第2話 遅すぎた到着
「待っていたぞ、ウィルソン!」
パーカー街219番地を訪れた私を、上機嫌な様子で私の患者が出迎えた。
彼の名前はエルロック・ショルメ。ここイギリスで諮問探偵を開業しているフランス人だ。本人は憧れの名探偵に因んで〈ハーロック・ショームズ〉を名乗っているが、未だその名は誰にも知られていない。
私は彼の表情を見て警戒心を露わにした。ショルメが和やかな表情を浮かべている時は大抵ろくでもない事が待ち受けているのだ。
「これを見てくれたまえ」
ショルメが手紙を差し出して来る。差出人の名前は〈ジョルジュ・ドヴァンヌ〉、フランス人らしかった。そして宛名は──。
「おい、ハーロック」
「そう、君も気づいたようだな。ベーカー街の名探偵宛てさ」
ショルメが気持ち悪いほどニコニコとしながら返答する。
「誤配達ということか。確かに文字が滲んで住所は読み難いが──まあ、返送すればいいじゃないか。ベーカー街の架空の住所へと届く事は有り得ないし」
「そこだよ、ウィルソン!」
私の言葉に対して、珍しくショルメが声を高ぶらせながら力説した。
「依頼人は現状に困り果てベーカー街へと手紙を送ったのだ。それを突き返すなんてあんまりじゃないか。それにチラリと中身を拝見してみたが船のチケットが二枚同封されている。なあ君、このまま見て見ぬふりをするなんて酷い話だとは思わないかね?」
つまり一緒にフランスまで行ってくれということか。
私は大きく溜息を吐くと渋々ながら同意することに決めた。
「まあ良いだろうさ。旅行ついでに人助けが出来るのならばこんなに嬉しいことはない」
「だろう? きっと君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
ショルメは手紙の隙間から一枚のチケットを抜き出すと封書ごと私へと差し出した。
「すまないが、先に現地へ行ってくれないか? 儂は今週いっぱい、どうしてもイギリスから離れらなくてね」
私は頭の中でショルメの脳天をかち割る姿を想像して溜飲を下げた。
あらためて言っておこう。私は精神科医であり、探偵でもなければ探偵助手ですらない。そんな私が何故かニューヘブンの港からディエップへと向かう船に乗っている。ショルメから預かった手紙には『地下道の謎を解いていただきたい』としたためられている。我ながら正気の沙汰ではないと思う。それでも初めての国外渡航に胸が躍るのは抑えきれなかった。第一、謎を解く役割を担うべきはショルメなのだ。私は自身の役目を露払いだと割り切って、フランス旅行を楽しもうと心に決めた。
ディエップの港へと着くと、ショルメからの電報で訪問を知らされていたドヴァンヌ氏が迎えの車を寄越してくれていた。驚いた事に車はフランス産のルノーでもプジョーでもなく我がイギリスのロールス・ロイスであった。世界的名探偵に敬意を表して手配してくださったのだと思うと、私は広々とした車内でひたすら恐縮するしかなかった。
氏の居城であるティベルメニル城館へと到着すると、私は城内の大食堂へと案内された。そこには世界で最も有名な『名探偵の助手』を一目見ようと、近隣に住む有力者たちが集まって来ていた。
「ウィルソンさん、遠く遥々我が城へいらして下さいまして有難うございます!」
満面の笑みを浮かべながら仕立ての良い服を身に付けたフランス人が英語で話し掛けてきた。私でもこの人物が手紙を寄越した銀行家のドヴァンヌだろうと容易く想像できた。
「それにしても──シドニー・パジェットの挿絵とは随分印象が異なりますね」
城主は素晴らしい観察眼をお持ちのようだ。
「そうでしょうとも、ドヴァンヌさん。そう言われたのはあなたが初めてではないのですよ」
私は何となく気分を害した風に答えてみた。
「まるで似ていない──」
村の司祭らしき服装をした人物がシャーロック・ホームズの〈正典〉を広げながら私の顔と見比べている。
「仕方ないですよ。だってワトソンではなく、ウィルソンさんなのですから」
