ヤンデレって怖い〜俺の友人がヤンデレに好かれ過ぎる件について〜

青井かいか

俺の友人がヤンデレに好かれ過ぎる件について


「大好きです、あたしと結婚してください」


「いや、あの、だから、何度も言ってるけど、俺は君とは付き合えないって」


「大丈夫です、結婚ですから」


「うん、だから……えっ?」


「お願いします。あたし、先輩が側にいないとどうにかなってしまいそうなんです」


 放課後、校舎の片隅でそんな光景が繰り広げられていた。

 聞いての通り一人の男子生徒が女子生徒に告白されている。

 女の子は、見た目だけで言えばアイドル級の可愛さ。

 何も知らなければ、非常に羨ましいシチュエーションである。


「ねぇ、あたしのどこがダメなんですか? あたし先輩の理想に近づくためなら、なんだってします」


 そういうところが既にいけないんじゃないだろうか。


「何がダメなのか教えてください」


 女子生徒が詰め寄る。顔が近い。今にもキスでもしそうだ。

 そんな彼女の顔は朱に染まり、男子生徒の顔は青くなる。


 なぜかって?


 いつの間にか彼女の腕と男子生徒の腕が、手錠で繋がれていたからだ。

 マジでびっくりしたよ。だって、いつやったのか分かんないだもん。

 彼女はマジシャンにでもなった方がいい気がする。


「こたえてくれるまで、離しませんよ?」


 頬染めて、照れるようにいう女の子。


 そこで我慢できなくなったのか、男子生徒ーー俺の友人である一ノ瀬いちのせ優希ゆうきが、チラリと俺の方を見る。


 さて、合図だ。

 

 物陰からその様子をうかがっていた俺は、こんなこともあろうかと思ってポケットに入れていたペンチを取り出して、「よいしょぉーっ!!」と言いながら飛び出した。


 いきなり現れた俺に、女の子ーー五十嵐いがらしもみじちゃん(後輩)が驚く。

 彼女ならとっくに気付いていてもよさそうなものだが、どうやら優希の方に夢中になり過ぎていたんだろう。


 速やかに足を運んで、落ち着いて手錠をペンチで切る。

 中々この動作にも慣れてきたな。


「さて逃げるぞ」


 そう声をかけて、俺と優希は逃げ出す。


「ちょ、ちょっと)」


「なんだい我が友」


「こっ、こんな風に逃げてきてよかったのか?」


「大丈夫だ問題ない。あの場に、お前の下着を置いてきたから。たぶんそっちに気を取られてる」


「え゛……」


「死ぬよりマシだろ」


「いやなんでお前が俺の下着持ってんの!?」


 驚愕する優希を、窮地のヒロインを救い出す如く連れ出した俺は、スタコラとその場から走り去った。





 俺の友人はモテる。なんでか知らんがめっちゃモテる。まるでハーレム系ラノベの主人公のようだ。


 しかし彼にとっては不幸なことに、どうやら主人公は主人公でも、それは『ヤンデレもの』の方面だったようだ。


 ヤンデレとは言っても、半分はメンヘラみたいなもんで、というかどちらがどう異なるのか、俺にはよく分からん。

 が、事実として優希はそういう少女たちに好かれる性質があるらしい。


 彼の友人の一人として、俺はそんな彼の命を守る手助けをしている。

 




 本日、優希がさらわれた。

 犯人は学校の先輩、生徒会長も務める青空あおぞらあおい、表向きは真面目な人だ。


 だが、その実彼女には監禁癖がある。他より独占欲が強いらしい。これで攫われるのは、五回目だ。

 ちなみに、ここでいう他とは、優希を想うヤンデレっ娘たちのことである。


『たすて、せんはみいが』


 というメールが休日の朝一に届いた。


 おそらく『助けて、先輩が』と送りたかったのだろう。それで俺は全てを察しと言うわけだ。


「やれやれ、モテすぎるのも困ったもんだな」


 俺はいつものように準備を整えると、玄関ドアを開けようとする。


 が、ドアは開かない。


 思い切り押して見ると、メリメリと音がした。たぶんガムテープだ。


「ふむ、いよいよ俺にまで手を回すようになったか」


 むしろ今まで何もされなかった方がおかしいか。

 たぶん、優希がなんか言っていたんだろうな。俺には手を出さないでくれ、的な。


 でも、もうそれも限界らしい。まぁ明らかに邪魔してるしな、俺。


 中から開けるのは無理そうなので、俺はロープを使って窓から降りることにする。

 ウチはマンションの三階住まいなので、こうするしかない。


 なんとか地上に降り立って、俺は葵先輩の自宅に向かう。

 

