2章 ― 信仰するモノ

第25話-また一難

「お、ヨルじゃないか」


 店を出たヨルに声をかけたのは、久しぶりに会った気がするアルフォズルこと"アル"だった。今日は先日とは違い鎧を身に着けて入るが、何処か疲れ切った表情だった。


「アル、どうしたの」


「特に用はないんだが、見知った尻尾が見えたもんで」


 ヨルが「そっか」と言いいかけたところで、お腹がきゅうっと音を立てた。


「――っ」


「なんだ、昼飯前か? 俺も飯なんだが一緒に行くか?」


 ヨルも断る理由もなく、この街に来てからバタバタしており、あまり店も知らないのでアルのオススメの店を尋ねる。


「んーそうだなー。いろいろな種類があるレストランと、肉料理がうまいところがあるがどっちが良い?」


――――――――――――――――――――


 連れられてきたのは傭兵ギルドの近くにあるレストランで、通りから一本裏に入っており落ち着いた雰囲気の外観だった。


 アルの提案してくれた店はどちらも捨てがたく、ヨルは数分悩んだ挙げ句「どういう食べ物があるのか色々見てみたい」という理由からこの店に決め、肉料理の店は明日の昼にでも行こうという話になった。




 ――カラン


 店の扉を開けると、肉の焼けるスパイシーな匂いが漂っており二人の空腹を刺激する。

 昼下がりということもあり、店内にてお客さんの姿はまばらだったので、窓際の日当たりの良い席に座る。


「アル、オススメとかあるの?」


「んーそうだな。やっぱステーキかなー」


「お肉かー」


「なんだ、やっぱりヨルは魚の方が好きなのか?」


 悪気のない顔でヨルにそんなことを聞くアル。彼の中では「猫は魚が好き」という構図が出来上がっているのだろう。


「魚はほとんど食べたことないわねー村も森の中だし」


「あぁ、なるほど、じゃあ焼き魚とかどうだ?」


 この街から北に向かったところに大きな河があるらしく、そこで川魚の養殖が行われているとのことだ。ヨル自身は魚は食べたことないが、前は魚を食べていたことはあるし、どんなものかは知っている。


 色々とメニューを眺めた挙げ句、ヨルは結局シチューとパンにサラダという、朝と変わらないものを注文した。


「アルはずっとこの街に?」


「そうだなー。この街に来てもうすぐ一年になるんだが、そろそろ移ろうかなと思ってる」


 ヨルは自分で聞いておいて、アルの素性をほとんど知らないことに気づいた。どうやら貴族らしいというのは聞いていたが、なぜ傭兵をしてるのかなど、どこまで内情に踏み込んでいいのかわからなかった。


(聞けば普通に話してくれそうだけど)


 そんなことを考えているうちに料理が運ばれてきた。アルはすごいボリュームのステーキにパン。ヨルはビーフシチューのような色をした大皿スープで、かなり食べ応えがありそうだった。





「いただきます」


「前も言っていたが、それ何かの祈りなのか?」


「……そんなとこ。作ってくれた人への感謝とかも含めてね」


「へー。いただきます」


 アルは食べ始めていたがナイフとフォークを置いて手を合わせて真似をする。そんなアルを見つつ、ヨルもシチューをスプーンですくう。トマトをベースにしたような感じで野菜たっぷりのシチューだが、お肉もごろごろ入っていて、スパイスの香りもあり食欲をそそる匂いがヨルの食欲を刺激する。


