最終話-ヨル・ノトー

「こちらを……」


 法王が差し出してきたのは厳重に封がされた一つの古びた箱。

 ヨルが手にとって振ってみると中に羊皮紙が入っているようだった。


「【解錠アンロック】」


 法王が手をかざし、封印解除の魔法を唱えると箱に貼られていた札が光となって消える。


 ヨルはゴクリと喉を鳴らし、そっとその封を開ける。

 中にはそれなりに古びた紙が二枚入っていた。

 ヨルは羊皮紙を取り出し静かに目を通す。


「はぁ…………推理小説を読んでいたら突然隣から真犯人を教えられた気分」

「推理小説……?」

「気にしないでください」

「それで、神ヨルズ。いかがなさいますか?」


 ヨルは一枚だけ羊皮紙を丸め、箱に戻し蓋をする。


「勇者の方はもういいです。崖から蹴り落としちゃったし」


 ヨルは苦笑いを浮かべ、パタパタと手を振った。


「ふふ、そうですか。どちらにせよ彼は罪を償わねばなりませんから」


「でもこっちは貰っておきますね」


「えぇどうぞ。ただしティエラ教会の最高機密です。例えフレイア王女であってもご遠慮ください」


 フレイアとアサヒナは揃って「わかりました」と答える。

 ヨルはその羊皮紙を丸めて腰の巾着に放り込んだ。


「それでは時間も時間ですし、このまま食事をしながらでいかがでしょうか」


 結局その日は六名で今後の細かいことを話し合いながら食事をとり、ヨルはミルと語り合うため一晩ご厄介になることになった。


 フレイアもアサヒナもそれぞれ個室を用意されているとのことで、一度ヨルが宿に戻って留守番のサタナキアとアルへ言伝をしてから教会に戻ったのだった。


――――――――――――――――――――


「じゃあお姉ちゃんは一度帰るけれど、必ず会いにきてね」


「ミルお姉ちゃんありがとう」


 会談から一夜明けた次の日、法王フロージュンとミル枢機卿は国に戻る事となっていた。


 ヨルはミルと夜遅くまで語り合い、色んなことを話した。

 一番驚いたのは、ミルも若い頃どこかの大聖堂を破壊した事があるという告白だった。それからお酒はかなり厳しく制限されていると言う。


「おじいちゃんも会いたがってると思うから」


「えっ?」


 別れ際のミルの一言にヨルは目を見開いた。

 そうだ。祖母が居るからには祖父もいる。

 おじいちゃんの「お」の字も出さなかったのに最後の最後でそんなことを言うミルに、ヨルは苦笑しながら「わかった」と答え握手をしたのだった。


「ではフレイア様、ヨル様、アサヒナ様、お世話になりました」


 法王とフレイアが握手をし、神ヨルズとの謁見という名の会談は正式に終了したのだった。


 宿屋まで戻るため、ヨルとアサヒナ、フレイヤは用意された馬車にのり朝日に照らされるシンドリの街中を進んでいく。


「今朝、ヨルを起こしに行ったらミル枢機卿と並んで寝ていて、どっちがどっちかわからなかったぞ」


「ほんとあの人、やる事が豪胆よね」


 馬車の中でヨルの向かいに座っているアサヒナがしみじみと言うが、ヨルは苦笑するしか無かった。


 会談の後、全員で食事をしてからの迎賓に案内され、全員が教会に泊まることになった。


 ミルとヨルはお互いもう少し話がしたいとのことで、別室で二人きりで夜遅くまでお喋りをしていた。

 その時、どういう話の流れだったのかヨルはすでに忘れてしまったが、ヨルとお揃いが良いという理由でミルが突然長い髪をバッサリと切ったのだった。


 結果ヨルとほぼ同じ長さのショートカットになり、ミルは更にヨルと瓜二つになってしまったのだ。


「でも尻尾絡ませながら寝てて可愛かった」


「なんですかそれ! 私も見たかったです!」


 ヨル自信もミルを見るとまるで鏡を見ているような感覚に襲われる用になってしまい、アサヒナとフレイアに苦笑を浮かべるのだった。

 