若い男の言葉に私はドキッとさせられた。しかしすぐにドヴァンヌがフォローする。
「それはそうでしょう、ヴェルモンさん。記録作家であるコナン・ドイルが探偵たちを本名で登場させて彼らの活動を阻害するような愚行を冒す訳がありませんよ」
「それもそうですね」
若者は愉快そうに笑った。その笑顔の何と魅力的な事か! もし私が若い婦人であったのならば、彼からの誘いを断る事は困難な試練となるに違いない。
後から紹介されたのだが、司祭の名前はジェリス神父、若者の名前はオラース・ヴェルモンと言った。ヴェルモンはフランスでは高名な海洋画家であるそうだ。
「まさかシャーロック・ホームズが実在しているとはな」
この場に招待されていた将校たちが口々に言い合っているのが耳へと入って来る。彼らはこの近隣で演習をしている連隊所属の軍人たちであった。
「では役者が揃ったところで、場所を移しましょうか」
ドヴァンヌの呼び掛けを受けて、皆はかつて衛兵の詰め所であった部屋へと移動した。そこは天井の高い広間で、かつての城主たちが数世紀に亘って集めて来た見事な品々が飾られている。窓ガラスはアーチ型のゴシック様式で、その隣りの壁際にはルネサンス様式の堂々たる書架が立っていた。書架の上部には浮き彫りの金文字で〈THIBERMESNIL〉と刻まれており、その下にはティベルメニル家の家訓である〈汝の欲することを為せ〉と書かれている。
「こちらを御覧下さい」
ドヴァンヌが書架の一角を示した。二冊の大型本の間に一冊分の隙間が空いている。
「ここには『ティベルメニル年代記』という十六世紀の本がありました。徒歩王ロロが封建時代の要塞跡にこの城を建てて以降の歴史が全て記されている書物です。それには城全体の俯瞰図、建物の見取り図、そして地下道の図面が残されておりました」
「お話の途中で失礼します。手紙では地下道の謎解きを御依頼いただいたかと思いますが、図面があるのならば一体何が謎なのでしょう?」
私は湧き上がった疑問を抑えきれずに言葉を発した。
「ああ、説明が不足していましたね。それらの図面はロロ大公が城を造った時の物なのです。以降、この城の継承者たちは様々な改築を加え、特に内装に関しては大幅に図面とは異なっております。そして何よりもこれが一番重要なのですが、地下道の図面は有るのにも関わらず、誰も入口と出口の場所を知らないのです!」
「ですから僕が言ったじゃないですか。城の外壁一周に穴を掘れば必ず地下道にぶつかると」
ドヴァンヌの力説をヴェルモンが茶化した。
「論外ですよ、ヴェルモンさん。この城と地下道は二人のフランス国王に纏わる伝承を持つ貴重な歴史的建造物ですから」
「それは興味深いお話ですね。是非お聞かせいただけますか?」
ヴェルモンの問いにはジュリス神父が答えた。
「伝承によると、アンリ四世がアルクの戦いを前にこの城へと宿泊しました。そこへ当時の領主であるエドガール公の手引きによってノルマンディーが誇る絶世の美女、ルイーズ・ド・タンカルヴィルが地下道を通って王と密会したのです。エドガール公はアンリ四世の為に地下道を封鎖し、その出入口を誰にも知られないように巧みにカモフラージュしたと言われています。それから二百年近い時を経てルイ十六世を告発した錠前職人のフランソワ・ガマンによって発覚した王の隠し戸棚からティベルメニルに関する紙片が発見されました。その紙片にはこんな詩が書かれていました〈斧は旋回す、震える空に。されど翼は開き、人は神の御許へ行く──ティベルメニル〉と」
「神父と私はこの謎を解くべく長年取り組んで参りましたが、すでに半ば諦め気味になっておりまして。次の世代へと語り継ごうかと思っていたのですが、早急に謎を解かなくてはならない事情が発生致しました」
「それで著名な探偵へと依頼されたのですね。その事情とは一体──」
私の質問にドヴァンヌが苦々しげに顔を歪めながら答えた。