 ヨルはスープを一口食べ、パンをちぎって口に入れる。このパンも焼き立てでもちもちしておりスープによく合う歯応えだった。


「――おいしい」


 一言だけ言ってから黙々と食べ続ける。アルも向かいで黙々とステーキを切っては口に入れ、時たまパンを食べる。を繰り返している。

 まだ街の値段の基準というものを理解していないヨルだったが、それでもこの値段で、この量と味なら人気が出るだろうと思う。





「ふぅ〜食った食った」


 ヨルは手を合わせ「ご馳走様でした」というと、アルも真似をする。二人とも結局ペロリと平らげてデザートにメロンのようなフルーツも追加で注文し、食後のお茶を楽しんだ。


「それで、アルは何か目的があるの? 色々な街をお忍びで回っているようだけど」


 ヨルがそう切り込むとアルは一瞬考え込むような素振りを見せ、お茶を飲んでから周りに聞こえないように声のトーンを落とし、ヨルの耳に顔を近づけて口を開いた。





「実は勇者を探している――」


「――!?」


 ヨルが最初に思ったことは「顔近い!」「耳はそこじゃなくて頭上の方」つぎに「あ、肌が綺麗さすが貴族」最後に「あんた突然何言ってるの!?」である。


「勇者を――」


「あぁ、俺の国はこの"ヴェリール大陸"から西に行った"アーガルズ大陸"の"ビフレスト"という国の王都なんだが、教会に神の啓示があってな」


「ちょっとまって、ストップ!」


 あまりにもヤバそうな話が始まったのでヨルは思わずアルの口を塞ぐ。


「モガー」


「そんなヤバい話、こんなところですると危ないでしょ?」


「……ま、まぁそうなんだけどな」


 アルは頬を掻きながら明後日の方を見やる。勇者云々だけなら与太話で済むだろうが、他の国の名前やら、その国最大勢力の教会の名前やらが出る話をしていい場所ではない。

 この街は比較的穏やかというか、大樹海が近いため政治より戦闘という感じであまり政治的な話は聞こえてこない。それでも、どこに危険な人物に繋がる間者の耳があるのかわからないのだ。




「じゃあ、アルの部屋か私の部屋以外に密談に向いている部屋ってある?」


 別にこの話はここで終わりと言って「また明日」と別れてしまうのが手っ取り早かったが、“勇者”と聞いて無視することはできなかった。


「ギルマスの部屋とかでも良いが」


(アドルフさんなら、アルの事情は知っているだろうから、ある意味安全だけど……でも)


 それでもその話をし始めるとヨルの話もある程度しなければならなくなる可能性がある。人に言うわけにはいかないというほど、秘密ではないのだが、自分からおいそれと言いふらす訳にはいかないのだった。


(となると……)


「しょうがない、じゃあ私かアルの部屋で」


「オッケー、でも俺の部屋遠いからヨルの部屋でいいか?」


「じゃあ私の部屋で。モルフェ亭」


 良いところに泊まってるなと言うアルの部屋は、なんと中央部通りの反対側にある教会に部屋を借りてるとのことだった。


(こいつ、教会の関係者なのか)



