五皿目 お嬢様、臨戦!
「えっ、何のこと?」
つい正面を見ると、ちょうどそこに雪乃の胸があった。服の内側の空洞は暗くてはっきりと見えないけれど、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
まずい。よく考えてみたら、こんな風にフランクな感じに女の子としゃべるのは久しぶりだ。しかも、雪乃はかなりの美人だ。住む世界の違うお嬢様だと思っていたから平然としていられたけれど、等身大の女の子だと思うと、急に緊張してきた。
心臓がどくどくと脈打って、地震かと勘違いするほど、僕の体が内側から震える。顔に血が上って、あつぅくなってくる。でも、そんな僕にお構いなしで、雪乃は話を続けた。
「普通に食べるのも大事なポイントよ。ジョイナーは、中級や上級への一歩だもの」
「ああ、えっと、その意味は何となく分かったような。その、エンジョイするってことだよね?」
たどたどしく言った僕に、雪乃はピンっと親指を立てた。
「正解。元を取ることを一旦忘れて楽しむことを最優先すればいいの。食べ過ぎて気持ち悪くなったりしちゃダメ。ほどほどに食べて、美味しかったぁ、って帰れれば合格よ」
雪乃は落ち着きを取り戻し、イスに腰を下ろした。彼女との距離が離れると、ようやく僕の心臓も落ち着いて、どうにか平静をよそおえるようになる。
「つまり、雪乃さんはジョイナーってわけ?」
「ある意味そうね」
「じゃあ、元を取るとかはどうでもいいんだ!」
僕の質問に、雪乃は静かに首をふる。まさか、と彼女は不敵に笑い、おもむろに席を立ちあがった。いつの間にか、テーブルの上の彼女の皿とカップは空になっている。
「私の戦いを見せてあげる!」
そのときだった、料理の置かれたビュッフェコーナーでチリンチリンと鉦が鳴った。
「お待たせしました。スペシャルメニュー鴨の香草焼き、ご用意できました!」
「さあ、行くわよ。このときを待ってたんだから」
ここのランチバイキングでは、一定の時間になると、特別メニューが出ることになっているらしい。
「他よりも豪華な食材を使ったスペシャルメニューを食べない手はないでしょ。だから、前菜、メイン、デザートを軽く一周して、お腹に余裕を持たせたまま待機してたのよ」
周囲の席を見回す。みんなスペシャルメニューに興味を持っている様子だが、すでに満腹で立ち上がれない人もいるようだ。一方で、雪乃はいち早く、特別メニューを取りに向かい、ついでにいくつかの料理まで皿にのせて戻ってきた。
他の料理も美味しかったけれど、鴨の香草焼きは一段と美味しそうだ。
「だったら、早く取りに行きなさいよ。なくなるわよ」
と言いつつ、雪乃はもう食事を始めている。
「あのさ、邪魔するようで悪いけど」
「ふあ、あによ?」
お嬢様にあるまじき、口に物を沢山詰め込んだままの返事だった。
「雪乃さんはどういう戦術なの?」
「今日はサーキットで攻めているわ」
それ以上は説明せず、雪乃はひたすらに食べた。特別メニューのあとは、前菜、メイン、デザートの順で食べ、それを五回ほど繰り返した。恐ろしいほどの食べっぷりで、話しかけたり邪魔をすれば噛みつかれそうなくらいだった。
制限時間が終わるころには、重ねられた皿がテーブルの上で塔のようになっていた。
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