第28話-別れと別れ
雷属性の上級魔法を纏ったヨル一撃は、ヴェルの空間の一部をめちゃくちゃに破壊する威力があった。
近くでヴェルが居なかったらサタナキアもこの世から消えていただろう。文字通り必殺の一撃となる技だったが、ヨルだけでは魔力の供給が追いつかない。
「これ、街中で使ったらどれぐらい被害がでそう?」
「うーんと……このガラムの街なら四分の一ぐらいが壊滅するかな☆」
ヨルはこの技をあっさりお蔵入りにすることにした。
――――――――――――――――――――
「じゃ、ヴェル、色々とありがとね」
そう言ってヨルは魔猫屋の店主に改めて礼を言う。
「いーのよ、戦友でしょ私たち」
その風貌に似合わない口調でヴェルはにっこりと笑い、小さな手を差し出しす。
ヨルもその手を取り握手をする。
「あ、そーだ、鑑定で預かっていた魔石だけど」
「ん?」
魔石なんて預けたかなと思うヨルだったが、盗賊団から巻き上げたアイテムの中にあったアレかなと思い至る。
「少し加工してあるから、いよいよヤバイ時は使ってみて」
どういう意味か判らず、ヨルは巾着に手を突っ込みその魔石とやらを取り出す。
皮袋に入れられていたその魔石は研磨されたのか、綺麗な拳大のガラス玉のようになっていた。それが五個、革袋に収められていた。
「私の神力を封入してみた☆」
「ちょっと、なんてことを!」
神が持つ神力は本人が必要と認めたとき以外は利用してはならない。確かそんな制約があったはずだとヨルは思い出す。
「いーのいーの。もしそれが無かったせいでヨルちゃんの身に何かあったら、私が大変なことになっちゃう」
「それはわかったけど、これどうやって使うの?」
「初めて作ってみたから、わかんない☆」
あんまりであった。
ヴェルが言うには、一つで簡単な神法を一回使う程度の神力が封入されているそうだ。
神力の特性上、体内に取り込めば発動するはず。
「でも、体内に取り込んだらすぐに神法を発動させないと爆発しちゃうかも?」
「この私の拳より大きいものをどうやって体内に取り込めと……?」
「……ええっと、お口から? ごっくんって?」
ヴェルが口をあーんと開けて可愛く言うが、口内に押し込んだとしても、喉を通らない。
しかも爆発するかもしれないというのは、はっきり言ってリスキーすぎるアイテムだった。
ただ、ヨルは神力が
何しろ人の身で神の力を行使できるのだ。
(でも、こんなの顎を外しても入らないよ……むりむり)
「巾着の肥料と思って預かっておくわ」
「あと、店の中のものは好きにしていいよ☆ 次戻ってくるときには近くに
ヴェルは魔猫屋をこのままに、ヨルを見つけた報告に行くとのこと。
時間のズレが激しいため、こちらに戻るのは一年ぐらい後になるとのことだった。
――――――――――――――――――――
翌日。
「すいません、アルは二階にいますか?」
傭兵ギルドの受付ロビー。
アルが勧めてくれた肉料理のお店でお昼を一緒にするという約束があったので、いつもより朝食を少なめにしていたため、既にお腹が減ってきた。
前に来たときより混んでいる気がするロビーを見回し、私は手の空いてそうな職員さんを見つける。
「アルというのはどなたのことでしょうか?」
え? なんだっけ名前。
「えっと、アル――なんだったっけ……。ある、あるべ……アルフォズルだ」
「アルフォズル様ですね、少々おまちください」
よかった、合ってた。
普段からアルとしか呼んでいなかったかので、思い出すのに苦労した。
窓口の職員はペラペラとノートを開きページを捲ってゆく。恐らくギルドメンバーどこで何をしているのかが記載されているのだろう。
「アルフォズル様でしたら、昨日この街を出立されておりますね」
えっ?
確か昨日、暫くはこの町に滞在するといっていなかったっけ。
というか、そもそも今日のお昼も約束していたんだけど――どういうこと?
「失礼ですが、ヨル・ノトー様でしょうか?」
「あっ、そうです」
そういえば出してなかったなーと思い出し、胸ポケットからメンバー証を取り出しカウンターに出して職員に見せた。
「アルフォズル様から伝言をお預かりしております」
「伝言……?」
そう言って一通の手紙を渡されたので、カウンターの職員さんに礼を言ってからロビーの椅子に座り手紙を開く。
――――――――――――――――――――
親愛なるヨルへ
急に国に戻ることになりました。
挨拶も出来ずにすいません。
最近すこし肌寒くなってきましたので、世話をしていた近所の野良猫が隙間風で震えていないか心配です。
ヨルも体調には気をつけてください。
またどこかでお会いしましょう。
アルフォズルより
――――――――――――――――――――
なにこれ……?