――――――――――――――――――――


 三人が宿屋に戻るとソファでアルが座ったまま腕を組んで眠っていた。

 膝の上ではサタナキアも仰向けで寝ている。


「アルとぷーちゃん仲良いね……」


「んあ? あぁ、ヨルか。お帰り」


「ん、ただいま。ご飯食べた? まだなら何か買ってこようか?」


「いや大丈夫。適当につまんだから」



「…無職の旦那と、仕事から帰ってきた嫁……」 

「そこ、聞こえてるよ」


 部屋の外で呟かれたアサヒナにびしっと指を刺して忠告するヨル。


 フレイアとアサヒナは別の部屋を用意されているにもかかわらず、ずっとこの部屋に居座っている。


 アルもこの部屋の護衛という名目で雇われているため、基本この部屋で寝泊まりしているのだが、やはり女性だけというのは落ち着かないのだろう。

 昨夜は三人とも教会に泊まったので、よく寝れたはずだったのだが、なぜか疲れた顔をしていた。


「寝なかったの?」

「寝ようとしたんだがな」


 ヨルは「ふーん」とだけ返事して、帰り道で買ってきた食糧を整理し始めた。


 しかしヨルはふと手を止めて周りを見渡す。

 室内にヴェルの姿が見えないことに気づくが、神出鬼没なうえに殺しても死なないだろうからと荷物の片付けを再開した。


「アルフォルズさん、明日からの用意は大丈夫ですか?」

「はっ、抜かりなく。いつでも出発可能です。馬車の迎えは朝一に依頼済みです」


 コートを脱ぎながら尋ねるフレイアに、アルは起立して返事する。


「元気じゃない」

「いや、お前、だって女王様だぞ」


「ふふ、公式の場以外なら楽にしてくれていいのよ」


 フレイアが笑いながらグラスに水を注ぐ。

 アルもアサヒナも出発の用意を始め、ヨルはソファーに腰掛けてその様子を眺める。


「ねぇアル、ちょっと買い物付き合ってくれない?」

「ん? あぁいいぞ」


 アサヒナがフレイアのコートをクローゼットに仕舞いながら、バッとヨルのほうを振り向く。


 フレイアはグラスと口の間から水をこぼしていた。


「ちょっとその反応、流石にそろそろ殴るよ?」

「あはは、ごめんごめん、買い忘れか?」

「そう、忘れ物」

「まだまだ寒いから、気をつけてね」


 フレイアとアサヒナに見送られ、ヨルはアルを連れて宿を出た。


――――――――――――――――――――


 海猫亭を出て二人はそのまま貴族外の方へ向かって歩く。


「なぁ、そっちって市場あったか?」

「どうだったかな……」


 ヨルは短パンのポケットに手を突っ込みながら、時たま顔を出す猫を構いつつ山側にあるティエラ教会の寮があるほうへ向かった。


 ヨルはアルの手紙を見つけた、猫がたむろしている廃屋へ足を踏み入れる。

「ちょっとごめんね」


 人の気配で目を覚ました猫に、ヨルが一声かけると猫たちは興味をなくしたのか再び目を閉じて眠り始めた。


「おー……ここ久しぶりだなぁ」

「というか、こんなところに手紙を隠すなんて何考えてるのよ」

「あはは、すまん、一応念の為と思ってな。ギルマスに頼んじまった」


 後ろをついて入ってきたアルが頭をかきながら、転がっている木箱に座る。


「はぁ……まったく抜けているのか、しっかりしているのか分からないわ」

「一応しっかりしているつもりなんだが」


 アルは苦笑しながら、足元にすり寄ってる仔猫の喉を指で撫でる。



「とりあえず……ヴェル、隔絶を」


隔絶セクリューション


 廃屋だった場所が真っ白な部屋に変化する。

 足元に居た猫も外から様子を見ていた猫もおらず、ヨルとアサ、それにヴェルだけが存在する真っ白な空間だった。


「ヨルちゃん、よく気づいたの」

「気づいていなかったわよ、でもヴェルなら反応するかなって思って」

「あはっ、それもそうか~」

「ねぇ、アル………」


 ヨルはアルをじっと見つめ、何度か口を開いては閉じを繰り返してから続きを口にした。


「……ダグって呼んだほうがいい? それともお兄ちゃん?」


 ヨルは巾着から羊皮紙を取り出してアルに見せる。

 そこには「ティエラ教会 聖騎士団 団長 アルフォズル・オールディン / ダグ」とだけ書かれていた。


◇◇◇◇◇◇


「……俺はアルだ」


 アルは一言だけ言ったあとは両手をギュッと握り、ヨルの眼をじっと見つめている。


「最初から知っていたの?」


「いや…………火山から戻ってきた夜から、知らない記憶が俺の中にあったんだ……ヨルと初めて会ったのはあの樹海だったはずなのに、姿の違うヨルのことを知っていることに気づいた。というより思い出したみたいな感じ……と言ったほうが正しいかな」


