第47話-提案

「この世界にも号外があるんだなぁ……」


 それが目の前のチラシを見た一言目だった。

 ヴァルも横からテーブルの上に乗せられたチラシを覗き込んでいる。




 場所は最近すっかりお馴染みエンポロスさんの応接室である。

 新居に必要な家具や食器、寝具等細かいものをエンポロスさんに一式揃えてもらおうと、二人で……いや、ぷーちゃんと三人でエンポロスさんの店まで来ていた。


 エンポロスさんには色々と世話になるので、獣魔のぷーちゃんだと紹介済みだ。


 そして私達が並んで座っているソファの対面に、エンポロスさんともう一人。





 港街ニザルフで私を暗殺しようとして返り討ちになったシオンがいる。

 彼女にはガラムの街まで向かい、私を暗殺しようと命令を出した人物を探すようお願いしていたのだが、その結果をもってわざわざ待ち合わせ場所に指定しておいたこの店に来たそうだ。



 (てっきり手紙が届くのかと思っていたのに……まさか本人と鉢合わせするとは)



――――――――――――――――――――



「あら……たしかシオンさんでしたよね?」


「こっ、これはヴァーラル・レンノ様! 大聖堂が崩壊した際に行方不明になったと耳にしたのですが、ヨル様とご一緒だったのですね! ご無事でなによりです」


「ヨル……様?」


「あはは、まぁ色々あってね」


ヴァルのジト目は、口元だけがニッコリと笑っているから逆に怖かった。


「シオン、無事で良かったわ」


「はっ、お時間が掛かってしまい申し訳ありませんでした」



――――――――――――――――――――


 そんなやり取りがあったあと、悩んだ末にエンポロスさんとヴァルには事情を話しておこうと同席を頼み、エンポロスさんもも協力できることがあるのならと快く時間を取ってくれた。


 ヴァルは最初から同席する気満々だった。考えてみれば同僚だろうし、その辺りは気になるんだろうな。



 本題に入る前にと、エンポロスが差し出したのが先程から私とヴァルが穴が空くほど見つめている一枚のチラシ。


 王家の名前で発行されたこのチラシの内容は例の大聖堂真っ二つ事件に関するものだった。


――――――――――――――――――――



「まさか、女王様を攫おうとしたのもティエラ教会のやつらだったとはねー」



 チラシの内容を要約すると『スヴァルトリング王国内にてティエラ教会の活動を一部制限する』というものだった。


 理由として、女王フレイアの誘拐及び殺害未遂。

 更にヴァルのような魔力の高いものを無理やり契約させ信者や神子みことして仕えさせていた事実についても挙げられていた。


 スヴァルトリング王国内の各教会の強制捜査を行い、複数人を契約から解放したと記載されていた。



「活動禁止とか国外追放にはしないのね……」


「全て禁止にしてしまうと、裏に潜ってしまう可能性がある為ではないでしょうか」


 私の漏らしたつぶやきにエンポロスが向かい側からフォローを入れる。


「んー……」


 ヨルとしては教会がどうなろうとどうてもいいのだが、気になるのは、その教会に所属しているというアル事。北に向かったってヴァルに聞いたけれど。




「で、とりあえずシオンの話を聞いても良い?」


一旦保留にして、シオンが調べてくれたであろう情報を確認しようと思った。


「はい、あれからガラムまで向かって可能な範囲で調べたところ、情報の出元はエイブラムという冒険者ギルドのサブマスターの男でした」





 脳裏にインテリっぽい眼鏡の男の姿が思い浮かぶ。

 例の黒ローブ集団を退治したあと、盗賊団退治諸々の件で傭兵ギルドマスターのアドルフさんに報告する際、同席したいと付いてきた男だ。


(ヴェルの名前を聞いて嗚咽を漏らしていなかったっけ……)




「……あの人がねぇ」


「お知り合いでしたか」


「昔の事件でちょっとね」


 あの時、行方不明になっていた魔法使いのカリスが元担当だからと言っていたが、確かによく考えれば色々とおかしな点はあったなぁ。



 サブマスターという立場なのに、大勢いる冒険者の一人であるカリスを心配する。これはまだ理解できる。にも関わらず、あの場でエイブラムがカリスの事を気にかけている素振りは無かった。



 それと、冒険者ギルドに冒険者行方不明事件に関しても告知が何も出ていなかった。ヴェルに聞いた情報が最初だったけれど、ギルド側が把握していなかった訳がない。



 一番引っかかることは、街道沿いの盗賊団が多発しているということだ。本来辺境に位置する街は街道を往来する商人が物資運用の命綱なのだ。


 盗賊団による強盗事件が起きたとしたらすぐにでも解決すべき問題である。でも冒険者ギルドで討伐依頼がなにも出ていなかった。


それが私に支払われたのは、懸賞金が出ているほどの大物盗賊団が混じっている始末。常識的に考えても冒険者ギルドがこれを無視するわけがない。



(確かに思い返せば色々と引っかかる部分ばっかりだ)





 つまり、冒険者が行方不明になっていたのは、教会が盗賊団と手を組んだか、盗賊団のフリをした教会の人間が魔力の高い人物を集めている?




