第32話-信仰するモノ

「ヨル、食事できたよ」


「……ふぁい」



 コルリスの声に、完全に寝ぼけた声で反応をするヨル。眠い目を擦り辺りを見回すとすっかり日が暮れて室内には所々ランタンやランプが灯されており、ほんのりオレンジ色の光で満たされていた。



「よく寝ていたね。猫みたいな寝相だった」


「ごめんね、お手伝いもせずに」


 ヨルは目をむにむにと擦りながら起き上がり髪を手櫛で整える。


「お客さんだからね、気にしないで」


「あ、揺れてる気がする」


 その時低い地鳴りのような音が聞こえ、身体にも揺れが伝わってくる。


「最近、少し地震が多いんだ」


「そうなんだ、大きい地震とか来ないといいけれど」



 食事の前にサタナキアに声をかけるが『あっしはこちらでお待ちしておりますんで、楽しんできてくだせえ』とリュックの隣に座り込んだ。

 二人でリビングに向かうと、コプルスさん以外に父親のような人と小さな子供が車座に座って鍋や料理を囲んでいた。



「ヨルさん、よく寝れましたか?」


 コプルスさんがにっこりと微笑んで自分の隣に座りなさいと案内してくれたので、そこに腰をおろす。


「ここにお客人なんて本当に久しぶりだ。家長のカムプスです。何もないが今夜はゆっくりとして行ってください」


「ヨルと言います。お世話になります」


「ヨル、この子は妹のミルスよ。ほらご挨拶は?」


「はっ、はじめまして。ミルスです。七歳です」


「はじめまして。ヨルって言います。よろしくね」


 少し手を振りながら挨拶を返してあげるとミルスは照れたように笑う。


「この鳥肉、ヨルさんが取ってくれたんですよ」


「そうか、それはありがたく頂こう!」


 カムプスさんが祈りを捧げて、全員揃って食事を始める。


(あれ? 今呼ばれた?)


 祈りの言葉の最中に呼ばれた気がしたが、客人の名も含めて祈っているのだろうと、ヨルも手を合わせ見様見真似で祈る。


 母親のコプルスさんが作ってくれた、鳥肉を煮た鍋は塩と胡椒の味付けでシンプルなものだったが、一緒に煮込まれている鳥骨や野菜と合わさりとても繊細な味だった。




「おねーちゃんは猫さんなの?」


 食事中、時折ゆらゆらと揺れていた尻尾が気になって仕方がないとチラチラと視線を送っていたミルスだったが、食事が終わってついに我慢できなくなったのか、そんな事をヨルに尋ねる。


「こら、ミルス」


 父親が止めようとするがヨルは「いいですよ」と遮る。


「私は猫のセリアンスロープだよ。耳と尻尾、どう?」


「とってもかわいい! そのリボンもすてき!」


「ふふっ、ありがとう。触ってみる?」


「いいの!?」


 ぱぁっと顔を綻ばせ、ミルスが隣にちょこんと座り、恐る恐る尻尾に手を伸ばしてくる。ヨルは少し悪戯っ子のような笑顔で、ミルスの小さい手が尻尾に触れそうになる瞬間にピクッンと動かす。


「わあっ、びっくりした」


「あは、ごめんごめん、どうぞ」


 今度は大人しく触らせてあげると、ミルスはサワサワと触りはじめる。


「すごいねー猫さんの尻尾にそっくりー。あったかいー」


「ミルスのその髪も耳も可愛いよ」


「えへへ、ありがとう」


 ミルスは耳をピクピクと動かしながら照れて顔を綻ばせる。


「みなさんはやっぱりエルフなんですか?」


 聞いて良いのか悩んだヨルだったが、相手に興味を示さないのも申し訳ないと思って気になっていた事を正直に聞いてみることにした。




「そうですね、大枠では我々はエルフです」


 やはりエルフなのかとヨルは少し感動する。知識としては知っていたが、こうやって会うのは初めてだった。


「ミルスの耳も触って良い?」


「いいよー」


 両手でミルスの耳をむにむに触る。なるほど耳が長い。そして動く。ヨルの頭に付いている猫耳も動くが、セリアンスロープの顔についている耳は殆ど人が形だけで機能は退化してるそうだ。


「あははっお姉ちゃん、くすぐったいー」


 そんな二人の様子を微笑ましく眺めながらカムプスさんが語る。


「基本的にエルフ族は風神の仔と言われ、風神シルフィード様を祀っています。しかし我々は大地神ヨルズ様を祀っているのです」




「――えっ?」




 一瞬カムプスさんの言葉に耳を疑ったが、どうやら本当らしい。風神の仔と呼ばれるエルフ族の中で、彼らだけは先祖代々大地神を祀っているそうだ。


「そ、それが原因でこの山に……?」


 もし彼らがこの地に追いやられたことに、少しでも自分が関わっていたらどうしようとヨルは不安になり、恐る恐る尋ねる。


「そう言う者も居ますが実際には逆なのです。我々の祖先が大地神様に少しでもお近づきになりたいと、自分たちでこの地に移り住んだと聞いております」


「おとーさんのお話、むずかしい」


 ミルスは少し拗ねたように、ヨルの膝の上に頭を置いて仔猫のようにゴロゴロしている。その目は少しトロンとしておりそろそろ寝てしまいそうだ。


 ヨルはミルスの頭を優しく撫でながら、カムプスさんの話に耳を傾ける。



 ――――――――――――――――――――



 口伝ですが。とカムプスさんが説明してくれた話によると、彼らの祖先は大地神の加護に少しでも近づきたいとこの山に移り住んだ。

 その原因は大昔の地殻大変動。おおよそ二千五百年前に大地震が起き、平原一帯が隆起してこの山脈ができたそうだ。


 それまで平原で暮らしていた彼らは、他のエルフたちからは仲間ではないと迫害されていた。

 しかしそんな時、突然出来上がったこの山脈を大地神からのお導きだと思い、我先にとこの山に移り住んだそうだ。




(あーなるほど。あれのせいか)




