「雨、降るね」
ひとしきり村の中を歩いた後、俺はディーに連れられて一軒の店の前に来ていた。
「ここがミリィの店だ。自宅も兼ねてる」
「へー」
緑のの薬屋は、俺が想像していた以上にしっかりと「店」だった。
細々と薬を売って暮らしてる、とか言っていたから露店くらいの感じでやっているのかと思ったのだが、目の前にあるのは普通に商店街とかに建っていそうな店だ。
やや年季の入った木造の平屋なので観光地の土産物屋っぽくもあるが、緑のくらいの年ごろ(見た目)の少女が持つには十分すぎる規模の店舗だろう。
「後は店の中でも見て適当に時間潰してりゃいーだろ」
ぶっきらぼうにそう言って、ディーが身をひるがえす。
「あれ、ディーは寄ってかないの?」
「オレは畑の手伝いがあるから帰る。帰る、けど、お前………………分かってんだろうな」
「うん分かってる分かってる。そんな睨むなってば」
緑のやララ親子に妙なことしたらただじゃおかないぞと言いたいんだろう。
でも本気で警戒してるなら俺だけ残して帰ったりしないはずだから、“ミリィの幼馴染”という肩書きは、一応それなりに信用されているらしい。
まぁ、だからこその警戒を買っている部分もあるけど、想い人の幼馴染(親しげ)は恋する少年的には脅威だろうから仕方ない。
時折 振り返って俺を睨みつけつつ去っていくディーに、苦笑しながら手を振って見送る。
その背が完全に見えなくなったところで、改めて店に向き直った。
様々な種類の花が咲いている植木鉢やら、カラフルに塗られた看板やら、好きなものを思うままに配置した結果なのか、若干とっちらかった飾り付けが何とも緑のらしい。
『お昼ごはん作りのため休業中!』と書かれた紙の貼ってある扉を開けて店内に入ると、そこには色んな植物の匂いが混ざり合った、独特の空気が広がっていた。
棚にはいくつもの瓶が並び、店の中央に置かれた机の上には、中が細かく仕切りで分けられた木箱にそれぞれ種類の違う薬草や木の実が入っている。
手作りの布小物とか、木で作ったおもちゃとか、薬とまるで関係ないものも ちらほらとあった。趣味で作ったやつをついでに置いてるんだろうが……土産物屋っぽさに拍車をかけてどうする。いや、店主である緑のがいいなら別にいいんだろうけど。
そうしてしばらく店内を見まわっていると、奥から軽快な足音が聞こえてきた。
カウンターの向こうにある扉が開いて、緑のが顔を出す。
「おっかえりー!! にいっ、」
そこでぴたりと動きを止めた緑のは、やがて片手で静かに自らの顔を押さえ、もう片手の指をひとつ俺に向けて立てて見せた。ああ、うん、ワンモア?
緑のが一度扉の向こうに消える。
三秒ほど待つ。扉が開いた。
「いらっしゃい! シン!」
「……お邪魔します、ミリィ」
昼食作りに夢中になった勢いで全ての設定を忘却していつもどおりに出迎えちゃったんだろうなぁと察したが、俺には先ほどのNGテイクをそっと自分の記憶から消してやることしか出来なかった。
店の奥にある住居部分。
そこではさっき別れたララ親子が手際良く食卓の準備を進めていた。そう、ララ親子だ。ララだけじゃなくマルルも慣れた様子で、あまり重くない食器などを運んで手伝っている。
「じゃあディー帰っちゃったの?」
「畑の手伝いがあるからって言ってたけど」
「そっかー。じゃあ一緒にご飯はまた今度だね」
また今度誘ってくれるらしいぞ、と内心でディーに語り掛けつつ、俺も出来上がった料理を机に運ぶのを手伝った。
そして昼食の用意が整った机を四人で囲む。
俺と緑のが並んで座り、その正面にララとマルルが座った。マルルの椅子はクッションで高さが調整してある。
料理には、緑のが言っていたとおりこの村の新鮮な野菜がたくさん使われていた。色とりどりで見た目にもきれいだし、もちろん味も美味しい。
途中で緑のが二回くらい「兄ちゃん」って言いかけたのをごまかしたり、苦みの強い野菜があまり好きではないマルルがそれをこっそり俺の皿に避けて、緑のや赤のもこんなときあったなぁと懐かしい気分になりつつ代わりに食べてあげてたら、ララにばれてマルルともども怒られたり(結構怖かった)、そんなこんなあったが楽しく昼食を終え、今はゆっくりと食後の薬草茶を飲んでいた。
「このあとね、おともだちとあそぶの。お花ばたけ行こうって、やくそく!」
「あら、そうなの。あそこは森に近いから気を付けてね」
「あーい」
上機嫌に足をぱたぱたさせているマルルを見ていたら ふと思い出して、俺は足元に置いておいた荷物袋から、砂糖菓子の袋をひとつ取り出した。
「これ良かったらどうぞー。っていうか俺もまだ食べてないし、みんなで食べよう」
緑のから皿をもらって中身をそこにあけると、小さめのビー玉みたいな砂糖菓子がざらざらと出てきた。
ひとつひとつに花や鳥などが緻密に描かれていて、中々きれいだ。マルルが目を輝かせている。
「あら……あらあら! これ王室御用達のお店のお菓子じゃない? いいの? こんなに高級なものを」
「大丈夫大丈夫、貰い物ですから」
