第34話-祀られるモノ
「ん……」
ヨルが気がついた時、どこかの布団に寝かされていた。ガラムの宿屋で使っていたものより上等な布綿に包まれ、危うく二度寝しそうになる。
『アネさん、なんともないですかい?』
「――? あれぷーちゃん、おはよぉ〜」
『いつも通りのアネさんのようで安心しやした。アネさん寝ぼけないでくだせぇ』
ヨルはサタナキアに促され目を擦り、なぜ自分が眠っているのかを考える。
「あっ……痛っ!?」
急に状況を思い出したヨルは手をついて起き上がろうとするが、体が悲鳴を上げ、痛みが身体中を襲う。
『アネさん、腕と足の半分が吹き飛んでましたんで、無茶をなさらないでくだせぇ』
「腕が……吹き飛んだって……とんだホラーね」
『今は神力の影響で元に戻っているみたいです』
「そう……みんなは無事?」
急激に状況を思い出したヨルは、痛みの走る身体を動かすのを諦めて目だけを動かしてサタナキアに問いかける。
『そりゃもう、アネさんが見事に吹き飛ばしてくれやしたので。ここに住んでいた人も、当然あっしも無事でさぁ』
「そ……」
ヨルはそれだけ言うと再び目を閉じ、安心したように再び眠ってしまった。
――――――――――――――――――――
「ふぁ〜……よく寝たぁ〜……あれ? 此処どこ?」
目を覚ましたヨルは、寝ぼけたままうまく働かない頭でぐっと伸びをする。
「あっ、痛っ――そうだ、私、怪我してたん……なんともないわね」
『アネさん、一度目を覚まされましたが、三日ほど眠っておりやした』
「ヨル様、御身体はご無事でしょうか」
唐突に横から掛けられた声に視線を向けると、コルリスの母親であるコプルスさんと知らない女性が二人、跪いた状態で視線を向けていた。
ヨルが自分の寝ていた場所を見渡す。
そこは部屋の中でも一段高い場所になっており周りには飾り彫が所狭しと掘られており、まるで祭壇のようだった。
そこに絨毯が敷かれ、その上の布団にヨルは白い襦袢のような服を着せられて寝かされていたのだった。
「えっと、コプルスさん?」
「はい」
「みんな無事ですか?」
「それはもう、ヨルさん……失礼しました。ヨル様のおかげでこの集落も住人も全員無事でございます」
ほとんど土下座するような勢いで頭を地につけ話をするコプルス。
その態度は本当に神を目の前にして恐れ慄いているようにも見えた。
「……すいません、できれば今まで通り接していただければ嬉しいんですが」
ヨルはそうお願いをすると、コプルスさんは少し考えた後「わかりました」と言って最初に出会ったときのようにニッコリと微笑み掛けた。
隣の女性はコプルスさんの母親で近くに住んでいるとのことだったが、どう見てもコプルスさんと同じ歳ぐらいにしか見えない。
(エルフすごい……)
「えっと、それであれからどうなったの?」
ヨルはとりあえず枕元にちょこんと座っているサタナキアに尋ねる。
サタナキアはヨルがあの時、咄嗟に元の大きさに戻らせたが、今はミニサイズになっていた。
『へい、あの蜥蜴はアネさんの一撃で崩壊しやした。素材は他の場所に集めさせてありやす』
「よかった、ちゃんと倒せたのね」
『昔を思い出しやした。あの一撃、流石でございやした』
「ちゃんと使えてよかったわ……ほんと爆発しなくてよかった」
あの時、ヴェルの神力が体内にあふれた時、ヨルが制御出来たのは殆ど無意識の状態で、殆ど奇跡的に制御が出来たのだった。
「ヨル!」
その時、入り口から声がしたかと思うとコルリスが慌てた様子で駆け込んできた。
「コルリス、よかった無事だったのね」
「私はなんともない。それよりヨルの方こそ――腕とか大変なことに」
コルリスは目に涙を浮かべながらヨル近くまで来て、肩に優しく手をおいて怪我の具合を心配する。
「もう治ったわ」
ヨルは布団から腕を出してコルリスに見せる。
腕と太ももに包帯のようなものが巻かれており、血が滲み黒く染みてしまっているが怪我はすっかり治ってしまっていた。
「そんな……あんな重傷だったのに」
『アネさん、コルリスさんはあれからすぐに戻ってきてくれやして……その』
