第17話 群雄

 あれから数日後。日を改めて開いた会議の場で、私はフィンクールに宿主を変えるつもりはないことを改めて伝えた。彼は渋々ながらも了承し、外来種との戦いにおいてエルフも協力することを約束してくれた。

 後にファーラから聞いたことだが、今回のエルフ達の訪問は元々それが目的だったらしい。宿主云々はフィンクールの独断であったとか。

「里長にはこのことは包み隠さず話します。どうなるか今から楽しみですよー」

 ファーラは楽しそうに言っていた。なかなか意地が悪いことである。

 フィンクールやファーラ達エルフは里への報告のため一旦帰っていった。見送りに出た私達にファーラが手を振って応える。ワタルは彼女達が見えなくなるまでそこにいることを望んだ。




 あれからワタルに変化があった。落ち込むことは少なくなり、ハンターになるための訓練により積極的に励むようになったのだ。

 ギルドではマハトマに師事して対界魔法の訓練に励んだ。元々センスがあり、初歩的な結界魔法なら既に扱えるほどだ。

「ラグーン様、それにワタルも聞いてくれますかな」

 今日の訓練が終わる頃に、マハトマはそう切り出した。

「私は警備隊長への就任要請を受けることに決めましたわい」

「そうか。私もマハトマ以外に適任はいないと思っていた。現場のオスカー達も喜ぶだろう」

「マハトマさんなら大丈夫ですよ!」

「ラグーン様、ありがたいお言葉です。ワタルもありがとう」

 マハトマは深々と頭を下げた後、視線を泳がせた。まだ迷いがあるようだ。

「……本来ならダンカン殿を失った責任をとってこの町を出ていくべきだとはわかっておるのです。しかし周りの者達はこんな私を隊長に推してくださる。ならば、その信頼に応えることもまた、責任のとり方ではないか。最近ようやくそう思えるようになりました」

 マハトマはダンカンをよほど慕っていたのだろう。彼を守りきれなかった後ろめたさを拭いきれていない。それでもーー

「私もお前の気持ちは少なからず理解できる。大丈夫だ。お前は間違っていない。ダンカンがここにいれば、やはり同じことを言うと思う。お前以外に隊長を継げる者はいない」

ーー少しだけ背中を押してやれば、この男は大丈夫だろう。




 後日、正式に警備隊長に就任したマハトマからの使いが家にやってきた。

「ごくろーさまです」

「ありがとう」

 私とワタルにそれぞれ礼を言われた隊員の若い男は恐縮しながらも笑った。

「どうだ。マハトマ隊長の様子は」

「張り切っておられますよ。副隊長だった頃は自信無さげで頼りないところがありましたが、隊長になられてからは頼りがいが出てきました。元々警備隊勤めが長い方ですから現場をよくご存知で、我々も信頼しております」

