第16話 決意

 ワタルが胸に手を当てて目を瞑り、何か考えている。私の言葉は届いただろうか。内にある彼らの想いを、力を感じてくれただろうか。

 ワタルの穏やかな表情から、心配いらないと確信する。この子はきっと大丈夫だ。

「やっと見つけたっ」

「え?」

「む」

 声の主はエルフの少女だった。彼女は確かフィンクールの後ろに立っていた者だ。

「ラグーン様、探しましたよー。あと君もねっ」

 駆け寄ってきたエルフはワタルにもそう言って目配せした。気のせいかワタルの鼓動が早くなったように思う。

「えっと」

「私達を迎えに来てくれたのか?」

「はい。ファーラと申します。フィンクールの無礼をお許しください。君も、ごめんなさいね」

「い、いえっ。ファーラさん、ボク気にしてません、のでっ」

 ワタルが緊張しているのが見て取れる。エルフと接するのは初めてだからだろう。

 ファーラと名乗ったエルフは私だけでなくワタルにも気を遣ってくれている。フィンクールとは違うようだ。

「私も気にしていないから大丈夫だ。わざわざありがとう」

「そう言っていただけると助かります。では戻りましょう」

「いや……」

 戻るべきなのだろうが、ワタルとフィンクールを再び会わせるのはまずい気がする。

「せっかく迎えに来てくれたのにすまないが、我々は戻らない。みんなには続きは日を改めてと伝えてもらえるか?」

「そうですよねー。うん、そうだと思いましたっ」

 ファーラは予想どおりとでも言うように笑顔で何度も頷いた。

「意外だな。正直、困らせてしまうと思っていた」

「いえいえー。実はあれから会議はメチャクチャになっちゃったんですよ。私はワタル君が心配だったので、探さなきゃと思って途中で抜けてきたんです」

 メチャクチャとは。あれからどうなったのか聞きたいところではある。

「ボクのせいで、ごめんなさい」

「ワタル、お前のせいでは」

「そうよワタル君。悪いのはみーんな兄さんだから、ワタル君は謝らなくていいのっ」

 兄さんか。会議中もそう呼んでいたな。

「ファーラ。君はフィンクールの」

「フィンクールは私の兄です。頭の固い兄を持つと妹は苦労するんですよー」

 確かに苦労していそうだ。同じエルフで兄妹でも考え方は随分と違うようだし。

「ラグーン様、ワタル君。そういうわけだから会議に戻る必要はありません。お家へ戻るなら送りますよ」

 そうだな。道すがら会議の顛末でも聞きながらーー

「ファーラさん。ボク、行きたいところがあるんですけど、連れて行ってもらえませんか?」

ーーその前に立ち寄るところができたようだ。

「町の外で、大人と一緒じゃないと行っちゃいけないって言われてて。でもボク、どうしても行きたくて」

 ファーラは一瞬困った顔をしたが、すぐに笑顔になって快く頷いてくれた。

「よし、お姉さんに任せなさい! で、どこに連れていけばいいのかな?」

 おそらくあそこだろう。ワタルは何度か大人に頼んでいたが、みんな断られた。きっとワタルを気遣ってのことだろうと思い私は口を挟まなかったが、これはこの子にとって必要なことなのかもしれない。ワタルが前へ進むために。




 やってきたのは、彼らの最後の戦場だった。

 クラウス郊外。ラグーンの洞窟がある森の前に広がる草原。

「ファーラさん、ありがとう」

 同行してくれたファーラは横に腰を下ろしている。人間で言うところの十代半ばのような容姿だが、実際の年齢はその十倍だろうか。弓矢を脇に置いて、ボブカットの金髪が風に揺れるのを心地よさそうにしてリラックスしている。

