第52話-北へ

 いつも通りの旅に出るとは思えないような軽装でヨルは城の周りの堀がある通りを抜け、王都では余り来たことのない北門で受付をしてから王都を出発した。




 北に向かうと言うことで普段は軽装のヨルも、流石に寒さ対策としてエンポロスの店で購入したケープのような毛皮でできたマントを羽織っている。


 この街道は乗合馬車も走っているのだが、ヨルは歩きを選択した。

 王都の方からは時たま商人やに馬車が走ってきており、ヨルの横を抜けていく。

 時たま一緒に乗るか声をかけてくれる馬車もあったのだが、ヨルは全てお断りしていた。


「えっと、とりあえずは街道をまっすぐね。とりあえず走ろうか。寒いし」


『あっしの魔力使ってくだせぇ』


「久々に身体動かしたいからこのまま行くわ」


 ヨルは歩きながら足首をほぐし、少し伸びをして身体をほぐす。

 そのまま、何故かクラウチングスタートのポーズを取る。


「よーい……」

「おーい、あんーー」

「ドンっ!」


 瞬間、蹴り込んだ土が後方に吹き飛び、みるみる加速するヨル。その速度は体力自慢の人間が全力で走っても追いつけないほどだった。

 基礎運動力が普通の人間より秀でているセリアンスロープの中でも、猫系は速度においては上位に入ると言われていた。




「あれっ?さっき誰か何か言ってたっ?」


『後ろを歩いていた冒険者じゃないですかい?』


「んーまぁいいっか」




 若干の前傾姿勢のまま次々と前を走る馬車を追い抜き、王都を出てすぐに追い抜いていった馬車も追い抜いたところで、街道が曲がりちょっとした林に差し掛かる。



 目に飛び込んできた看板を一瞬だけ見たヨルは何事も無かったかのように、むしろここからは人はぶつからないだろうと、曲がりくねった道は木々の枝や幹を足場にしてショートカットを繰り返す。




『アネさん、ここまでで何匹か小さい狼みたいなやつを轢き殺しておりますぜ』


「ん、なんか手応えが無かったから気にしない。後続の人が見かけたら素材のご褒美ってことで」


『へぇ……まぁいいんですが』




 林を三十分ぐらい走り続けたところで、目の前に少し急な上り坂が現れる。

 この林の中を通り抜ける街道なのだが、この中央部分にある丘は馬車で通るためには馬を一旦休ませてから進まないといけないぐらいの急勾配になるため、その麓では馬車を休憩させるスペースが大きく設けられていた。



 その休憩スペースには三台ぐらいの馬車が馬に水をやっており、周りには護衛の冒険者であろう姿も何人か見えた。


 ヨルはここで一度止まろうかとも考えたが、知らない人に色々と聞かれるのも面倒だと思い街道から林側に逸れて人目につかないよう、崖のようになっているところを跳躍する。



「ふっ――はっ!」



 木々を避けながら段々になっている丘肌を登り切ったヨルは、頂上付近の大きな針葉樹の枝の上に着地して少し息を整える。

 少し息を殺して周りを見渡すヨルにサタナキアは疑問に思って声をかける。



『アネさんどうしました?』


「んと……はぁ……はぁ……なんだかいい匂いがするなって思って」


『さっき下の方で商隊が飯作っていやしたし、反対側でもおんなじ感じなんだと思いやす』


「あぁ、だから上の方で色々と匂いが……お腹すいてきたね。もう少し行ったらご飯にしよかっか」



 ヨルはリュックの肩紐を調整して、問題ないことを確認すると頂上の木の上から一気に反対側の崖下に向かい跳躍した。




 ――――――――――――――――――――


 反対側に降りると、すぐに林を抜けるような地形になっており、数分走るだけで元の街道の景色に戻った。


 先に目をやると遠くの方に一際目を引く山が見える。



 エトーナ火山。

 このヴェリール大陸の南半分はヨルの村があるエルツ大樹海に覆われており、北半分はほとんど平地になっている。


 ただし大陸の一番北にあるエトーナ火山とそれを含むエトーナ山脈と呼ばれる山々がそびえ立っており、一番小さい山でも三千メートルほどあり一番大きなエトーナ火山に至っては一万メートルに届くのではないかというぐらいの高さだった。


 火山とはいうが巨大な岩石の腹部には天然のダンジョンも至るところに存在しており、中には伝説の神々の武器が眠っているなどという突拍子もない噂もあったりする。



 ヨルはちらりとエトーナ火山に目をやると、そのまま進行方向に視線を戻し何事もなかったかのように走り続ける。


 ――――――――――――――――――――


 それから日もすっかりてっぺんを過ぎた頃、合計三時間ほど全力疾走したところでヨルはやっと速度を落とした。


「はぁーっ、はーっ、はー……」


 頭から水を被ったような汗をタオルで拭きつつ、街道横にある川岸までクールダウンをしながら歩く。

 途中、ヨルの目線ぐらいまでの茂みがあり、両手でかき分けながら暫く歩くときれいな川岸が見えた。


「あっつい……」


 ケープは走り始めて直ぐに巾着にしまい、タンクトップに短パンというマラソンランナーのような格好のヨルは川縁に腰を下ろす。

 ここは茂みが生い茂っており、街道からは目隠しになっているので少し休憩しつつ、お昼にしてしまおうかと考えた。


「あ、魚が居る……美味しそう」


 街道の横を流れる清流は浅いがそれなりの広さがあり、山脈の雪解け水を海に運んでいる。

 こんな寒い時期にもかかわらず、水面には幾つかの魚の影が見え隠れしていた。


 ヨルは川にタオルを突っ込んできれいに洗ってから、ギュッと絞って裾から手を突っ込んで身体を拭く。

 火照った身体を覚ますには丁度いい冷たさだった。


 ――ガサッ


 その時背後から人が近づいて来る気配を感じ、ヨルはめくれたシャツを戻し、視線を向ける。

 街道のほうから歩いてくる気配はするが、姿が見えないためヨルと同じぐらいの背丈かもう少し小さいと思ったヨルは少し警戒のレベルを下げ、気配の人物が姿を現すのをじっと待つ。



「あっ、ごめんなさいっ、まさか人がいるとは思わなくってーって、お姉様っ!?」


「――カリス?」


 茂みをかき分けて現れたのは、ガラムの街で知り合った魔法使いのカリスことカリス・ガメイラだった。

 別れた頃より少し髪が伸びていて若干雰囲気が変わっていたが、冒険者に似合わない男受けしそうな可愛らしい顔は相変わらずの様子だった。


「どうしたのこんなところで」


「それは私のセリフですよ! あービックリしたーこれは完全に運命ってやつですね!」

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