第53話-北へ②

 ヨルがカリスに手を引っ張られながら草むらをかき分けて街道まで戻る。



 街道横の少し広いところに止めてある馬車があり、その周りに商人の格好をした男性とカリスのパーティーメンバーであろう冒険者の姿が見えた。


 一人は大きな盾をもったタンク風の大男。剃りが入った短髪で筋肉もがっしりとついたいかにもな風体だった。

 もう一人は弓矢を装備して馬車の屋根であたりを警戒をしている女性。


「こっちのでっかいのが、エアハルトでうちのリーダーなんです」


「エアハルトです、お噂はかねがね。うちのカリスを助けていただいてありがとうございました」


 見た目とは裏腹に真面目な挨拶をしながらヨルに片手を差し出すエアハルト。ヨルも片手を出して握手をする。


「ヨルです。カリスとは偶然ですが、そう言ってもらえて嬉しいです」


「むっ……エアハルト、出会ってすぐお姉様と手を握るなんて」


「いやいや! 流石にそれは言い掛かり……」


 エアハルトは頭を搔きながらカリスに半目で反論するが、カリスは目を吊り上げてしまっている。


「で、カリス、あっちの人がもう一人の?」


「あ、そうです! リンー降りてきてー」


 リンと呼ばれた女性が馬車の幌の上で起用に立ち上がり、ぴょんと跳躍してヨルの目の前に着地した。

 頭から立派な耳を生やしたセリアンスロープの女性。というより女の子。


「その子がヨルちゃん? はじめましてぇ~リンって言います~」


 間延びした喋り方をしながら、エアハルトと同じ用に手を差し出してくるリンにヨルも手を出して握手をする。



(手は普通なんだ)



 ヨルは、改めてエアハルトとリンを観察する。


 エアハルトは黒髪で剃りが入った短髪のムキムキお兄ちゃん。二十歳ぐらいかなとヨルは思った。


 一方のリンはどう頑張っても隠せない立派なウサギの耳がにょっきり生えている。


 シルバーと言うより真っ白な絹のようなストレートの髪の毛がとても綺麗な、ヨルより小さく見える女の子だった。


(兎系のセリアンスロープ、初めて見た気がする)


 兎のセリアンスロープも猫と同じく大昔に奴隷や愛玩動物目的に誘拐などが横行し、今ではほとんど見かけることは無かった。

 一部の国では兎のセリアンスロープが治めている街があるのだが、そういった力を持った個体が種族全体を保護するために動いていたため、リンと同じ兎のセリアンスロープは時たま見かけられたりする。



「すごいすごい~ヨルちゃんって猫なんだね~私も珍しいって言われるけど、ヨルちゃんはもっと珍しいって言われない~?」


 ヨルが色々と考えているところに、初対面にもかかわらずグイグイ質問するリン。

 そんなリンの様子にカリスはしびれを切らしそうな様子で目元がどんどん釣り上がってゆく。



「確かに言われます。リン……さんも。兎って私初めて見たかもしれません」


「堅っ苦しいよぉ~初対面だけど、気にしないでリンって呼んで~。私もヨルって呼んで良い~?」


「ダメよ!」


「イイですよ」


「えっ?」


 カリスがこの世の終わりのような表情でヨルに視線を向ける。


「大体カリスも私、何も言ってないよね……ヨルって呼んでいいよ?」


「そっ、そんなお姉様はお姉様ですから!」


 カリスはもうダメかもと思いつつ、ヨルは頭を押さえる。

 隣ではエアハルトも頭を抑えていたので、カリスは普段からこんな調子なのかもしれない。

 ガラムで別れた後、攫われたカリスを探し回っていた二人が再開した時、二人は色々と大変だっただろうと容易に想像できた。



「ちなみに私、もうすぐ三十歳ぐらいだったと思うけど、気にしないでぇ~」


 自分より年下だと思ってたのに、実際一回り以上も上だったことにヨルは衝撃を受ける。



「リンが年齢を言うと大体そんな反応するな」


 エアハルトが苦笑しながら言うが、確かにリンの身長と見た目で三十とは信じられない人も多いだろう。


 しかしセリアンスロープの寿命は人間に比べると長いものが多い。種族によっては倍以上生きるものも珍しくはないため、二十歳ぐらいの外見のまま八十歳を超える個体も居る。

 ヨルの村にはヨル以外のセリアンスロープはおらず、母は若くして亡くなっている。そしてヨルがこれまで出会ったセリアンスロープは皆ヨルと同じ様な年齢が多かったため、ヨルはその事実に気づいていなかった。




 ヨルは三人に改めて挨拶をして、三人からはガラムの事件での事を改めて礼を言われた。次いでにカリスは知っているので、ヨルは少し悩んだがサタナキアのこともエアハルトとリンにも紹介する。