(じゃぁ、どうして私を殺すような命令を?)





 可能性としてはあの黒ローブの集団。


 ヴェルに話を聞いたときは、ただのギャグ要員かと思っていたけれど、実際サタナキアという上級悪魔を数人の魔法使いの命を使って召喚した。



(つまりあの黒ローブ集団も教会の関係者で、悪魔を召喚した。なんのために? それを私が邪魔をしたから意趣返し?)


理由は分からないが「黒ローブ集団=教会の関係者」の線は硬そうだ。


(それに教会で魔力を貯めさせられているってヴァルは言っていたけど、それとは別の話?)



 教会は一体なにをしようとしているのかが見えてこない。

 今の情報だけだと、推測の域を出ないので話を続けることにする。





「で、そのエイブラムさんはまだガラムに?」


「彼は突然仕事を辞め、北のシンドリへ向かったとの事です。私が追えた手がかりはここまでです……申し訳ありません」



 そう言って突然土下座をするシオン。

 私は突然のシオンの行動にびっくりする。


「うぇぇっ、なんで土下座!?」


「黒幕を捕まえられず、ろくな報告もできませんでした。どうか私の命だけでご容赦を!」




 そこまで言われて、あの夜に散々シオンを脅した事を思い出した。



(家族全員道連れだとか脅してたわね……ぷーちゃんが)


(アネさんですよ)


(うっさいわね)


 最近ぷーちゃんは通話コロクィアムでツッコミを入れるようになってきた。


「ヨル……」


隣を見るとヴァルが切なそうな目でこっちを見ていた。


「だからぷーちゃんよ犯人は」


『アネさん……』


向かいのソファの隣で膝をついたままのシオンが青くなっている。



「大丈夫よ、そんな事で怒ったりしないから」


「し、しかし、ヨル様は私の家族を……それで王都まで来られたのでは……」


「妹さん、王都に居るんだ」


「この間、私が呼び寄せ、この国に来たばかりで今は宿屋に……」


「ふーん。でも私はあなたに危害を加えるつもりは無いわよ。当然家族にも。あれはただの脅しというか、仕返しよ」


「いや、しかし……」


 それでもシオンは納得していない様子で、相変わらず視線を彷徨わせて青い顔をしている。




「じゃあこれで解放ね。って私が言ったらシオンはどうするの?」


「そっ、その、もし許してもらえるなら家族と一緒に人里離れた山奥にでも隠れ住もうかと……どの街にもティエラ教会はありますので……」


 オドオドしながら早口で語るシオン。




 シオンも今回の大聖堂真っ二つ事件に乗じて脱退したいと思っているそうだ。

 けれど、所属しているのが教会の不都合な部分を処理するための執行部という暗部なだけに、簡単に抜けられるとは思っていないそうだ。




 問題なのは、ティエラ教会の執行部に所属している他のメンバーのことが殆ど判らないからだろう。


 追う立場から、追われる立場になるんだ。

 街中で突然刺されて死ぬ可能性だってある。


 この国で一番大きいティエラ教会がある王都なら尚更危険が高くなる。




「でも相手がその気なら何処で生活してても同じだと思うわよ。でも教会が貴女だけじゃなく家族にまで危害を加えて、それが明るみにでてしまうと本当に教会はこの国に居られなくなる。だから逆に堂々と協会を辞めて、この街で普通に生活している方が安全じゃ無いかな」




 私がそう言うと、「確かに……」と悩みだすシオン。するとそれまで聞くことに徹していたエンポロスさんが隣から口を挟んできた。



「私は詳しい事情はわかりかねますが、あの晩からティエラ教会に大きな動きはございません。大司教をはじめとする責任者の人間は全て城内で取り調べを受けているそうですが、末端の信者たちは普段どおりの生活を続けているとのことです」



 おそらくティエラ教会は表向き今までと変わらず、裏で暗躍している奴らも暫くは身を潜めるだろう。


 北のシンドリに向かったというエイブラムとアル。

 シンドリの先、何処に行こうとしているのか?


 本国であるビフレストに戻る可能性だってある。


(ヴァルは、アルの様子が知っているものとは全然違っていたってことだけれど……)



 何れにせよ、シンドリまで行かないとこれ以上の情報は得られないだろうな。

 とりあえず、目の前のシオンをどうするかを決めてしまおうと思う。




「私に一つ案が有るんだけど、聞いてくれる?」


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