そこには、急用ができてこの街を出立する旨が書かれていた。
アルとは何回か共闘をして、食事を一緒に取った事があるだけだ。はっきりとは言い切れないが、こんな内容の手紙を出す性格とは思えない。
(というか、コレは手紙じゃなくてもっと他の……)
「ヨル」
手紙を封筒に戻し、リュックに入れたところで地下から上がってきたギルドマスターのアドルフさんが声をかけてきた。
「――昨夜の野良猫の話、聞いたか?」
アドルフさんは視線で周りを見回すようにしながら、まったく心当たりの無い質問をしてきた。
アルの手紙以上に違和感しか無い。
手紙にも野良猫がどうとかと書かれていたので、関連する話だろうと思う。
だけど――
嫌な予感しかしないので「はい」とだけ返事をするとアドルフさんは「そうか」と一言だけ答え、顎に手を当て何かを考えつつ口を開いた。
「それで、明日の夕暮れ前には北のウプサラまで向かうと行っていたが、今から買い出しか?」
――当然アドルフさんにはそんな話をした事がない。
「――えぇ。今日のうちに荷物を用意をして、今夜一晩の宿を探すつもりです」
なので、適当に話をでっち上げてみる。
「この辺りや北町の宿はもう埋まっている時期だぞ。今夜は寒くなるだろうし、地下の訓練所で一晩中汗をかいている方がマシだぞ」
「考えておきます」
「あぁ、では、またな」
アドルフさんはそう言いながら二階に上がっていった。
その後ろ姿を眺めつつ考える。
(――誰かに、ヴェルあたりに相談すべきかな……いや、もう居ないんだった)
自分で考えてから即座に否定する。何がどうなっているか分からないのに下手に動くのは危険だ。リュックから手紙をもう一度取り出し、メガネをかけてから文面に目を通す。
(野良猫の世話……ねぇ)
手紙を折り畳みリュックに戻し、キョロキョロと周りを見回してから、カウンターの職員に話しかける。
「訓練所、いま混んでます? すこし体動かしたいんですが」
「今は誰も使っていないと思います。清掃も先ほど終わってますのでいつでも使えますよ」
「わかりました、ありがとうございます」
職員に礼を言ってから私は地下に降りる階段に向かった。
――――――――――――――――――――
「――『
階段の踊り場を曲がった直後、ヨルはメガネに付与された魔法を発動する。
するとすぅっと姿が消えるようにヨルの存在感が極限まで薄くなる。
(さっきアドルフさんは地下から上がってきた――それに"訓練でもしておけ"と言っていた)
何かがあるはずだと、辺りを警戒しながら地下訓練所に向かうヨル。
だが誰にもすれ違わず、気配を探るが何も感じられなかった。
「周辺を警戒」
それだけ呟くと、リュックのサタナキアがモゾっと動き"了解"の意をヨルに伝える。
(さて……)
広いグラウンドの端で見渡すが何も見えない。木剣やら丸太などが
(掃除も終わってます――か)
ヨルは天井付近の梁目掛けて跳躍し、音も立てずに着地する。
そこからグラウンドを見下ろすと、散らばっていた武器類が一つの方向を指していた。
――――――――――――――――――――
ヨルは矢印で示されている方にある壁に近づき、石の隙間に紙切れが挟んであるのを見つけた。
『訪れた門から出ろ』
それだけが書かれていたメモだった。
誰が書いたもので、誰宛なのか、どういう意味なのか。
とにかく面倒なことになっているのは確かだった。
「はぁ……」
ヨルは短く息を吐くと、そのメモをクシャッと丸め、ポケットに突っ込んだ。
――――――――――――――――――――
――カランカラン
「いらっしゃーーあれ? ヨルちゃんどうしたの?」
「すいません、ちょっと忘れ物をしたみたいで」
私はモルフェ亭の女将さんに忘れ物をしたと言って、掃除したばかりの部屋に入れてもらった。
(……壁かな)
隙間風、野良猫……。アルの手紙に書かれていた一文。
"世話をしていた近所の野良猫が隙間風で震えていないか心配です"
隙間風ということは何処かの部屋だろう。
仮に「野良猫」が私のことを指しているのなら、泊まっていたこの部屋しか思い浮かばなかった。
私、野良じゃないんだけど
最初は、アルが部屋を借りていると言っていた北町の教会かと思った。
だけど、ギルドマスターのアドルフさんが「あの辺りの宿は埋まっている」とわざわざ言っていたため、近づかないことにした。
ざっと部屋の壁を調べてみても何も見当たらない。
(……あの時アルはずっとデスクの椅子に座っていた)
デスクの下に潜り込み、床を調べてみてなにもないことを確認。
四つん這いの体勢のまま壁に目を向けると、視界の端に紙切れが挟まっているのが見えた。
(分かりにくい!)
私はその手紙を胸ポケットにしまい、女将さんに「忘れ物はなかった」とお礼を伝えて宿をあとにした。
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