Auf zum Tanze!!
浅葱
おかえり
七月二十四日。
日本全国、いや、世界中の学生が浮かれている。
夏休み前。
俺だけは、夏休み終わりぐらい、落ち込んでいる。
アイツが居なくなる。
この街から、俺の隣から、
どこか遠い街へと。
〜1〜 おかえり
小学生から脱したい。
中学校に行きたい。
コイがしたい!
セイシュンとかしてみたい!
そんな俺が初めて経験した、
アイのツラさ。
愛とか恋とかきらいになった。
はずだったのに、好きにならざるを得なかった。
それも全部、アイツのせい。
―――
最近、学校が楽しくない。
何がとか分からないけど、物足りない。
心に隙間風が吹くっていうのはこういう事を言うのか。
埋めたいな。この隙間を。
どうすればいいのか、教えてください。
この隙間を、ちょうど良く埋めてくれる物を常に探していた。
そう思いながら、小説を読む。
「お前に会えて本当に良かった!」
台詞が心にずしりと響いた。
ぼーっと、台詞に浸っていると、ドアがガラリと音を立てて、先生が入って来た。
多分、俺の悩みなんて気付いてない。
俺の顔さえ見ようとしてない。
別に、先生に心の隙間を埋めてもらおうなんて思ってない。
でも、迷ってるから、何が正しいのか。
俺は誰に頼ろうとしているのか。
俺が頼れる人は、居るのか‥‥
教卓に位置を見付けた先生が生き生きとした笑顔で、クラスを見渡した。
その時の先生は、とても嬉しそうで、これから待っている、未来に胸が弾んでいるようだった。
信じられないと言う人も、何とも言えない顔をしている人もいた。
先生が言ったのは‥‥
転入生がこのクラスに来る。
という、事だった。
俺は、初めての事に少々驚いていたが、転入生が来る事に少し期待していた。その転入生が新潟から来たから。
俺も転入生だった。
二年前に新潟からここに来たばかり。
新潟はいい所だった。
みんなが優しくて、景色も良くて。
俺が転校する時は、みんな涙を流して、俺を応援してくれた。
あのみんなが大好きだった。
その中の誰かが来てくれるんじゃないかって思った。
俺を助けに来てくれたんじゃないかなって。
「初めまして、新潟から来ました。
星山
「‥‥星山!」
俺は立っていた。
星山は少し驚いて、笑った。
見覚えがある、ずっと求めてた笑顔。
その瞬間、俺は幸せだった。
星山がそこに居る。
星山が俺を救ってくれるんだなって。
俺のつまらない日々を彩ってくれる。
だって、星山は俺の初恋の人だから。
業間休み。
「星山、元気だった?」
「うん、
「俺も元気だったよ。」
「新潟のみんなも元気だった?」
星山が泣いてる。
急に泣き出した。
でも、おかしくなかった。
俺も泣きたかった。
多分、ずっと泣きたかった。
だけど、泣けなかった。
でも、この時俺は星山が泣いてる理由を知ることは出来なかった。
分からなかった。
〜2〜 ただいまの前
やっと新潟から出てこれた。
新潟が嫌いだった。
あのみんなが大嫌いだった。
早く出て行けみたいな顔したから、出て行った。
それだけの事。
でも、この学校に来れて良かった。
夏樹が居たから。
あの時、私を助けてくれた。
ずっと心配してくれていた。
そんな夏樹が大好きだった。
夏樹が引越しちゃうって聞いて、心配で怖かった。
これから、大丈夫かなって。
そんな時に夏樹が‥‥
「星山は強くなっただろ?」
夏樹に言われたから、大丈夫だと思った。
でも、駄目だった。
みんな、私の事を無視して、もう耐えられなかった。
そしたら、お父さんが転勤って、嬉しかった。
しかも、千葉に行くって聞いた時、もっと嬉しかった。
人生捨てたもんじゃないなって初めて思った。
夏樹が行った所と同じだったから。
夏樹に会えるかもしれない。
そしたら、夏樹に言いたいことがあった。
あの時はありがとうって伝えたかった。
救ってくれて、支えてくれてありがとうって。
そして、大好きだよって。
ずっと言いたかった。
なのに、夏樹居なくなっちゃうから。
で、今、夏樹が目の前に居る。
大好きな弾ける笑顔で、私を見つめている。
その瞬間、新潟から千葉に来た実感が急に湧いてきた。
嬉しかった。楽しかった。
何も話さない、その時間が。
そしたら、夏樹がおかえりって言ってくれた。
新潟に居ても、千葉に居ても、夏樹に支えられてる。
嬉しかった。でも、その反対に情けなかった。
夏樹を支えてあげられてない。
支え合うのが幸せだと信じてるから。
〜3〜 星山という人
星山は、世界で一番、優しい人。
みんな、その優しさにつけ込んで、星山を利用する。
星山を悪者にして、
怒られて可哀想って顔して見ているアイツらを俺は許せなかった。
でも、星山は怒った俺に、
「怒らないで」
って泣きながら言ってた。
その代わり、俺は一生、星山を守るって、思ってたのに。決めたのに。
父さんの転勤で、転校しなきゃ行けなくなって。
あの時、星山は不安だったろうに。
俺は、新潟に残ると何度も父さんと母さんに言った。
でも、二人は
「どこに住むんだ?
