第3話-旅の準備は適当で

 旅の準備というものは、際限なく時間がかかってしまう。

 目的があるなら、到着時間を計算して食料や道具を用意すればいい。

 目標しかないときは、食料も道具も目一杯用意したところで足らなくなる。



自分の部屋で棚からリュックを取り出し、中に下着や羽織るものを詰めていく。

お金はそんなに持っていないので全額を革袋に詰めてリュックの一番底に入れる。


「基本的には、適当にあっちこっちの街を巡るバイト旅行ってことでいいかなー」


 ヨルは悩んだ結果、食料も水も最低限の荷物だけをリュックに詰めるだけにした。


「なんかだめなら一度村に戻ればいいし、一回さくっと近くの街まで行ってみよ」



――――――――――――――――――――



 セリアンスロープの少女ヨル・ノトー 十七歳。この世界で女の一人旅がどれだけ危険なものなのかはそれなりに理解していた。


 過去のことを思い出し、この世界の一般的な十七歳と比べ膨大な知識や記憶を持っていたところで、外見は可愛らしい女の子であり、更に一人旅など鴨が葱を背負ってるどころではない。


 この世界で三分の一程度の人口を占めると言われているセリアンスロープは、純粋な人間に比べ平均的な顔が多い。そして平均的な顔というのは誰の好みにもある程度合致してしまうのだ。


 しかも体力や魔力がが人間に比べて多いため、過酷な仕事でも死ににくく、男なら契約魔法で縛り延々と働かせ続けることも可能だし、女ならば昼の仕事から夜の相手まで使い道はいくらでもあるのだった。

 そのため奴隷目的の人攫ひとさらいは後を絶たない。一応表向きは各国が奴隷の売買を禁止しているが、どこの国にも闇は存在しているのだった。


 しかしヨルは一人で旅する事に対し、余り心配はしていなかった。

 [ラジャ]と名乗ったに魂を洗浄されたためか、異常なほど楽観的な性格で育ってしまったようだった。


「武術も補助魔法だって少しは使える、料理もできるし、いざとなったら働き口には困らないでしょ」


 ヨルは靴下を畳みながら考える。小さな頃から、ヨルが「おっちゃん」と呼んでいる隣家に住んでいる元冒険者のウルという男性に、対人・対魔獣戦闘を習っていた。


「昔に比べて、それなりに腕は立つようになった……と思いたいなー……」


 ウルには未だに勝てる気がしなかったヨルだが、少なくとも村の近くに出没する魔獣には負けないぐらい力は付けたと自負していた。

 なお、同じようにヨルが「教会のおばちゃん」と呼んでいるシスターの女性に魔法も一通りは習ったが、結局簡単な補助魔法しか使えなかった。


 この村の周りは魔獣もそれほど凶暴ではなく、森で魔獣を捕まえ村人で分け合っている村だったため、村人たちもヨルが村の周りで狩りができる程度には修行をつけてくれたのだった。


 ヨルが気づいてしまったのは去年の今頃だった。親の年ほどの男ぐらいしか居ないこの村で、年頃の女の子が夢見るような運命の出会いなどありえないという重大な事実に。


 それから一年。ヨルは修行の傍ら、村の人達の手伝いなどでお小遣いをため、村の周囲で魔獣を狩って素材を手に入れ、自分の防具に加工したりして、淡々と旅に出る用意を進めていた。


 そろそろ暑さも和らぎ、旅の準備を本格的に完了させようと思っていた矢先に謎の頭痛により過去の自分を思い出してしまった。結果、ヨルは一晩悩んだが、旅の目的に一つ追加されただけだと納得して、予定通り修行の旅に出ることを父に告げたのだった。


「目標! 友達を作ってあわよくばいい人も見つける。そしてお金を貯める! 都会で住んでみたいし、兄を見つけたらボコる!」



――――――――――――――――――――



「ヨル、お前なら理解していると思うが、聞きなさい。人間にもセリアンスロープにも善人はいるし悪人もいる。ましてやお前は女の子だ。いい顔をして近づいてくる者には注意しなさい」


「はい、お父さん」


ヨルの家の台所。いつも父と二人向かい合い食事を頂いていた木のテーブルに向かい合う父の眼をヨルは真面目な表情でじっと見つめる。


「戦いのセンスがあるのはお父さんも分かっているし、心配はしていない……周りへの被害が心配だが」


「周り……?」


「あの技なんだったか……うちの立派な石造りの小屋を瓦礫の山へ変貌させた」


「あー……あれね……名前は付けてないけど、おっちゃんは『ファイナルインパクトぉ!!』って叫んでたよ」


「すまん、名前を聞いているんじゃないんだ。技を身につけることは悪いことじゃないが、町中で理由なく使うと犯罪になってしまうから気をつけるんだ」


「そっち」


「ここではあまり気にならないかもしれないが、守るべき法や決まりは多々ある。知らなかったでは通用しないこともあるんだから気をつけるんだ」


「は〜い」


「それと……貴族にはなるべく近づくな。理由は何となく分かるだろう?」


「うん、首と胴体はずっと仲良しで居てたいし」


「よろしい。じゃぁ大したものは渡せないがこれを」


 そういって父が取り出したのは赤色の可愛らしい1本のリボンだった。


「昔、母さんにプロポーズしたときに贈ったものだ」


「そんな……大事なもの貰えないよ」


 ヨルが小さい頃に亡くなったと聞かされている母のことはほとんど覚えていなかった。


「これには少し、祝福も掛けられている。きっとヨルを守ってくれる」


 いつもの温和な顔を少し歪ませながら父はヨルの手にリボンを握らせる。


「ありがとう……大事にするね」


「あぁ、と言ってもヨルは髪も短いし尻尾にでも結んでおくと良いと思うぞ」


「ん、そうする」


「それと、たまにでいいから手紙を寄越すんだよ」


「はいはい、わかったよ、お父さんったら心配しすぎよ。過信や自信過剰じゃないけど、それなりに腕は立つし他人には気をつける。あと危険なことはしない。少し落ち着いたら手紙も書く。ね、だからそんなに心配しないで」


 いつまでも父の話が終わらないと思ったヨルは少し強引に話を切り上げ、最低限の荷物を詰め込んだリュックを肩にかけ、玄関の扉をくぐる。


「じゃ、いってきまーす!!」


 ヨルは振り返らず、片手だけを上げて父に返事をし、村の入口の方に向かって駆け出した。自分のわがままで旅に出るんだから、出発のときは泣かないと決めていたがダメだった。

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