔女にとって、杖の命である宝玉はある意味自らの一生を表すようなもの」


「…………」


「その一生を貫く。それがどう言った意味を持つのか、勇者様はおわかりになりますか?」


 いつの間にか冷や汗がたらりとこめかみから流れていった。

 もう嫌な予感しかしていない。


「なるほどね。わかったわかった。知りたくないのでもう結構です」


「それは、魔王と戦う決心をしたと受け取ってもよろしいですか?」


「………………それはちょっと、違うんじゃ、ない、かなぁ……」


「魔女にとっての一生を貫く。それはつまり、俺はこいつを嫁にもらうと宣言したということと同義です」


「…………ん?」


「勇者様はリュンの杖の宝玉を貫いたことで、自らリュンを嫁にもらうと公言したようなもの、ということですよ」


「ふぐっ……」


 リュンを見る。

 視線はあちこちを彷徨い、俺と目が合うとすぐに逸らした。顔はトマートのように真っ赤に染まっている。


「お前、知ってたのか?」


 こくんと小さく頷く。


「知ってて、宝玉を壊さないといけないような自爆魔法を後先考えずに撃ったってのか?」


 今度は頷きもしない。

 だが、それが答えであることはもはや言うまでもなかった。


 ため息をついて、小さく丸まっているリュンにゆっくりと手を差し伸べる。


「まったく、本当に仕方のないやつだな、お前は」


「マサヨシ、さん……?怒らないんですか……?」


「お前を一目見たときから、なんとなくこんなことになるんじゃないかって思ってたんだよ」


 ぼんっと火が出るほどに、リュンの顔が紅潮する。


「そ、それってもしかして、マサヨシさんはあたしのことを最初からす、すすす、す……!?」


 動揺してあわあわしているリュンの頬に手を添えた。


「ま、ままま、マサヨシさん!?」


「ずっと、ずっと思ってたんだ。出会った時から……いや、自爆して森を……カブの村を焼き払おうとしたあの時から、お前のこと……」


 そしてそのままリュンの首元に手をスライドさせ、


「殺しておけばよかった、って」


 ゆっくりと、締め上げた。

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