おかわり!! ~金持ち学校のお嬢様は、食べ放題でもエリートでした~
@strider
一皿目 お嬢様、登場!
僕こと
クラスメイトの女子が二人、向こうから歩いてくる。
「あらっ、小川様、もうお帰りになるのね。ごきげんよう」
これから部活らしく、運動着姿の二人は、首元まであるファスナーを寒そうに引き上げると、風に揺れる花のような穏やか微笑みを浮かべながら、並んでぺこりと頭を下げた。
「あの、えっと……。どうも……」
ごきげんようには、どう返事をすれば正解なのか分からず、ぎこちなく会釈をして、足早に女子の前を通り過ぎる。
一刻も早く家に帰りたかった。
ほぼ十六年の人生で培ってきた常識が一切通じない異世界のような学校は、それほど居心地が悪い。こんなことなら、私立高校なんて受験せずに、みんなと同じ公立を選んでおけばよかったと後悔しない日はない。
「小川様は、挨拶をすると、いつも困ったような顔をされるのよ。どうしてかしら?」
「貧乏ヒマなしと言うくらいだから、きっと庶民の方には挨拶をなさる時間もないのよ」
「それだと、心まで貧しくなってしまわない?」
二人の噂話が聞こえてくる。まるで陰口をたたかれているみたいだけれど、これで悪気がないのだから、逆にたちが悪い。こんな金持ち学校よりも公立高校を選ぶべきだったつくづく思う。
聖イオリア学園に通っている生徒は、ほとんどが名家の
「学びの機会は平等であるべきだ」という理念のおかげで、学園には助成システムが充実しているので、僕のような一般家庭の出身者でも通えている。でも、全校を探しても助成を受けてまで通っている生徒は、片手で数えられるほどしかいない。
色とりどりの錦鯉が泳ぐ水槽の中に紛れ込んでしまった灰色をしたフナ。庶民の存在はこの校内では目立ち、悪い意味で異彩を放っている。心細そうに身を縮めて歩いていたり、ぶつぶつと独り言をつぶやいていたり、あからさまに周囲から浮いた生徒がいれば、僕と同じ一般家庭の出身者と見て間違いない。彼らは常に、圧倒的多数を占める富豪の子らの好奇の目にさらされ、悪意のない悪口の標的になっている。
「あー、疲れた」
制服も着替えずにベッドに体を投げ出す。
高校に通いだしてからというもの、帰宅したらベッドに横になるのが習慣になった。
ようやく明日からゴールデンウィークなのが唯一の救いだろうか。
いや、それだけではない。
明後日は僕の誕生日。家族に祝われながら、ホテルのレストランで食事をする。美味しい食事に、両親と兄からのプレゼント。連休が終われば、また肩身の狭い高校ライフが始まるのだけれど、とりあえずこれから数日は楽しい日々になりそうだ。
*
約一ヵ月になる高校生活で、僕が得たものと言えば、華やかな環境に物怖じしなくない精神くらいだろう。だから、お洒落をして行くような高級ホテルのレストランに連れていかれても緊張して硬くなりはしない。
「高校生になって、急に大人っぽくなったなぁ」
艶やかなビロードが張られたイスに肩の力を抜いて自然に座る僕を見て、父さんが感心したような声を出した。
「今日で十六歳だからね」
「まだまだ子どもだと思ってたのにな」
「時間が経つのは早いんだよ!」
そう強がってみるけれど、本当はこういう絢爛豪華な環境に慣れたというだけで、それ以外は特に成長したわけではない。
天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアも、直接踏むと鉄琴を叩くみたいな音のする大理石の床も、ふかふかの赤いカーペットも、高校で見慣れている。
大声で笑ったり、だらしなく座ったりすれば白い目で見られるのも分かっているから、こういう環境にくると自然と背筋が伸び、身振りも上品になる。そういう習慣が、この一ヵ月で体に染みついた。それが大人っぽい仕草に見えるのだろう。
「ねえ、さっそく食べましょうよ。もう時間が始まってるんでしょ?」
「そうだな。百二十分しかないんだから、心残りの無いようにしないとな」
父と母が席を立ち、ビュッフェコーナーに歩いて行った。
今日、僕の誕生祝いで来ているのはホテルのレストランでゴールデンウィークにだけ開催されるランチバイキングだった。ビュッフェコーナーに並べられた料理が、百二十分間食べ放題になる。
「さてと、俺も取りに行こう。いっぱい食べれるように朝飯抜いてきたから、もう腹ペコだ!」
僕の誕生日を祝うのも忘れて、兄も席を離れてしまった。僕だけが取り残される。
「酷いよな。今日は僕が主役なのに……」
独りごちながらも、無理もないか、と納得はしている。店に入ってくるときに横目で見ただけでも、ビュッフェコーナーはとても魅力的だった。魚のムニエル、分厚いローストビーフ、ケチャップ色をしていないスパゲティ。並べられた料理はどれも美味しそうで、ニンニクや香辛料のいい香りが立ち込めていた。
「おーい、ぐずぐずするなよ。ほら、時計を見てみろ、もう五分も経ってるぞ」
「大丈夫だよ。まだ百分以上あるんだから!」
お皿に山盛りの肉料理を持ってきた兄にせっつかれて僕も席を立った。
兄はテーブルに皿を置くと、新しい皿を手に揚げ物の並んだ一帯へと小走りして行った。
僕は皿を持ち、ビュッフェコーナーの入り口辺りにある前菜の並んだ台へ向かい、品定めを始めた。スモークした魚と野菜のマリネ。赤や黄色の粒々が練り込まれたハム。かと思えば、刺身の乗った皿もある。
無難に刺身を選ぼうか、マリネにしようか。思い切って、テリーヌとかリエットとか書かれた得体の知れない料理を食べてみようか。
僕が迷って立ち尽くしていると、背後から甘い匂いがした。ケーキやフルーツの匂いじゃない。女の子から香ってくる魅惑の匂い。それでいて気品のある……。
「失礼。ちょっと取らせてくれるかしら?」
「すみません。選ぶのに時間がかかって……。って、ええぇー!」
僕の背後で白い皿を手にしていたのは、僕のいる一年
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