「そうか。それは良かった」

 吹っ切れたようだな。

「本日はラグーン様にこれを」

 隊員が差し出した手紙をワタルが受け取った。ワタルは文面を見て首を傾げる。

「どうしたワタル。何と書いてあるのだ?」

「……ごめん、変な字ばかりで読めない」

「ははは、ワタル君には難しい字が多かったかな。ラグーン様、私が読んでもよろしいですか?」

「ああ、頼む」

 私も人間の文字は読めない。ワタルには読み書きの勉強も頑張ってもらおう。

 隊員によると手紙はマハトマからのもので、先日の会議で言っていた他国への支援要請を出した結果、どの国も快諾してくれたそうだ。

 各国とも支援物資とともに精鋭をクラウスへ派遣してくれるそうで、近日中に再び会議を開きクラウスの防衛体制について話し合いたいらしい。

「なるほど。各国というが、どんな国があるのだ?」

 隊員に尋ねた。今の国際事情に私は疎い。

「そうですね。このクラウスに出資している国であればーー」




 最大の領土と軍事力を誇るエウペラ帝国。その玉座。

「帝国軍第九師団長コバック将軍」

「は!」

 名を呼ばれた小太りの男が前へ出て、玉座にある老人の前で頭を垂れた。

「クラウスのことは知っているな?」

「もちろんでございます。嘘か真か、竜を奉じていると吹聴しているとか」

「そうだ。卿とその直属部隊に命じる。自治都市クラウスへ赴き、竜の噂の真偽を確かめつつ、ここを防衛せよ」

「主命、謹んでお受けいたします。陛下と帝国の威光をかの都市と各国の代表に知らしめましょう」

 そう応じた将軍。その俯いた顔は、口元を吊り上げて笑っていた。




 領土は狭いが屈強な騎士団を擁する騎士の国カーナ王国。騎士団長にして国王の執務室。

「騎士団序列三位、騎士フリードよ」

「はい」

 国王たる若き青年が名を呼ぶと、彼の眼前に立つ鎧姿の偉丈夫が応じた。

「君には例のクラウスへ行ってもらいたい」

「クラウス……あの自治都市ですか」

「そうだ。何でも竜がいるという噂もあるけれど、どうかな」

「王命とあれば、どこへでも参りましょう」

「ありがとう。それと君の序列だが、一時的にとはいえ国を離れるから規定により空位となる」

「構いません」

「そうか。……すまないね」

 命じた王が表情を曇らせる。対照的に鎧の騎士は何事も無いように表情を変えず淡々としていた。




 不死の魔導王が治める魔導王国スタード。その王城のテラスにて。

 屈強な体をした長髪の青年が眼下の街を眺めながらグラスで酒を飲んでいる。そこへ長身の男が少女に手を引かれながらやってきた。

「王よ、お待たせしました」

「おせーよ」

 長髪の青年は振り返り、笑いかけた。

「どうだスカル。お前も一杯やるか?」

「お戯れを。私は下戸ですよ」

「かまわねぇさ。酔っ払っちまえば下戸もザルも変わりゃしねぇ。むしろ量が少なくて済む分効率的だぜ」

「効率と言うならば、王のお戯れこそ非効率ですよ」

「ちっ、言いやがる。まぁいい。お前達に命令だ。クラウスへ行ってそこの連中を助けてこい」

「……私達が、ですか?」

「ああ。なにせ伝説の竜と一緒になって未知の敵を相手にするかもしれねぇんだ。そこいらの半端者には任せられねぇよ」

「わかりました。刻印に制限は?」

「いらねぇよ。バレたところで真似できる奴はいねぇ。ただ一つ。お前は死んでもいいがエーファだけは守りぬけ」

「わかっていますよ」

 長身の男が微笑む。その傍らに立つ少女は顔を赤くして俯いていた。




 ギルド発祥の国ゴルド共和国。そこにあるギルド本部。

 ドアをノックしてから三人の男女が部屋に入ってきた。

「三人とも、急に呼び出してすみませんね」

 メガネをかけた男が机の上に積み上げられた書類の間から顔を出した。

 それを見た三人の男女の内、無精髭の姿勢が悪い男がため息をついた。

「別にいいですよ。あんた程忙しくはないんで」

「ギルドマスター。今日はどんな用件で私達を呼んだのでしょうか?」

 露出が多いドレスのような衣装に身を包み、長い髪を後ろで束ねた妙齢の女性が尋ねた。

「ヴォーラックさん、エレオノーラさん、それにカモスンさん。貴方達にはクラウスへ行っていただきます」

「クラウス……あの自治都市に?」