お金は?一体、何を言ってるんだ。」
「一緒に千葉に行きましょうよ。
きっと千葉もいい所よ?」
違う。何も分かってない。
転校する前日。
クラスのみんなが一緒に遊ぼうとか、一緒に帰ろう。って誘ってくれた。
でも、その誘いをすべて断り、俺が向かったのは、星山の所だった。
「ごめんな。星やッ‥」
「ねぇ、星山って呼ぶの止めてよ。
美空って呼んで」
星山が他人に意見を言った。
強くなったな。
今の星山なら、一人でも大丈夫だ。
安心したんだ。だから、
「美空」
ってただそれだけ。
精一杯のガンバレを込めて。
これが伝われば、またいつか、どこかで出会える。
そんな気がした。
そしたら、星山が‥‥美空が、頷いた。
今まで見た事ないほど強く。
それは、決意を固める様な。
証明するような。
強くなったよって。
でも、久しぶりに会った美空は、あの日みたいな力強さはなくて、弱々しく立っていた。
美空は、これまで戦ってきたんだと思う。
でも、耐えられなくなって、逃げてきたんだろ。
あぁ、強くなったよ。お前は。
よくここまで頑張ったな。お疲れ様。
後は、俺が守るから。守るって、今度こそ、約束するから。
美空は俺を見て、弱々しく、精一杯強く頷いた。
戦い抜き、清々しい顔だった。
〜4〜 勝ちたい?
「夏樹」
「ん?」
「夏樹はさ、誰かと、メールとかすんの?」
「しないよ」
「そうなんだ」
「うん」
「なぁ、美空」
「なに?」
「お前さぁ、強くなりたい?」
「え?」
「新潟のヤツらに、勝ちたい?」
「そ‥それは‥‥」
「俺も勝ちたい」
「夏樹はもう勝ってたよ」
「美空に酷い事する、馬鹿野郎共に何も言えなかっ
たのに?」
「夏樹は、何にも悪くないよ
ウチが強くなれなかったから。
夏樹に迷惑掛けちゃってた。」
「でも俺は、強くは無かった。」
「‥‥夏樹は何で新潟の奴らに勝ちたいの?」
「‥‥悔しいから
美空が泣いていた時、アイツらを殴れなかった」
「殴らなくていい。殴ってる夏樹は見たくない。」
「美空はやっぱり、」
「夏樹はやっぱり、」
「「優しいね。」」
そんな話を俺らは校舎の裏側、誰も居ない、二人だけの場所で話していた。
〜5〜 運動会は良い思い出です
五月二十七日。
運動会の日。
運動が苦手な俺にとっては、大嫌いな行事。
徒競走は、例により、四人中四位。
障害物競走では、障害物に引っ掛かってコケた。
美空は運動得意だから、楽しいんだろうな。
あれ?美空が全然笑ってない。運動会は嫌いなのかな‥‥
「ね、ねぇ、美空。運動会嫌いなの?」
「えっ?別に?好きだよ?」
「そうなんだ‥」
「何で?」
「いや、楽しそうじゃないなぁって‥‥」
「夏樹は?運動会楽し?」
「俺は‥‥そんなに‥‥」
「夏樹は、運動、苦手だもんね!」
「美空‥‥かわいい‥‥」
「え?」
「あっ!いや、何でもない。」
美空がかわいいと思った。
久しぶりだったな。
俺の事について話してる美空がかわいかった。
嬉しかった。
「ねぇ、夏樹。
お昼の発表、見に来てくれる?」
「あ、あぁ
行くよ!」
美空は、チア部に入っていた。
元々、見に行く予定だったけど、さっきの美空を見て、俺は絶対見に行くって決めた。
あんなにかわいい美空がかわいく踊っている所を見ない何て、多分、三年は後悔する。
「まもなく、チア部の発表が始まります。