 ヨルは床で頭を抱えて転げ回りたくなるのをグッと我慢する。

 ――あの時怒りに任せ大陸を破壊してしまった影響なのは間違いなかった。


(みんなごめん、祝福でもなんでもなくて、ごめん)


 もうだいぶ昔のことなので心の中で謝っておく。





「そもそも、どうして大地神を崇めることになったんですか?」


 そこがわからないと、ヨルは伏せ目がちにカムプスさんに尋ねる。


「言い伝えですが、この岩の山脈が出来る更に昔、我々一族が住んでいた平原に一匹の大悪魔が現れたそうです。風神様も力付き、我々の操る魔法では太刀打ちできず、いよいよエルフ族も終わりかと言うことがあったそうです」


(――ん?)


「その時、天より大地神様が顕現なされ、その大悪魔を討ち滅ぼし我々を救ってくださった。それから我々は大地神様を祀るようになりました」





(…………あぁぁぁっっ! あの時か――――!!)


 ヨルの脳内ですべてのピースが合わさった気がした。

 その原因は、隣の部屋でヨルのリュックを枕にして寝転がっている。




「それから数千年、世代を重ねるごとに徐々に人数が減ってしまいましたが、今も変わらず我々はここで平和に幸せに暮らしております」

 



 ――――――――――――――――――――




「ヨルさんは山を抜けてニザルフまで向かわれると伺ったのですが」


「ええ、そこが目的地じゃないんですけれど」


「お邪魔じゃなければコルリスを道案内で連れて行ってくれませんか?」


 家長のカムプスさんが、母のコプルスさんと頷き合いながら言う。


「お父さん?」


「私は良いですが」


「そろそろ素材も売りたいから、どのみち街に行かねばならん。ヨルさんが居れば安心できます」


 彼らは時たまニザルフへ素材などを売りに行き、生活に必要な物を買いに行くそうだ。普段はカムプスさんたち男衆が向かうのだが、そろそろコルリスにも街を見せてあげたいと言う。


 ヨルは快く返事をし、コルリスもあまり表情は変わらなかったが、嬉しそうな声色で「明日の準備をしてくる」と部屋に戻っていった。


 ミルスは既にヨルの膝の上で眠ってしまっている。


「では明日も早いので、私もそろそろ」


 ヨルはミルスを起こさないようそっとコプルスさんに渡し、その場を立つ。






「――この地においで下さり、誠にありがとうございます」





 振り返るとカムプスさんは頭を床につけ、コプルスさんもミルスを抱いたまま床に両膝をついて目を伏せていた。


 二人の表情はヨルからは見えなかったが、声色からなんとなく想像できた。


「……私はただのセリアンスロープの旅人ですよ?」



 所詮、その通りだ。



「それでも、ありがとうございます」



 ――――――――――――――――――――



 まさかの事実だった。

 あの時たしかにシルフィちゃんが大変だと聞いて飛んで行ったことがあった。


「ぷーちゃん」


『なんですかい? アネさん』


「昔、私がぷーちゃんを倒した時のこと覚えてる?」


 あまり思い出したくない気がするんだけど、一応聞いておこうと思う。


『へい、一時も忘れたことはありやせん。あの衝撃は未だに忘れられやせん』


「あまり覚えていないんだけどさ、私何か言ってた?」


『確か――


 "我は大地神ヨルズ! 悪魔よ、我が怒りの鉄拳を喰らいなさい!"


 ――と、仰ってやした』



 うわぁぁー恥ずかしい恥ずかしい!

 まるで厨二病のノートを朗読されている気分だよ!



『その直後、地面の至るところから槍が突き出し、上空からのアネさんのカカト落としで呆気なく……』



 しかも鉄拳じゃないし!



「そ、そう。ありがとう」


 まさかぷーちゃんが原因で、ここのエルフたちはヨルズを信仰し始め、あの大陸爆砕事件でこの山に住むようになったなんて……。


 ――完全に私のせいじゃん!




「むぅ……」


『どうかしやしたか?』


「いえ、なんでもないわ」




「ぷーちゃんと話していたのか。声が聞こえると思ったのだが」


 振り返ると、荷物を持ったコルリスが部屋の入り口に立っていた。


「大した話じゃないわ、それより明日早いんでしょ? そろそろ寝ましょうか」


「あぁ、そうだな」


 私のことにカムプスさんとコプルスさんがどうして気付いたのか判らない。

 でもヴェルもぷーちゃんも気づいたし、何か感じるものがあったのだろうか。


 コルリスは気付いて無さそうだし、まぁいいっか。

 結局、色々な事は棚に上げておき、今日は寝てしまうことにした。

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