第18話

「俺が元凶って何のだよ?」

ヤノマンは訳がわからない。


「色々だよ。

それで、泣いてた理由は分かってるのか?」

俺は玲香に話を振った。


「なんかね、マネージャーが日本語が分からないからってすぐ近くで『余計な仕事を押し付けられた』とか『面倒くさい』とか言ってたらしい。

社長がすぐに怒鳴ったんだけどね、何故か彼女に伝わっちゃったの。」

「アイツ、自動通訳機を持ってるからな。」


「えっ?そうなの?」


「玲香のお父さんは知ってる筈だぞ?

昨日社長さんに頼まれて、俺が買い与えたんだから。」

「えっ?えっ?なに?

お父さんも知ってるの?」


「ちょっとな。」

「ねぇ、どういう事なの?」

玲香はヤノマンを見る。


ヤノマンは俺しらねとばかりに両手を上にあげ、ホワーイとポーズをとった。


全ての料理を食べ終わると、俺はどうしても梨園の事が気になって仕方ないから梨園の泊まっているホテルに行きたいと言った。


「場所知ってるの?」

「あぁ、知ってる。

ここからそれほど遠くない。」


「じゃ、みんなで行こう。」

「いや、みんなで行っても逆効果だと思うぞ?」


「…顔を見たら帰るから連れて行って。」


「分かったよ。」


会計を済ませて外に出ると、パラパラと雨が降っていた。

濡れる程ではないから、そのまま梨園のもとに向かった。


ホテルのロビーには昨日と同じ人が居た。

マネージャーは帰ってしまったらしい。


部屋番号は昨日カギを受け取った時に聞いたし、チェックインしたのが俺だと憶えていたから入る事も止められなかった。


「玲香、一つ頼んでもいいか?」

「何?」


「俺のスマホを持って部屋に行って、渡してきてくれるか?」

「別に良いけど。」


俺はスマホのメモアプリに


〈10分だけ待つ。降りてこい。〉


と書くと翻訳アプリで中国語に変換した。


「随分とオラオラなのね?」

「こういう時は何やっても駄目なんだよ。

優しくしても、突き放しても駄目なんだ。

だから、自然に接するのが一番なんだよ。」


「オラオラが自然体なの?」

「相手によるな。」


「分かった、渡してくる。」

「悪い、頼む。」

玲香はエレベーターで部屋に向かった。


部屋番号を確認してノックする。

返事は無い。

もう一度ノックする。

カギの開く音がした。


ドアを少し開けて様子を伺う梨園は目を腫らしていた。

玲香は声をかけず、リクのスマホを梨園に渡した。


梨園は渡されたスマホをひと目でリクの物だと気付いた。

液晶に映し出されている文字を見て、ドアを締めた。


『やっぱり、駄目かぁ。』


玲香は拒絶されたと思い、エレベーターに向かった。

下に向かうボタンを押してエレベーターを待っていると、梨園が部屋から飛び出してきた。


一緒にエレベーターに乗ったが、梨園はリクのスマホを抱きしめて下を向いていた。


エレベーターが開いて目の前に俺を見つけると梨園は俺に抱きつき泣き出した。

俺は何も言わず、背中を抱きしめてやった。


『泣いてる顔は見られたくないよな…』


俺は方手を梨園の首に回すと、顔が見えなくなる様に隠した。


「俺達は消えるよ。」

「リクさん、任せてごめんね。

梨園の事、宜しくお願いします。」

二人は俺の返事を待たずにホテルから出て行った。


俺は梨園を抱きしめたまま、ロビーの端にあるソファーに移動してなだめる様に座った。

梨園が落ち着くまでは俺からは喋らない。


梨園がインカムと俺のスマホを渡してきた。

俺はインカムの電源を入れて耳に着けた。


「来てくれてありがとう…」

「どうだ?落ち着いたか?」

「うん…少し落ち着いた。」


「大体の話は聞いたが、何でこんな事になった?」

俺は梨園の中に溜め込んでいる物を吐き出させたかった。

吐き出して楽になるか、吐き出したつもりが反芻して落ち込むか。

デッドオアアライブだな。


「あのね、私なりに頑張ろうと思ったの…

事務所の人と仲良くなりたかったの…

それでどんな話をしてるのかインカムで聞いてみたの…

そしたら、言葉が分からないから面倒くさいとか余計な仕事が増えたとか…

私は嫌われてたの…」

梨園は光景を思い出して、また泣き出した。


「やっぱり、そういう事だったんだな。

で、そいつ等はどうなった?」

「社長さんに怒鳴られてた…

で、社長さんが居なくなったらまたお前のせいだって…」

「梨園は芸能界に入りたくて、イメージキャラクターのオーディションに出たんだよな?」

「うん…

色んな人の笑顔が見たくて…」


「じゃぁ、どうするか?

事務所を辞めてそいつ等から逃げ出すか?

それとも、そいつ等を見返したいか?」

俺は梨園の心の芯が折れてないか見極めたかった。


「ホントは辞めて中国に帰りたい…

お昼過ぎに駅前のお蕎麦屋さんに行ったの…

朝のおじさんが居てくれたから、同じ物を食べたの…

リクと食べたとり天は凄く美味しかったのに、一人ぼっちで食べたら普通の味だった。

今中国に帰ったら、言葉は通じるけど一人ぼっち。

それなら、私はリクと居たい。

一人ぼっちは嫌なの。」

梨園の芯は折れてない。


「なら、もう少し頑張ってみるか?」

「……うん。」

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