 アルは地べたに座ったまま目を閉じる。

 知らないはずなのに知ってしまっている。ヨルも少し前に経験した事があった。

 まるで自分が自分ではない感覚はある意味恐ろしいものだった。


「ヨルちゃん、火山で【 解毒デトフィケーション】を【影響侵食インプルサムエクゼサ】で増幅して使ったでしょ? 多分あれが原因の一つかなって思うの」


「あれだけで?」


『確かにあれは効果を高めて反射するやつでさぁ』


「あとはヨルちゃんの神力にあてられたのも大きいかなぁ」


 つまりあの魔法で魂の記憶が刺激され、ヨルが全力で放っていた神力の影響でアルの魂の記憶が呼び戻されたということだ。


 アルが宿屋で、やたらと疲れた表情だったのはフレイア女王が居るからではなく、突然思い出してしまった昔の記憶のためだろう。


「一つだけでいいから教えて? どうしてあんなことを?」


「ヨルが……ヨルズが消える瞬間の記憶以外は殆ど無いんだ。だが、勇者の取り巻きのあの魔法使いと戦士に懇願されたことは覚えている」


 あの時代、魔王が顯現するという予言により勇者が覚醒した。

 まだ神々が人々の生活に綿密に関わっていた頃だ。

 魔王討伐のために神器を欲したのか、詳しい理由は分からない。


 今、目の前に居るのはヨルが樹海で助けた傭兵のアルで、ティエラ教会聖騎士団長のアルフォルズで、これからフレイア女王を王都まで護衛する仲間だ。


 ヨルは「はぁ…」とため息をつき、アルの前にしゃがみ込む。


「……でも俺は殺されても文句は言わない」

「アルはアルだもの。昔がそうだったっていうだけで。私と一緒じゃない」

「……」

「でも、一発殴らせて?」

「あぁ」


「ヨルちゃん、全力だと大地の染みになるからね」


 ヴェルの言うことはさっと無視をしてヨルが立ち上がり、拳をポキっと鳴らす。

 アルがスッと立ち上がり、後ろで手を組みギュッと目を閉じる。


「…………ていっ」


 パチっと音がして、ヨルが細い指でアルのおでこをデコピンで弾いたのだった。



◇◇◇◇◇◇


 指が当たった瞬間アルが身体をこわばらせたが、やがてそっと目を開いた。


「ヨル……? 今のはデコ――――ぐほぁっ!!」


 アルがヨルの視線と交わった瞬間、ヨルの拳がアルの頬にめり込み、吹き飛んで行くアル。

 数十メートルほど地面を転がり、やがて止まったが動かなくなった。




「ヨルちゃん……ないわー」

『アネさん……』


「えぇっ? 私一発だけって言ったよ?」


「いやいやいやいや!! そこはチューしなきゃ!! むにっと!! 今のは完全にそんな流れだったでしょ!!」


「なんでよ!」


 ヨルはボロ雑巾のように倒れ伏しているアルへと近づく。


「ほら、アル、帰るわよ。明日も朝早いんだから」


「…………ぐっ…………ポーショ……」


 アルはそれだけ呟くと完全に動かなくなってしまった。


――――――――――――――――――――


「ほら出発するぞー」

「いつでも良いぞ!」


 結局次の日、アルが立ち上がれず出発が一日延期になってしまうというトラブルがあったが、予定通りフレイア女王と護衛のアサヒナとアル、それにヨルはシンドリの街を後にした。