「なにこれかっわいいーぶっさかわいいーきゃー」


『……!!!!』


 サタナキアはリンに思いっきり抱きしめられ、窒息しそうになっているのをヨルは半目で眺める。

 そして思い出したかのように三人が護衛をしているという商人の責任者の方にも挨拶をしておいた。




 ちょうど昼ごはんを食べようと思っていたとヨルが伝えると、折角だしと、そのまま全員で昼食を取ることになった。


「あ、私、お肉しか無いけれどいいかな?」


「お、いいぜ、干し肉はいつでも大歓迎だ! もし余っていたらこっちの芋と交換とかしてくれてもいいぜ」


「フォレストファングのお肉なんだけど」


「「――!?」」


 ヨルは相変わらず半信半疑だったのだが、アサやヴァルも言っていた通りフォレストファングの肉はかなりの高級品だった。

 あの時、森で狩った十匹程度の肉がまだ三頭分ぐらい残っていたため、ヨルは気にせず振る舞うことにした。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい、ヨル様とおっしゃいましたね。そのお肉どこから取り出されたのですかっ!?」


「あっ……」




 完全に気が緩んでいたヨルは、巾着を余り人に見せないと自分で決めてたことを忘れていた。当然のように商人がヨルの巾着を食い入るように見つめてくる。


「えっと、すいません、そこは秘密ということにしておいてくれると」


「なんてことだ、そんな便利そうな魔道具があるだなんて、ぜひそれ譲ってください! いくらでも出します」


「いえ、だから、これはそういうものでは――」


「だからいくら出せば良いんですか!?」


「だから売れないって――」


 商人が錯乱気味でヨルの両手を握りずいずいと圧を掛けてくる。

 いくらでも出すと言っているのにハイと言わないのが気に食わないのか、唾を飛ばす勢いで顔を近づけてくる。


「それがあれば、世界の物流が変わるのです! 私が買取って今後利益の「「昏倒雷スタンボルト!!」」――ぎゃっ」


 一応知り合いが護衛している商人ということで、手を出さずに昏倒雷スタンボルトを出してしまったヨルだったが、カリスもまた商人の肩を後ろから鬼の形相で掴み昏倒雷スタンボルトを掛けていた。

 二人同時に昏倒雷スタンボルトを流された商人は、体中から湯気を出して昏倒した。


「――まったく、お姉様に対してなんて失礼な!」


「いや、それはちょっと違うと思うが、今のは確かにこいつが悪い」


「冒険者でも手の内晒しはダメだって言われているのに、傭兵はもっとダメだってわかんないのかなこの人……真面目そうな人だったのに」


 それでも、商人には何を投げ売ってでも欲しくなるだろう巾着を迂闊に見せてしまったのが悪かったのだと、気絶している商人を見ながらヨルは反省する。


「ごめん、さっきのは私が悪かったから、目を覚ましたら謝っておくよ」


「いやいや、今のはこいつが悪い。目の色が変わってたからな、商人と傭兵じゃなくても人としてあれはダメだと思うぞ。気を取り戻したら俺からも言っておくよ」


 ヨルはエアハルトに礼を言って、カリスとリンの三人で食事の用意を始める。

 エアハルトは商人をそのままに、近くから丸太を四つ運んできて椅子の代わりにする。


 そのままエアハルトが馬に水と餌をやるのを見ながら、反対側で肉を切っているカリスとリンを眺める。


(一体どういう経緯でパーティーになったんだろう)


 ヨルは三人を観察しながら、丸太に腰掛けながら火起こしに取り掛かるのだった。





「いや、本当に失礼いたしました」


 意識を取り戻した商人はヨルに土下座をしそうな勢いで謝ってきたので、ヨルも逆に申し訳なかったと頭を下げた。


「これ、古い友だちに作って貰った形見の品なので、作り方も分かりませんし、お譲りするわけにも行かなくて」



 しれっとヴェルを亡き者にしたような言い方だったが丸く収まるならと、ヨルはそういうことにしておいた。

 そのままカリス、エアハルト、リンと商人さんを交ええて焚き火を囲み昼食を取る。


「うんめー……なんだこれ……肉ってこんなに美味しかったのか!」


「ほんとです! これお姉様が狩ったんですよね! さすがです!」


 エアハルトは涙を流しながら肉を次から次へと頬張り、カリスも遠慮することなくお肉に手を伸ばしてはエアハルトと取り合いをしている。

 ヨルがチラリと声のしないリンのほうを見ると、こちらも話をしている暇はないと言わんばかりのスピードで口にお肉を放り込んでいた。


「いや、これが噂のフォレストファングの肉ですか……初めて頂きましたがすごいですね」


 みんなが絶賛してくれるので、ヨルはもう一食全員が食べれるぐらいの量を商人に渡しておくことにした。





 食事を終え、カリスがお茶を入れて全員に配る。

 ヨルが口をつけると嬉しそうにニコニコしながらカリスもお茶を口に含んだ。


「そう言えばお姉様はシンドリまで歩きで向かっているんですか? もしそうなら私達と一緒に行きませんかっ!?」


 しかしヨルは少し急ぎだったため「走りで向かっている」と伝えるとエアハルトが「マジかよ……」とこぼし、リンも驚いた表情でヨルの顔を手元の地図を見比べている。


「えっとヨルはぁ~……王都をいつ出発したのぉ~? 私達は昨日なんだけどー」


「三時間……四時間ぐらい前かな」


「ありえねぇ……」

「ヨルすっごーい」



「……カリス達は護衛任務で?」


「そうなんです! ガラムからシンドリまで王都経由です!」


「へぇそうなんだ…………エイブラムさんは元気?」


 カリスはこの事件に関係は無いと信じたいが、念の為ヨルはカリスに少しカマを掛けてみることにした。

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