「年代記が盗まれたのです! ある日忽然と消えて無くなりました! こんなことが出来る奴を私は一人しか知りません──アルセーヌ・ルパン! 稀代の怪盗を自称する悪党です。奴は地下道を利用してこの部屋を彩るオービュッソン産のタペストリーや名工グティエールの銘が入った枝付き燭台、フラゴナールの絵画やナティの肖像画、ウードンの胸像などを手に入れようとしているのです! 正当な対価を支払って入手したこれらの美術品を奴は無償で手に入れようとしている。画家としても許せない行為ですよね、ヴェルモンさん!」
ドヴァンヌはヴェルモンに対して怒りの同意を求めた。
「まあ、美術品はその本質を理解して下さる方の手許にあるのが一番ですから。当然それだけの価値を見い出して下さった方の処へ飾っていただきたいと願っていますよ」
「そうでしょう! あんな金目的の悪党に芸術的価値など解かるはずがありません!」
ドヴァンヌはヴェルモンの賛同を得たとばかりに力説する。
すると何故かヴェルモンが私の元へと近づいて来て耳打ちをした。
「先生、ちょっと一緒に散歩でも行きませんか?」
城主たちに断ってその場から退席すると、私はヴェルモンと連れ立って城の庭園へと出た。そのまま彼に先導されるかのように肩を並べて歩いて行く。
城館からある程度離れたところで、突然ヴェルモンが笑い始めた。
「ハハハッ! あそこまで解かっていながら地下道の入口が謎だなんて──信じられませんね、ウィルソンさん」
「その口振りだと、あなたはすでに謎を解いたということですか?」
私は驚きながら彼の顔を見つめた。
「ああ、そうか。あなたは年代記を読んでいないのでしたね。それではアンフェアだ。私はドヴァンヌさんの従兄弟であるエストヴァンから見せて貰いましたから。問題は入口ではなく出口なんです。もし本当にドヴァンヌさんが仰る通りルパンが外から侵入するとしたら、抑えるべきは城の内部にある入口ではなく搬出口となる出口ですから。地下道は長さ二百メートル、この広大な土地から隠された入場口を発見するのは至難の業だ」
「しかし、城にある入口が判っているのならば、突き当たりまで歩いてみれば出口に辿り着くのでは?」
「どうでしょう? アンリ四世の時代はそれで良かったかも知れませんが、後の世で国王御用達の錠前屋が関わっているのです。すんなり出してくれるとは思えませんね。おそらく無駄骨に終わるでしょう。それに先程は冗談で穴を掘ってみれば良いと言いましたが、年代記によると地下道は深さ十メートルの処に掘られています。仮にろくでもない仕掛けでも用意されていて閉じ込められでもしたら餓死する以外に選択肢がありませんよ」
「出口かぁ──」
私がティベルメニルで得た知識などささやかな物だ。検討する価値さえないと思っていたが、不意に一つの疑問が沸いた。
「そう言えば、書架に刻まれていた言葉。フランスでは何処の家にもあのような家訓があるものなのですか?」
私の素朴な疑問にもヴェルモンは嫌がる素振りすら見せず、真摯に答えてくれた。
「ええ。一端の権力者や豊かな財産を持つ有力者は大概あんな感じの意味ありげな家訓を掲げていますね。まあ、本来の意味など解かってもいないのでしょうが。〈汝の欲することを為せ〉とはフランソワ・ラブレーが著書『ガルガンチュワとパンタグリュエル』で描いた架空の僧院が掲げていた、たった一つの規則でして──待てよ〈人は神の御許へ行く〉ということは──テレームか! さすがです、ウィルソンさん! これで全ての謎が解けましたよ!」
喜びを露わにするヴェルモンが私の手を取って上下に振った。全く事情を理解できない私は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたに違いない。ヴェルモンは落ち着きを取り戻すと、私に向かって爽やかな表情を浮かべながら呼び掛けた。
「さあ、ウィルソン! 僕たちでティベルメニルの謎を暴こうじゃないか!」
ヴェルモンに連れて来られたのは城から遠くない廃墟となっている礼拝堂であった。