そんなに良いおやつだとは知らなかったけど、マルルにこれだけ喜ばれているならお菓子冥利にも尽きるだろう。
これは確か白ののお土産みたいだったなぁ。
みんなお土産は自分が人間として稼いだお金の中から無理のないものを買ってきているようなのだが、そんな菓子をホイと持ってくるということは、白のは高給取りなのかもしれない。上に行くと面倒が多いからといつも出世を避けるのにめずらしいことだ。
いったい何の仕事をしてるのやらと考えて、そういえば緑のもよくこんなに早く立派な店を持てたものだと思った。
気になって尋ねると、ここは元々、村に唯一の雑貨屋だったのだという。だがだいぶ前に店主が亡くなってから、新たに住む人もなくずっと空き家だったらしい。
「で、あたしがお店やりたいからって頼んで借りたの」
「へぇ」
「ミリィの薬はよく効くから助かってるわぁ。小さな村だから、お医者さんがいないのよ」
前はたまに来る行商の人から薬を買うか、かなり離れた街の医者にかからなければいけなかったそうだ。今は隣村からも緑のの薬を買いにくる人がいるんだとか。
「そういえばシン君も薬師さんなのよね。昔のミリィみたいに、旅をしながら薬屋さんをしてるの?」
「いや、俺はちょっと弟妹に会い……たくて……探してるんです」
弟妹達に会いに行く途中ですとうっかり普通に説明しそうになって、途中で無理やり流れを変えた。
だって緑のの設定では「故郷の村と親兄弟をなくして」とか言ってたのに、同じ村にいたはずの幼馴染の弟妹が、普通に健在してたらなんか……あれだろう。
一緒に逃げ延びたということにすればいいのかもしれないが、そうしたらそうしたでなぜ今一緒じゃないのかとか、また別の説明をしなきゃいけなくなりそうなのが怖い。「生き別れた弟妹を探してる」くらいが限界だ。俺のアドリブ力的な意味で。
「……ご両親は?」
「……いない、ですね」
神竜なので。
親身に話を聞いてくれているララから、俺はなんとも言えない気持ちで目をそらした。
弟妹に会いたくて今探してるのも人間的な意味での両親がいないのも全くの大嘘というわけではないのに、肝心なところを伏せるだけで何だろうか、この申し訳なさ。
大変だったのね、と気遣わしげに目を伏せたララが、優しく俺の手を取った。
「シン君、いつでもこの村に訪ねてきてくれていいんだからね」
「……はい、ありがとうございます」
何かすみません。
真剣なララ、お菓子に夢中のマルル、苦笑をこらえた妙な顔の妹に囲まれて、俺はちょっと遠い目で頭を下げた。
*
「おつかれー兄ちゃん」
「……期末テストと同じくらい精神力を使った気がする」
「え、なにそれ」
机に突っ伏して脱力する俺に、緑のが果物の乗った皿を差し出してくる。
少し前にララ親子が帰り、今この家にいるのは俺達だけなので呼び方はすっかり普段通りだ。
「にしても新しい竜か~。弟かな? 妹かな?」
「それは受け取ってみるまで俺にも分かんないからなぁ」
つい先ほど、俺がここに来た理由を聞いた緑のは嬉しそうな顔で新たな弟妹へと思いをはせている。
村での生活もあるだろうし生まれたらそのうち顔を見に来ればいい、と言ったのだが、緑のは「絶対手伝いに行くからね」と はりきった様子で拳を握っていた。
「あっ。そういえば兄ちゃん、ベッドひとつしかないんだけどどうする?」
「んー? 床とかでいいよ」
「一緒に寝る?」
「緑のがいいならいいけど」
「いいよ!」
「やめなさい」
俺は今日、緑のの勧めでここに泊まることになった。
まぁ次の満月までに弟妹たち全員に話を伝えれば月のには怒られないだろうし、道中は飛んでいくから移動時間もさしてかからないので、一日二日滞在したところで問題はない。
でも幼馴染(設定)とはいえ年頃の男女(に見える)二人が一つ屋根の下というのはどうだろうかと思ったのだが、泊まりの話を聞いていたララは緑のが「たくさん話したいことがあるから!」と言うと、どことなくしんみりした様子で頷いて、俺達を残しマルルと一緒に帰って行った。何かすみません。
久しぶりに一緒に寝ようよとごねる緑のに、俺がベッドの隣の床で寝ることで妥協してもらったところで、ふと、ふたり揃って顔を窓のほうへ向けた。
硝子の向こうには、雲一つない青空が広がっている。
緑のが遠くを見るように目を細めた。
「雨、降るね」
「そうだな……ほかの村人は川向こうにいるんだろ、大丈夫?」
「うん、一応、そういうときは隣村のほうで泊めてもらうみたい」
「そっか。じゃあ平気かな」
「この村の人には、もうちょっと雲が出て分かりやすくなってから、鉢しまったり洗濯物込んだりしたほうがいいよって言いに行ってくる」
「ん」
そう言って、緑のは今のうちに自分の店の前にある鉢や看板をしまっておくことにしたのか、とたとたと店先のほうに走っていく。
その背中が扉の奥に消えるのを眺めてから、俺はまた窓に視線を移して、荒れそうだなぁとひとつ息をついた。
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