「どういたしまして。ここが君の?」

「うん。兄さんが……死んだ場所なんだ」

「そっか」

 ファーラはそれ以上何も言わず、草の上に寝転がった。

 ワタルも無言で、ただ草原を眺めている。いや、ここに刻まれた傷跡と向き合っているのか。

 ワタルの気が済むまでここにいるとしよう。その間に聞いておきたいことがある。

「ファーラ」

「はい?」

 ファーラだけに聞こえるよう、魔力の波動で出している声に指向性を持たせた。彼女からの声も同様だ。これで物思いにふけるワタルを邪魔することはない。

「会議はあれからどうなったのだ?」

 メチャクチャとは。あれから何があったのか。

「そりゃもうひどかったですよー。えーとですね」

 ファーラは聞かせてくれた。会議のその後の顛末を。



 私とワタルが席を外した後、会議の場はクラウスの者達とフィンクールの非難の応酬になった。

「ほら見たことか。人間の子供になど憑依させるからこうなる。誰かラグーン様を連れ戻してきたまえ」

「それはもちろんですが。フィンクール殿、貴方も本人を前にしてあの言いようはないと思いますぞ。ましてあの子は先日の戦いで唯一の肉親と親しい者を失っているのです」

「確かマハトマだったか。その死んだ者達はいずれも八竜と名乗った、この町屈指の使い手だったと聞く。ラグーン様が前に憑依されていたのも八竜だったとか」

 私という敬意を払う唯一の対象がいなくなったことでフィンクールの態度は硬化した。

「八竜とやらも実力の程が疑わしいものだ。外来種のたかが尖兵を相手に相討ちがやっとの種族に竜の宿主など務まらんだろう。やはり我らがーー」

 フィンクールのこの言に激昂したのが現八竜の二人だった。

「あんたーー」

「フィンクール殿」

 スクマの言葉を遮り重い声を出したのはガイウスだ。彼の重い圧力には、その場にいたファーラも鳥肌が立ったらしい。

「エルフといえど言葉が過ぎよう。我らの力不足は事実ゆえ認めるが、命を懸けて町を守った英雄達を冒涜することは許されない。取り消してもらおうか」

「兄さん、さすがに言い過ぎよ。ここは」

「お前は黙っていろと言っている」

 ファーラの忠告も虚しくフィンクールは態度を変えることはなかった。

「面白いな人間……ガイウスだったか。私もお前が先程から口を挟むのが気になっていたところだ。取り消さなければ、どうだというのだ?」

 言い終わると同時にフィンクールの周囲に魔力の粒が飛び交い始めた。

「ちょ、兄さん!」

 それはエルフの固有魔法の前兆であることにファーラは気づいた。精霊の力を行使するための触媒として魔力を用意しているのだ。

「私がその気になればこの場にいる人間全員を切り刻むことなど容易い。ではもう一度聞くぞガイウス。取り消さなければ、どうだというのだ?」

 会議室の中に緊張が走った。その場にいる者達、行政官等の非戦闘員は恐怖し、腕に覚えのある者も初めて目にする現象に戸惑いを隠せない。

 さすがにやりすぎだと、ファーラや他のエルフが止めに入ろうとした、その時だった。

 それは目で追えない程の速度だったという。ガイウスが手元に立て掛けてあった大剣を手に取り、鞘ごと薙ぎ払った。

「ーーっ」

 鞘に収められた大剣はその切っ先をフィンクールの喉元に突きつけたところで静止している。一瞬のことにフィンクールもファーラも、他の者達も固唾を飲んだ。

「魔法か。かなり高度な術とお見受けするが、発動する前に喉を潰せば意味はない」

「きさ、ま」

「そこはエルフも我々人間と変わらぬのだな。フィンクール殿。ここからどうする? 断言するが貴方が何かするよりも我が切っ先が届く方が早かろう」

 一触即発の雰囲気が場を支配したが、その場はマハトマやファーラ達がとりなして双方刃を収めたらしい。

 結局エルフは出直すことになり、ファーラは私とワタルの捜索に志願して加わり現在に至るというわけだ。



「何というか、大変だったな」

 フィンクールという男はなかなかの難物のようだ。

「兄さんも種族に誇りを持つのは良いことだと思うんですけど。それと他種族を下に見ることを同じと勘違いしているところがあるんですよねー」

「確かにな。ファーラはそうではないのだな」

「あはは。私は他種族のことも色んな特徴や文化があって好きですから。好きだと細かいことは気にならないものです。兄さんも同じように考えてくれると、もっととっつきやすくなるんですけどねー」

 エルフにも色々な考え方の者がいるのだと思い知らされる。

「ではお前は、私の憑依先についてもフィンクールと意見が違うのか?」

「そうですねー。兄さんの言うことも一理あると思いますけど、ラグーン様がどうされるかはラグーン様がお決めになったことを尊重するのが良いと考えています。それにーー」

「それに?」

「ーーいつか、その子がラグーン様の宿主にふさわしい人間になる可能性もありますし」

 なるほど。確かにワタルにはその素養がある。

「ラグーン、ファーラさん!」

 ワタルの恐れが混じった声に反応して周囲を見渡すと、魔物の群れに囲まれていた。ここはクラウスから近いとはいえ魔物の支配領域だ。こういうこともあるだろう。

「どどどどうしよう」

 うろたえるワタルを見ると、先程の可能性が現実になるのまだまだ先だと感じる。

 魔物はみな小型種で、この近辺によく出没する狼型だ。以前に群れのボスをカケル達が倒したが、その残党かもしれない。

 この程度の魔物ならば、私の気配を当ててやればすぐに負い払えるだろうがーー

「ここはお任せをっ」

ーーファーラが前に立った。自信満々な彼女にここは任せることにする。

「ファーラさん、危ないよ。逃げなきゃ」

「いいからいいから。ここはお姉さんに任せておきなさいって」

 ファーラはそう言うと手に持った弓矢をーー構えることなく背中に背負った。

 弓矢で戦わないのか? その答えはすぐにわかった。彼女の周囲に魔力の粒が漂い始めたからだ。

「バキニホテキエキヲ、アザソケヒチナギキネセンゼンチ、アザネシオスバセ」

 ファーラの詠唱と共にその眼前の大地がせり上がり、まるで生き物のように脈動して体長数メートル程の人形を形成していく。

 これが精霊魔法。万物の力の根源たる精霊の力を借り受けるエルフ固有の魔法か。

「うわぁ……」

 ワタルが呆然と眺める前で、ファーラは土の人形の肩に飛び乗った。

「キスロ、ノーム!」

 土の精霊ノームの化身たる土人形が狼型の魔物を次々と殴り倒していく。魔物達は勝ち目が無いと悟るとすぐに退散してしまった。

 役目を終えた土人形はすぐに土へと戻り、ファーラが戻ってくる。

「ふふん、どんなもんです」

 あまり無い胸を張る彼女は、子供のようで愛らしい。昔私によく懐いてくれたエルフもこんなよく笑う子だった。

「すごい、すごいや……」

 ワタルが目を輝かせている。精霊魔法など人間は滅多に見る機会がないだろうから無理もない。

(ラグーン)

(どうした?)

(ボクもいつか、あんな風に強くなれるかな)

(なれるさ。お前が望めば、きっと)

 さすがに精霊魔法は無理だろうけど。

 ワタルが拳を強く握りこんでいる。その目は涙を流すだけの怯えた瞳ではなく、憧れと決意に満ちている。どうやらここに来たことと彼女との出会いは、ワタルに良い影響を与えたようだ。

「それじゃ、そろそろ町に戻ろうか。私も兄さん達と合流したいし」

「はい!」

「そうだな。みんなも心配しているだろう」

 ファーラに頷き、私達は帰路についた。

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