――――――――――――――――――――



 ――カランカラン


「いらっしゃ、あらヨルさんおかえりなさい」


「少し部屋に居てますね」


「おじゃまします」


 ヨルの後ろから入ってきたアルを見て口にそっと手をあて女将さんが驚いた表情をする。


「あら、あらあら! 二階は全て掃除終わってるのでごゆっくりー」


 ほんわかとした顔でとんでも無く勘違いしたことを言う女将さん。


「違いますから――!」


 アルと二人で部屋に入る。アルを先に案内してから部屋に入ったヨルはリュックを開ける。


「ぷーちゃん、監視お願い」


『へい お任せくだせえ』


「な、なんだそれ、テイムした魔獣か?」


 ヨルの一言でリュックから出て素早くアルに近づくサタナキア。その目はすでに敵を目の前にした猛獣のようになっていた。


『おぅ、にーさん、アネさんに少しでも触れるんじゃねえぞ。部屋の匂いもそれ以上嗅ぐんじゃねぇ! アネさんの香りはこの――――おぶっ』


「そっちじゃない、あと気持ち悪い」


 ヨルは背後からサタナキアをつかむと扉の方に放り投げる。

 ドスンと扉にぶつかり脇に置いてあるゴミ箱に落ちるサタナキアを横目で見ながらヨルは続ける。


「まぁ従魔というかペットというかそんな感じ」


「お、おう、そうか。最近の従魔は喋ったりするんだな! さすがヨル凄いなおまえ!」


 ぱぁっと顔を綻ばせて笑うアルだが、その視線はゴミ箱から悲しそうに二人を見ているサタナキアに釘付けだった。


「あげようか?」


「いいのか!?」


『――!?』


 あのサイズとはいえ、悪魔のくせに膝から崩れ落ち、この世の終わりのような顔をしているのを目撃したヨルは「やっぱダメ」と言いつつ、アルをデスクの椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛ける。


 サタナキアは何を勘違いしたのか、昇天しそうな顔で目と口からいろんな汁を出していたのだが、ゴミ箱でよかったと心の底から思うヨルだった。


――――――――――――――――――――


「で、勇者ってどうゆうことよ、未曾有の災害でも起きるって言うの?」


 確かにこの世界には度々勇者と呼ばれるものが存在していた。悪魔の大侵略であったり、人が大量死してしまう疫病であったり、大災害であったり、時代の危機に際して教会に信託が下ると言われているのだ。





(――でも、あれってあいつらが暇つぶしに遊んでるだけなんだよね)


 生きとし生けるものの自己進化のため、団結のため、危機感を持たせるため、いろいろな言い方はあるが、本来なら神々が手助けするものを敢えて人たちにやらせて、それを見て楽しんでいる暇つぶしなのだ。

 本当に危ない時はちゃんと助けてるし、勇者を奉ることで人たちが団結し強くなるので、一概に「ふざけた事をするな」とはいえないのだが。





「理由はわからないんだが、数年以内に勇者となるものが現れるらしいんだ。俺達はその目星をつけるために各地に派遣されたんだ」


(俺達――ね)


「あ、この話は秘密だからな、ほかには言わないでくれよ?」


「言うつもりはないわよ。それで、どうやって探してるの?」


「それがなー」


 アルは頭をガシガシと掻きながら難しい顔をする。


「俺はいろんな街の冒険者ギルドとかに入って強そうなやつを探してる。日銭稼ぎにもなるしな。でも勇者って言っても戦いが強いとは限らないんだよな」


 過去には最強の剣士であったり、魔法使い、学者などが選ばれたこともあるそうだ。





(突然現れたあの勇者はなんだったんだろう)


 ヨルの脳裏に浮かぶのは兄のダグと結託していた、あのいけ好かない勇者だった。





「ヨルが勇者ってことはないよな!?」


 突然アルがそんなことを言い出す。まるで、とてもいいことに気づいたと言わんばかりの表情で身を乗り出す。


「そんな訳ないじゃない」


「でもお前って俺より強いじゃん」


「強さが基準ならうちの村のおっちゃんのほうが強いわよ」


「だよなー俺より強いやつって事でいいならギルマスもそうなるし、世の中には溢れてるだろうしなー」


「それで? この街は調べ終わって次の街に行くの?」


「この街まで調べ終わったら一度国に戻るように言われてるんだ。だから一度、ここから出て北の"シンドリ"まで戻って船で渡る」


「私はあと数日ぶらぶらして気が向いたら出発するつもりなんだけど、アルはすぐに出るわけにもいかないんでしょ?」


「そうだな、色々と挨拶やら報告やら必要だし早くても月が変わってからだろうな」


 ヨルも急ぐ旅ではないのだが、予定を合わせてまで知り合って間もない男の人と二人旅というのも、少し躊躇われた。


「出ていく前にはギルドに顔を出すし、しばらくはギルドで書類仕事なんでしょう?」


 最近は報告書やらの机仕事が多く、身体を動かすのももっぱら地下の修練場だそうだ。

 街を出る日程とか決まればギルドに顔を出すと伝え、また時間があれば美味しいレストランを紹介してと伝えアルを見送った。



 サタナキアはゴミ箱の中で自分の流した涙で溺れていた。

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