 フレイヤの荷物が多かったので、馬車は二台。

 そっちの護衛にはギルド経由でカリスたちに声をかけたところ「ぜひこちらからお願いします!」と快諾を得られた。


「お姉様……一緒に食事しようって言ってたのに」

「あはは、ごめんね。ちょっと……今までで一番疲れたから」

「いいですよ、王都のお姉様のお家に招待してくれるっていうので、それでチャラにします」


 朝から頬を膨らませて拗ねていたカリスだったが、そう言って微笑みヨルの腕に抱きついてくる。

 しかし、パーティーメンバーのリン後ろから兎耳をピコピコさせつつカリスを容赦なく引き剥がした。

 エアハルトが「陣形は守れよ」と注意するとカリスは渋々後ろの馬車へと移動していった。


「ヨル、ほんとに乗りませんか?」


 馬車の中からフレイアとアサヒナが顔を出すが、晴れ渡る空を見上げて「疲れたら乗せてもらうわ」と答え、先頭を歩くアルの隣へと移動した。


 その後姿を見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべるフレイア。


「アサヒナさん、アサヒナさん、どう思います?」

「フレイアさん、フレイアさん、あれ何かありましたよ絶対。アルフォルズが足腰立たない様子で戻ってきましたし」


「まぁっ……それってまさか」

「アルフォルズの顔が真っ赤に腫れ上がってましたが……」

「……そうですか」


 アルの隣を歩きながらヨルはしっぽをフリフリさせ、ぐっと伸びをする。


『アネさん、王都に戻ったらどうするんですかい?』

「なーんにも考えていないけれど、少しはゆっくりしたいかな。家も堪能したいし」

『どこでもあっしはお供いたしやす』


「最近ぷーちゃん完全に荷物だよね」

『――っ!?』

「ふふっ、冗談よ。助かってるわ」


『そ、そう言えばゲイラヴォルの姉さんは?』

「ヴェルなら先に魔猫屋に帰るってさ」



「そう言えばヨル、ノトー枢機卿の孫だったんだってな」

「昨日知ったわよ、私」


「あははそうか、俺も小さい頃に会った事があるだけだったから、忘れていたよ」


 今朝、ソファーで目を覚ましたアルは何処か吹っ切れた表情をしていた。

 記憶は全く思い出せていないそうだが、ヴェルが言うにはヨルと一緒にいるとそのうち思い出すだろうということだった。


「思い出したことがあったら直ぐにヨルに相談するから、暫く一緒に居させてくれ」


 アルは苦笑しなが、ヨルと握手した。


◇◇◇◇◇◇


「最初は俺が先頭で警戒担当だから、ヨルは適当にしてていいぞ」


 街を出る行列を最優先で通過させてもらい、諸々の手続きを終えたアルがヨルに声をかけた。

 ヨルは「わかったー」と言いつつも、アルの隣をてこてこと歩く。


 街の門を通過し、ヨルの目の前には王都へと伸びる街道が続いていた。


 アルのことはなるようにしかならないし、予定通り一発殴った。

 しかしヨルは、旅の目的が無くなったような気がして本当にこれからどうしようかなと悩んでしまう。


(ただ――祖母に聞いた話や、お母さんのこと……ちゃんと問いたださなきゃ)


 話を聞く限り一癖も二癖もありそうな、顔も覚えていない母親のことを考える。


「兄探しが終わったと思ったら今度は母探しか……」


 ヨルは王都で少しゆっくりしたら、一度村に戻り父親を締め上げようと決める。

 そして「警戒よろしく」とアルに伝える、馬車の屋根にひらりと飛び上がる。

 温かい冬の太陽の光を受けグッと背伸びをし大きな欠伸をすると、猫のように丸まって目を閉じたのだった。


========================


あとがき的なもの


皆様、ここまでお読みいただきありがとうございました!


初めてかいた小説なので、読みにくい部分は多々あったかと思いますが、ありがとうございました。


当初考えていた終わりまでたどり着いてしまったので、一旦これにて完結とさせていただきますが、気が向いたらちょくちょく更新すると思います!


ヨルの母親やら、祖母やら、祖父の話も書きたいです。

そもそも父親はどうしてそのことをヨルに言わなかったのか。


本編には関係のないことなども色々と書きたいことはまだまだありますので、

きっとそのうち更新再開すると思います。

ぜひ今後ともよろしくおねがいします!


よろしければ新作のほうもお読み頂けると嬉しいです!


【監獄スタートの悪役令嬢 脱獄記】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893951108

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