「もうすでに名前の失われた建物となっていますが、年代記にはその名が記してあったのです。〈THELERME〉と。建物の名前なので全く気にもしていなかったのですが、ラブレーが記した僧院の名前はフランス語に由来する〈THELEME〉です。ではなぜスペルが異なっているのか? この廃墟の何処かに礼拝堂の名前が浮き彫りで刻まれているはずです。それを見つけ出せば全てが明かされることでしょう」
彼の言う〈THELERME〉の文字を探して私たちは廃墟のあらゆる場所へと目を配った。崩れ落ちた壁や尖塔の残骸、草に埋もれた名も知れぬ者の墓標──そんな捜索の末、遂に私は地面に倒れ埋もれている墓石に件の文字が刻まれているのを発見した。
「凄いなぁ、ウィルソンさん! さすがは名探偵の助手ですね!」
ヴェルモンに持ち上げられて、正直私は有頂天であった。
「では見ていてくださいね」
ヴェルモンは墓石へと向き合うと、浮き彫りされた文字へと手をあてがう。
「Hは旋回し──」
頭から二文字目のHに手を掛けたヴェルモンがダイヤルを回すかのように文字を左右へ動かすと、Hは右へ四分の一、回転して止まった。
「Rは震え──」
続いて六文字目のRを右に一周、左へ一周と回転させる。すると何処かでカチッと何かが外れる音がした。
「Lは開く──」
ヴェルモンはいささか勿体ぶった手付きでLの文字を掴み、引っ張った。
すると墓石だと思われていた石の扉が開かれ、地下への入り口が出現した!
「凄いじゃないですか、ヴェルモン! あなたこそシャーロック・ホームズのようだ!」
私が素直に讃嘆すると、ヴェルモンは照れたように頭を掻いた。
「いえいえ、僕一人の手柄ではないですよ。やっぱりワトソン役のあなたが居てくれて初めてホームズはその真価を発揮できるのです」
ヴェルモンのその言葉は私の胸に深い感銘を与えた。何処かの〈自称名探偵〉とは雲泥の差だとここに明言しておこう。
「では行きますか!」
ヴェルモンが地下への階段に足を掛けながら呼び掛けて来た。
「えっ! ここから城へ戻るのですか? 明かりも何もない真っ暗闇でしょう!」
動揺を示す私をヴェルモンが笑い飛ばした。
「大丈夫です、僕の頭の中には地下道の地図が完璧に記憶されています。目を瞑っていても辿り着けますよ。ティベルメニル城に集まった人たちを驚かせてあげましょうよ!」
この自信に満ち溢れた彼の顔を見て、断ることができる男は臆病者だと蔑まされてしかるべきであろう。私は不安を抑え込み、彼の後へと続いた。
十二段からなる階段を四つ降りると長い通路へと降り立った。光り無き隧道の石壁には水滴が染み出て地面も湿っており滑り易くなっていた。距離にして二百メートルとは聞いていたが、足元に気を遣いながら一寸の光も刺さない闇の中を手探りで進む内に時間の感覚さえ失くなっていった。
「おかしいな──確かこの辺だったんだが」
目の前を歩くヴェルモンは立ち止まると、壁際を手で探った。
「どうしたのです? まだ道は先へと続いているのではありませんか」
私は前方へと目をやるが、暗闇に慣れた目でも道の先を見通すことは出来ない。
「あっ、いえ。そちらではないのです。この辺りに隠し扉があって──あっ、これだ! 思ったよりも固いな。ウィルソンさん、申し訳ありませんが一緒にこの扉へ体当たりしていただけますか?」
私は躊躇した。国外の富裕層に属する人物を訪問するにあたって、私は一張羅を着用している。正直、服を汚したくはない。しかしそんな小さな事を気にするような男だとヴェルモンから見られたくはなかった。
「ではいいですか? 一、二、三! でぶつかって下さいね──行きますよ! 一、二、三!」
二人が壁へと体をぶつける──いや、私の目にはヴェルモンは直前で踏み止まったように見えた。そして壁は回転扉のように一回転し、気がつくと私は独り真っ暗闇の中へと取り残されていた。
「ヴェルモン!」
わたしは声の限りに叫んだ。
すると壁の向こう側からくぐもった声音で返事が聴こえて来る。