「あー……デカイ状態を見られちゃったわけね」
サタナキアの一言を聞いて、ヨルはどうしてこのような祭壇で寝かされていたのか、コプルスさんがあんな態度だったのかが腑に落ちた。
彼らは初めから何故かヨルのことを自らが崇めている神ではないかと確信していたのは、昨日の夕食時の態度からも明らかだった。
(私のことをどうやって認識したのか解らないけれど、種族的な何かなのかな)
あの時、コルリスは家族や仲間に危険を伝えミルスと祖母を避難させた後、母コプルスにその場を任せ、少しでも戦力になるのならばとヨルのもとに戻ったのだった。
しかし、先程の場所まで戻ってくると、そこには崩れた岩の塊となったペトラドラゴンの残骸と、大悪魔サタナキア。
そしてその大悪魔が大事そうに手で抱えている気絶したヨルの姿を見て、コルリスは最初新たな敵だと思い攻撃を加えようとした。だがすぐ後ろにいた父親のカムプスさんがもしやと思いコルリスを止めたそうだ。
その後はサタナキアが戦いの状況を説明し、今に至るそうだ。
「ぷーちゃん、なんて言って説明したの」
ヨルがジト目でサタナキアを見つめると、あからさまに目を逸らす。
エルフの人たちの様子を考えるに、ありえないくらい誇張して説明されたような気がしてしようがないヨル。
その事実にヨルは恥ずかしいやら、申し訳ないやらで再び布団に潜りたくなる。
なお、その話を聞いている最中にもヨルの寝かされていた部屋に続々とエルフの住人が入ってきて、平伏した後に並んで座ってゆく。
――コルリスだけヨルへの態度が変わらないのは、その方がヨルも安心するだろうと思ったからとのことだ。
「おねーちゃん!」
「あっ、ミルス!」
その時、父親のカムプスさんに抱かれたミルスがやってきて、ヨルの姿を見て飛びついてきた。
「ミルス、無事でよかった」
カムプスさんはオロオロしているが、ヨルはそんなこと気にしていない。
すっかり治っている手でミルスを撫でてやると、ふにゃっと笑顔になりヨルの布団にぺたんと座る。
「えっと、聞きたいことがいくつかあるんですが」
「はい、なんでもお聞きください」
「あのペトラドラゴンなんですが、今までも現れた事があるのですか?」
「過去に二度ほど……と記憶にあります」
ヨルの質問に答えてたのは集まっている人の中で一番年上だという老エルフ。
「――じゃあ今回のも偶然だったのね」
(よかった、私のせいじゃなくて)
「一度目は我々の半数以上が天に召されましたそうです。二度目は私が幼少の頃でしたが、その時は住んでいた家が崩落し今この場所に移り住んだのです」
ゆっくりと丁寧に説明をしてくれるその老エルフはこの村の長老的な立場だそうだ。
(まさに生き字引かーー何歳ぐらいなんだろうな)
「でも倒せてよかった……みんな無事だったし」
「私共からも、その、不埒な事やもしれませんが、お伺いしてもよろしいでしょうか」
ヨルはカムプスさんからの質問に「どうぞ」と答えるが、なにを聞かれるかは判っていた。
「ヨル様は、大地神ヨルズ様なのでしょうか」
ヨルはやっぱりかと思いながら、小さくはぁと息をついて、目を閉じる。
(一宿一飯の恩義と、昔のこともあるしなぁ……)
少し悩んだがヨルは事実をエルフ達に伝えることにした。
「確かに私は遥か昔、ヨルズと呼ばれていました」
住人から「おぉっ」と感嘆と驚愕が混じった声が上がりざわめき出す。
しかしヨルが続けて話そうと口を少し開いた瞬間、ピタリと静かになる。
「でも今は、ただのセリアンスロープです。あの頃の力もありませんし、人探しの旅の途中に通りがかっただけです」
ヨルはそこまで言い、改めて集まっている人たちを見回す。
ざっと四十人程度。
六家族ほどが住んでいると言っていたので、ほぼ全員集まっているのだろう。
「この地で暴れていた悪魔サタナキアを退治したのは覚えています。今は眷属として私に仕えてくれています」
サタナキアの首を猫のように掴んで持ち上げてみんなに見せる。
「おぉ、あれがヨルズ様の――」
「なんと猛々しい」
「――かわいい」
(……可愛い?)