 急がなければ。

 友人の貞操の危機だ。





「優希、助けに来たぞ」


「おまっ、どうやって入ってきたんだよっ」


 優希が驚きの顔で俺を見る。優希は葵先輩のベッドの上で四肢を拘束され、パンツ一丁になっていた。優希の裸体の至る所にキスマークがついてる。

 何があったんだろうな。


「窓ガラス割って入ってきた」


「は、はっ? どうやって」


「ふふん、お前は知らないだろうが、窓ガラスを静かに割るコツがあるんだよ」


「いやそうじゃなくて!」


「あぁ、葵先輩なら、お前の下着を使って誘い出した」


「だからなんでお前が俺の下着もってんだよ!?」


「ははは」


「いや笑うとこじゃねぇから! って、いやいやいやっ、ここマンションの8階だぞっ!? だからどうやって入ってきたんだよ!」


「だから窓を割ってだな」


「そうじゃなくて!」


「そんなことより優希、早く逃げるぞ。そろそろ葵先輩が戻ってくる」


 わーわー喚く優希を宥めながら、俺は拘束具をペンチで切断していく。可哀想に、こんなに動揺してるなんて、余程怖かったんだろう。よしよし。


「安心しろ優希、お前には俺がついてる」


 そして俺は優希を救出した。





「ひぃっ!」


 お昼時、隣で弁当を開けていた優希が悲鳴を上げた。


「どうした優希」


「こ、これ見てくれ」


 優希が美人の幼馴染につくってもらったらしいお弁当箱を俺に見せてくる。


「わーお、すごいな」


 まず、米が赤かった。梅干しがふんだんに使われております! とか、そういうのではなくて、なんかびちゃびちゃした赤い液体に浸っていた。

 ていうかコレ血だな。

 ついでに言うと、おかずの方にも満遍なく血液ソースが振りまかれていた。


 その時、俺は弁当のフタに張り付いている手紙を見つけた。


 俺は優希に断りを入れて、手紙を剥がして目を通す。


『ユウくんへ。今日のお弁当は、いつもより気合を入れて作りました。ぜったい、ぜったいに食べてください♡』


「血を入れてどうすんだよ。入れるのは気合だけにしとけ」


「お前なんで冷静にツッコミいれてんだよ」


「ユウくーんっ」


 その時、明るい声がした。びくりと優希の肩が震える。

 声がした方を見ると、優希に血だらけ弁当を渡した張本人の立花さんがやって来ていた。


「ね、ね、私が作ったおべんと、食べてくれた?」


「い、いや、ちょっと……」


 優希の顔がひきつる。


「あ、今から食べようとしてくれてたんだね。ね、私もお弁当持ってきたから、一緒に食べていい?」


 俺は立花さんの体を観察する。見た感じ、どこにも切り傷はない。あれだけの血を入れたのだから、割と深く傷を入れたと思うんだけど、注射器でも使ったんだろうか。それとも見えない所に傷が? あるいは……。


 まぁいいや、これ以上は考えないようにしよう。


 立花さんは強引に俺と優希の間に割って入って、自分のお弁当を広げ始める。彼女のお弁当は至って普通だった。なんか誰かの髪の毛みたいなのが見えた気がするけど、気のせいだ。


「ね、ほらユウくん、血が固まらない内に早く食べて?」


「もう血って言っちゃったよ」


 ご飯が冷めない内に的な言い方をするな。


「……あれ、ユウくん。なんで食べてくれないの?」


「いや、で、でも、これは……」


 優希は箸を手に持っているが、どこにも箸をつけられないでいる。まぁ、満遍なく血だらけだしな。

 

「あっ、わかったー。私に食べさせて欲しいんでしょっ、もー、ユウくんってばしょうがないなぁ」


 立花さんが口元に笑みを湛えながら言う。でも目は笑ってない。怖い。


「はい、あーん」


 立花さんが血でびちゃびちゃになった米を箸ですくって、優希の口元に運ぶ。


「ひっ」


「あぁ! あんなところに優希のパンツが!」


「!?」


 バッと風が起こるくらいの速度で立場さんが俺が指差した方向を見る。

 その視線の先には、まぎれもない男物の下着が落ちていた。

 立花さんが優希の下着を回収するために駆ける。


「今だ優希、逃げるぞ!」


「だからなんで俺の下着があるんだよ!!」


 血入りの弁当を見たせいか、かなり動揺している様子の優希の手を引いて、俺はその場から逃げ去った。





「ふー、とりあえず。俺の家までくれば大丈夫だろ」


 

 学校を抜け出して、俺は優希を俺の家に連れてきた。

 立花さんはナイフとか持ち出しちゃう系のヤンデレなので、彼女が落ち着くまでは距離を置くに限る。なるべく争い事は避けたい。


 ガチャンと鍵をかけて、チェーンロックを五本くらいかけて、そのチェーン自体をガムテープでぐるぐる巻きにして置く。

 これで優希を付け狙うヤンデレっ娘たちも、そう簡単には入ってこれまい。


「な、なぁ、そんなに鍵をかける必要あるのか?」


 背後で鍵をかけるのを見ていた優希が、引きつった顔で俺を見る。


「当たり前だろ。お前はヤンデレを舐めすぎだ」


 そう言って、俺は優希をリビングに案内する。


「まぁ、とりあえずここで落ち着こうぜ」


「あ、あぁ」


「ほら、お茶」


 俺はペットボトルからお茶を注いだコップを優希に手渡す。


「ありがとう」


 それを優希はすこし躊躇しながらも飲み干した。

 そして、その後すぐに、優希は意識を失ってパタリと倒れる。


「ふむ、上手く効いたみたいだな」


 即効性の睡眠薬だが、こうも早く効き目が現れるとは。余程疲れが溜まっていたんだろう。

 まぁあんな多数のヤンデレっ娘たちに狙われたら、気も休まらないか。


 だからこそ、こう言う時にはしっかりと休息を取ってもらわねば。まったく、手のかかる友人である。


 俺は優希を持ち上げて、自分のベッドに運んだ。

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ヤンデレって怖い〜俺の友人がヤンデレに好かれ過ぎる件について〜 青井かいか @aoshitake

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