「ああ! ウィルソンさん。御無事で何よりです。私の仕事は今夜には終わりますから、それまでお体に気を付けて。まあ、あれだけの情報があればショームズさんにも地下道の謎は解けるでしょうが、一応もっと解かり易いヒントも用意しておきますので、彼に助けて貰って下さい。今夜は少々お騒がせするとは思いますが、明日以降はあなたの声もこの地下通路へ響くと思いますよ。それまで体力を浪費しないように注意して下さい。万が一の為にあなたのポケットへチーズも入れておきましたから、餓死しないで下さいね。それでは、僕は色々と準備があるのでそろそろ失礼いたします。城館の皆さんには、ウィルソン先生は急病人が発生して帰られたと伝えておきますよ。彼らは先生が精神科医であることすら知らないのですからね。やはり餅は餅屋に任せるべきですよ。身の程を知るとはそういう事でしょう? アデュー、ドクター・ウィルソン!」
足音と共に人の気配が消えると、地下通路は完全なる沈黙に満たされた。
私は四方の壁を探ったり、壁への体当たりを試みたが無駄に体力を消費したに過ぎなかった。仕方なく私は一張羅を汚すことも臆さずに地べたへと腰を下ろして救いの手を待ち続けた──。
「やあ、ウィルソン。こんな処で何をしているのだね?」
突然私の視界を切り裂いた眩しいカンテラの光と共に、ショルメが皮肉な笑みを浮かべながら立っていた。それでもその時の私には、彼が神か天使のように思えたのであった。
同行していた警官に支えられ、私はティベルメニル城館へと運び込まれると、暖炉で体を温めながら、温かいスープを口にする幸せを得ることが出来た。段々と思考回路が回復して行くに連れて、広間の様子が先日と変化が無いのに疑問を覚えた。
「ルパンは? ルパンは来なかったのかい!」
私の質問に対してショルメは自慢げに背中を張りながら答えた。
「来たさ、勿論。鮮やかな手並みで運び出せる限りの貴重品を持ち去ったよ」
「では一体──」
ショルメは私の疑問を遮ると話を続けた。
「そしてその翌日には元の場所へと返したのだ。この儂の意図した通りにな」
「どういうことだい?」
困惑を隠せないまま、私は問いかけた。
「つまりこういうことだよ。ディエップから手紙が届いたのを知って、儂は最近のフランスの新聞記事を調べてみたのだ。するとティベルメニル城で『年代記』が紛失した事件を知った。更に調べて見ると三ヶ月前にル・アーヴルでルパンが目撃されている。この二つを結びつけない理由はあるまい? そこで儂はルパンの伝記作家であるモーリス・ルブランがジュ・セ・トゥへと発表したルパンの冒険譚を読み込んだのだ。そして奴の弱点を見つけたのだよ! アメリカ人富豪令嬢であるミス・ネリー・アンダーダウン、彼女こそルパンのアキレス腱であると見抜いた儂は、ミス・ネリーの母方の友人であるアンドロル夫妻へと頼み込んで、彼女をティベルメニル城館へと招待してもらったのだ。後は推して知るべきさ。彼女と遭遇したルパンは相当動揺しただろうな! ルパンは彼女に自身の誠実さを示す為に盗んだ物を全て元へと戻したって訳だ。まあ動揺が激しすぎて、一緒に冒険した仲間であるウィルソン先生の存在を忘れてしまった事くらい勘弁して上げてくれたまえよ」
「いや、ルパンは君が救いに来ると言っていたがね」
「儂が?──君には言っていなかったが、実は週末にドルリー・レーン劇場で行われる公演の希少なチケットを手に入れていてね。どうしてもロンドンから離れられなかったのだよ。参ったな、ルパンが君を放置する様な薄情な奴だとは思ってもいなかったよ」
ショルメは悪気が無さそうに頬を掻いた。
「──エルロック・ショルメ」
私は低く怒りを抑えた声で奴の本名を呼んだ。
「おい、その名前で呼ぶなといつも言っているだろう?」
本当に反省という言葉を知らない奴だ。
「このろくでなし!」
つづく
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