サタナキアは「ふふん」というような表情で、吊り下げられたまま踏ん反り返っている。
「皆さんがこの場所で住んでいる理由も、昨夜聞きました。でも、ごめんなさい。今の私ではなんの力にもなれなくて……」
「ヨル様! ヨル様が御心を痛められる事などありません。この地にお越しになり、再び我々を救ってくださった。それだけで我々はこの先も誇りを胸にこの地で暮らしていけます!」
涙を流しながらそう語るカムプスさんが頭を下げ、それに合わせて集まっているエルフ全員が頭を下げる。
「えぇっと、じゃあそういう事なんで、この話はこれで終わりっ! あとは今まで通りでお話ししましょう」
ヨルはついに恥ずかしさとむず痒さに耐えられなくなった。
「おねーちゃん、今日も泊まってくれるの?」
ミルスが袖に抱きつきながらそんなことを聞いてくる。
「ご迷惑で無ければ体調が戻るまでゆっくりお過ごし下さい」
「じゃあ、今夜もう一晩だけ泊まって行こうかな」
ヨルはミルスの頭を優しく撫でながら微笑んだ。
――――――――――――――――――――
「ヨル」
「なぁに?コルリス」
ヨルは昨夜もお世話になったコルリスの部屋で並んで布団に入っていた。
ヨルとコルリスの間ではミルスがすやすやと眠っており、仄かに灯るランタンの光が三人の顔を照らし出していた。
「私も、しばらくしたら街に出てみようと思う」
「そっか」
「村では、今は私が一番弓がうまくて強いんだ。でもあのドラゴンには手も足も出なくて逃げることしかできなかった」
コルリスが声に悔しさを滲ませながらポツリポツリと語る。
「今回ヨルに助けられて、改めて実感した。私はもっと強くなりたいって」
「それで街に?」
「魔獣と戦うことを生業としてる組織があると聞いたのだが」
「冒険者ギルドね」
「それだ。そこに入って力をつけたいと思うんだ」
「ミルスは心配しない?」
「そうだな……だから一年とか区切りをつけて、ここには必ず戻ってきたい」
ヨルはもう一度相槌を打って、枕元の巾着から便箋を取り出す。
そして枕を胸の下に入れてうつ伏せになって筆を走らせる。
「これ、もしガルムの街に行くなら、冒険者ギルドに見せてみて。効果は無いかもしれないけど私からの紹介状」
紹介状なんて意味がないかもしれないが、あのインテリメガネ殿はヴェルに対してトラウマがあるし、ヨルとヴェルが知り合いだと知っている。
そのため、口利きぐらいはしてくれるだろうと思ってのことだった。
「ありがとう」
コルリスは手紙を受け取り大事そうに枕元の箱にしまう。
「じゃあ明日は早い目に出るから、そろそろ寝るわね」
「あぁ、おやすみ」
結局、明日から住人総出でペトラドラゴンの素材解体をすることになった。ヨルが解体と運搬を手伝うと申し出たのだが、手を煩わせるわけにはいかないと、全員に断られてしまった。
ヨルが預かっていた素材は、後日まとめて売りに行くことにしたそうだ。
――――――――――――――――――――
「じゃ、お世話になりました!」
「ヨル様、本当にあの竜の素材をお持ちにならなくてもよろしいのですか?」
結局“ヨル様“呼びは直らなくなってしまったカムプスさんに「生活の足しに」と断った。その身体が
「ヨル、次はもっと強くなってるから」
「おねーちゃん、また遊びにきてね! ぜったいだよ!」
「いつになるか判らないけど、帰りに立ち寄ります」
ヨルはすっかり懐いてしまったミルスの頭を撫でながら返事をする。ミルスの前髪にはヨルが渡した髪留めが光っていた。
「ぷーちゃんもまたね!」
『おう、とーちゃんと、かーちゃんの言うことちゃんと聞いて良い子にするんだぞ』
サタナキアとミルスもいつの間にか仲良くなっていた。
少し前のヨルなら「置いて行こうか?」などと言っていたかもしれないが、今回の戦いですっかりそんな気持ちは無くなってしまっていた。
「ヨル様、住民一同いつでも歓迎致しますので、ぜひまたお越し下さい」
勢揃いした住人の皆さんが頭を下げるので、ヨルも反射的に礼をする。
「こちらこそお世話になりました、また遊びにきます」
――――――――――――――――――――
山の上から見る大空は冬空の様相を呈していた。
肌寒い風が吹き、山肌を撫でる。
麓には少し茶色に色付いてきた草原が広がっている。
岩山の稜線まで戻り、振り返ってエルフたちの住まいがあった付近を見下ろす。
「さーてと、寄り道しちゃったけど行きますか」
『へい!承知しやした!』
そしてヨルはリュックの肩紐を握り、ニザルフの街に向けて再び歩き出した。
――――――――――――――――――――
次回から新章です
2章の人物紹介
■ヨル・ノトー
種族:セリアンスロープ
桃色の髪でショートカット。猫耳としっぽがチャームポイント。
尻尾の先には父にもらったリボンを結んでいる。
最近ストレスのせいか、尻尾の毛並みがよろしくない。
・武器 [ヴェントゥス・グローブ]
・防具[春を感じる苺のイヤリング]
・防具[にゃんこのチョーカー]
・防具[ピンクブロッサム・ベルト(黒)]
・防具[進む道を見つめるモノ]
・防具[ブーツ/鹵獲品]
■プート・サタナキア / ぷーちゃん
バフォメットとも呼ばれ崇拝されている神であり悪魔。
山羊のような頭部に筋肉質の体躯で背には黒い皮の翼を持っている。
ヨルと運命的な再開を果たした後、警報人形と化している。
ヨルに殴られるのを喜んでいる疑惑が確信に変わっている。
■ヴェル・メイフラワー / ゲイラヴォル
種族:神族
魔猫屋の店主。見た目は十歳ぐらいの少女で巨乳。猫かぶりが酷い。
その正体はヴァルキュリア(ワルキューレ)という戦いの女神の一人。
ヨルを探すためガラムの街を作ったが、ヨルに会えたことで神界に帰って行った。
■コルリス
種族:黒エルフ
エルフだが大地神を信仰する一族でニザフル山脈の隠れ里に住む。
黒髪ロングの美人系の女性。
出会い頭にヨルのポロリを目撃した。
■コプルス
種族:黒エルフ
コルリスの母。ほんわかした美人。
■カムプス
種族:黒エルフ
コルリスの父。やたらと涙を流す。
■ミルス
種族:黒エルフ
コルリスの妹。ヨルによく懐いている。かわいい。
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