「少し前に竜が発見されたと話題になった町ですよね」

「それはいいとして、なんでオレが?」

 心底驚いた顔になっている無精髭の男を見て、メガネの男が苦笑いする。

「何を言っているんですか。ヴォーラックさんは魔物退治のエキスパートなんですから何も不思議なことではないでしょう」

「では私はなぜですか? 私の魔法は魔物を相手にするには不向きだと思いますけど」

「相手が魔物だけなら、そうですね」

 メガネの男はニッコリ笑った。

「クラウスにはここゴルド共和国以外にも多くの国からそれなりの実力者、あるいは要職にある者が集まるでしょう。ここまで言えば、エレオノーラさんならわかりますよね?」

「……他国の情報を集めろと?」

 メガネの男は満足そうに頷いた。

「あのー」

 おずおずと手を挙げたのは頭から伸びる長い耳が特徴の種族ラビの男だ。

「オイラまでどうしてクラウスへ? オイラはただの道具屋ですよ」

「だからですよ。カモスンさんはこのナーガ連邦でも指折りの商人でもある。その力を見込んで、クラウスのハンター達に必要な道具を揃える役目をお願いしたいのです」

「うふふ、確かに。ヴォーラックなんか道具が無ければただのむさ苦しいおっさんだものね」

「うるせぇよ好色女」

「なんですって?」

「なんだよ」

 悪態をつき合う二人をよそに、ラビの男は難色を示した。

「急にそんなこと言われてもなー。クラウスには行ったこともないし」

「むしろ新しい市場を開拓するチャンスじゃないですか。これは私の勘ですが、クラウスの市場規模はこれから大きくなると思いますよ」

「まぁ、そこまで言うなら。だけど赤字になりそうだったら撤退しますからね」

「それで結構ですよ。では三人とも、よろしくお願いします」

 メガネの男の人懐こい笑顔の裏に怪しい笑みが隠れていることに、三人の誰も気づいていなかった。




 争いが絶えない国ナーガ連邦。通称傭兵の国。その首都のどこかにて。

 アパートの一室。その入口ドアに一通の手紙が挟まれた。部屋の主はそれを抜き取り、裏返す。封には大統領の印がある。

「……偽造ではない。本物のようだな」

 そう口に出したのは部屋の主だ。全身黒ずくめの鎧を身にまとい、顔にも仮面付の兜をつけた黒い戦士。

「大統領からの依頼か」

 次はどこで戦うのだろう。それを予想しながら封を切る。

「……自治都市クラウス。そこへナーガ連邦の代表として向かえ。伝説の竜がいればそれに、いなければ現地の代表の指揮下に入り戦え。報酬は定期的に届けさせるが、これからの交渉次第では現地から直接払われることになるかもしれない」

 黒い戦士は深く息を吐いた。

「遠くかもしれないと思っていたが、まさか国外とはな。しかも竜ときたか」

 面白くない冗談だと思ったが、すぐにあの小賢しい大統領がこんな冗談を言うはずがないと思い直した。

「竜はともかく仕事は仕事だ。とりあえず向かうか」

 この部屋も引き払わねばならない。黒い戦士は身支度を始めた。




 クラウスから遠く離れた森。ここにエルフの里がある。

 森の出口へ向かって進むのは二人のエルフ。フィンクールとファーラの兄妹だ。

「兄さん、ずっと不機嫌ね。そんなしかめっ面じゃ、またクラウスで揉め事起こしちゃうんじゃない?」

「よくもぬけぬけと。お前のせいだろう。里長にいらぬことまで報告しおって」

「だって私はそのためのお目付役だしー。でも兄さんの不機嫌はもっと前、最初にクラウスへ行った時からじゃないの」

「ふん」

「そんなにあのガイウスって人にやり込められたのが効いたの?」

「バカを言うな。そんなはずがなかろう」

「本当かなー?」

「私はただ、伝説の竜は意外と話がわからない御方だと残念に思っただけだ」

「そうかしら。ラグーン様はわりとフランクで話しやすいよ」

「そういうことを言っているのではない」

 フィンクールはふと立ち止まり、風の精霊の声に耳を傾けた。

「兄さん?」

 ファーラも立ち止まり、兄に振り返る。

 フィンクールは精霊の声を聞き終わるとーー

「全滅もさせていないのに次の戦いの話とは、詰めが甘いにも程があろうよ」

ーー吐き捨てるように呟いた。

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