校庭、遊具近くにお集まりください。」
「やべ!母さん、行ってくんね!」
「気を付けてね!」
「はーい!」
「美空、み、ハァハァハァ‥‥」
美空はチア部の衣装を着て、こじんまりと立っていた。
俺を見付けると、ニコッと笑って、立ち直した。
今度は、立派に立っていた。
何がぶつかってきても、倒れない、強さを感じた。
新潟の時の弱さはどこにも感じられなかった。
「強くなったな‥‥」
美空を見つめて、呟いた。
俺の声は、発表の音楽に消され、美空どころか、隣の人にも届かなかっただろう。
でも、美空は分かってるんだと思う。
新潟の時とは、比にならないほど強くなった事を。
それがまた、清々しかった。
美空と俺だけの、秘密を持っている様な。
特別な秘密だった。
お互いがお互いの弱さを知っている、特別な友達。
でも、俺は、その上の関係を常に目指していた。
恋人を。
そして、いつかは家族になって、二人の世界を創っていきたかった。
その想いを、美空に伝えたかった。
でも、会う度に、美空のかわいさに見とれてしまって、言いたい事を忘れてしまう。
家に帰った後に、俺は美空を思い浮かべて、言いたかった事を思い出す。
その途端に、沢山の後悔と、明日は必ず伝える、と決意を固める。
それが、俺の毎日のルーティーン。
幸せだと。感じる事が何度もあった。
そのルーティーンが楽しかった。
でも、時間は無かった。
〜6〜 Ich liebe dich
「美空はさ、習い事、なんかやってんの?」
「うん!体操と英語!」
「ふぅん」
「そういう夏樹は何かやってんの?」
「うん‥‥」
(待ってました!その質問!ありがとう!美空!)
「俺は、まぁ、ドイツ語。」
「え!ドイツ語習ってんの?すごーい!
何か一個教えてよ!好きな言葉」
「好きな言葉か‥‥
Ich liebe dich‥かな?」
「イッヒ?リーベ‥‥デ‥?」
「イッヒ リーベ ディッヒ‥‥だよ」
「‥‥イッヒ リーベ ディッヒ?」
「そうそう!」
「ふぅん。なんて意味なの?」
「‥‥それは‥いつかね!」
「え?」
「また、いつか‥‥」
〜7〜 美空と夏樹
今日の美空は何か元気が無い。
今日一日、美空の笑顔を見ていない。
美空の笑顔は幸せそうで、こっちまで幸せな気持ちになれる。
弾ける笑顔。かわいいなって。
幸せだな。美空が笑ってるだけで、満たされた。
でも、今日は見えない。
寂しいなぁ。
「美空、今日何か元気ないね。」
「え?そうかな?」
急に笑ったからか、美空の笑顔は作った笑いだった。
「いや、いつもと比べて、笑わないなぁって‥‥」
「夏樹‥‥今日の放課後、校舎裏で待ってて」
美空の真剣な顔。それさえ、かわいい。
「わ、分かった‥‥」
放課後。
俺は、美空に言われた通り、いつもの校舎裏に居た。
まだ、美空は来てなくて、俺は一人でそこに居た。
「どうしたんだろう」
教室を見上げて、美空を探した。
そして見つけたのは、先生と泣きながら話す美空だった。新潟で見た顔だった。
悲しいくらい、似ていた。
俺が新潟から出る時。
その時、美空は泣いて俺を止めてくれた。
その顔。二度と見たくないと思っていた表情。
美空と俺は、誰も知らない校舎裏で泣いた。
涙、枯れるまで‥‥‥
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