第17話 蠢動

 

 沖の海上に、多数の隕石落下により水柱が立ちまくっているのが見える。そこから、結界の壁に水の壁が当たって砕けているのも見えた。あれが津波なのだろう。


「我が愛し子アリスティア。なんだか楽しそうな事をやっているわね」

「我が愛し子アリスティア。そなたはいつも楽しそうだな。重畳だ」

「我が愛し子アリスティア。位相結界をサラッと構築するでない。我らの出番がなくなるではないかの」

「我が愛し子アリスティア。完璧に津波被害を抑えているね。流石だよ」


 またしても精霊王たちの顕現である。


「水の精霊王、火の精霊王、土の精霊王、風の精霊王。ご機嫌麗しゅう」


 皇太子は素早く跪いた。


「皇太子ルーカス。相変わらず堅いわね」


 苦笑しながら水の精霊王が答える。


「礼儀は弁えているつもりです」


 皇太子がそう返せば、


「うむ。礼儀は大事である。皇太子ルーカス、そなたは我の機嫌を取るのが上手い」


と火の精霊王が満足そうに、しかし不敵な顔で頷く。


「ご機嫌を取るつもりはございません。礼儀を失さぬよう気をつけるのみ」

「それができる者は少ないであろう?」

「御意」


 そんな皇太子に対して土の精霊王が声をかける。


「皇太子ルーカス。次回からはワシへの挨拶は不用じゃ。愛し子を気遣う事にのみ集中すると良い」

「ありがたき幸せ」


 あくまで礼儀に則って答える皇太子。


「皇太子ルーカス。僕も挨拶は不用。僕たちの間では今更だしね」

「風の精霊王、勿体無きお言葉、然と承りましてございます」

「ほら、そんな堅苦しくしなくていいよ」

「では少し砕ける事をお許しください」

「いいよ。というか、風の素養を引き出して上げるのを忘れてたね」


 風の精霊王はそう言うと、皇太子の額にその優美な人差し指を当て、口の中で何かをぶつぶつ呟く。

 やがて皇太子の額、風の精霊王が触れてる部分が暖かくなったかと思うと、体の内から力が湧き上がるのが感じられた。


「いいよ、これで君も風の眷属だ。力はうまく使いなよ」

「エアリエル。珍しいわね、貴方が直接力を引き出すなんて?」

「ウンディーネ。たまたま彼に風の素養があるのが見えたからね。それに愛し子アリスティアの──だしね」

「そうね。彼は──だものね」

「ふーむ。火の素養は少なそうである」

「土の素養はないの」

「あなた達、対抗しなくていいのに」


 呆れた様に水の精霊王が言うも、他の精霊王は残念そうではなかった。ただ単に事実を述べただけの様だ。


「メテオリテ! メテオリテ! メテオリテ! 三段撃ち二回目ですわ!」


 アリスティアが実に楽しそうに短縮詠唱を連発すると、沖の結界の中に、再度地獄が出現した。

 無数の隕石落下により、海が泡立つ。津波が結界の壁に当たって砕ける。それなのに、結界の外の海はどこまでも凪いでいて、異変すら感じさせない。


「愛し子アリスティア。貴女の才能が少し怖いわ」

「ウンディーネ様、ありがとうございます」

「貴女の才能を支えている想像力は、前の人生で得たものだものね」

「そうですわ。でもここにはマンガもアニメもラノベもないから退屈でつい勉強してしまいますのよ」


 皇太子は腕の中のアリスティアの〝前の人生〟が気になった。

 〝まんが〟とは、〝あにめ〟とは、〝らのべ〟とはなんの事だろう、と。アリスティアが言うのを聞くと、とても楽しいものの様だ。しかし、退屈だからつい勉強するとか、勉強が退屈しのぎの辺り働き過ぎの素養が垣間見える。

 定期的にストレス発散をさせないと、アリスティアが倒れそうだ、と皇太子は思った。










 ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 



[side ???]


 その三十路の男は偶然そこを通ったに過ぎなかった。だが彼はそこで驚くべきものを目にした。

 幼女が沖合にある見たことのない結界──しかも上端が見えない──に向かって大声で言っている言葉は、もしかしなくても短縮詠唱なのだろう。


 ────だが、メテオリテとは?


 男の疑問はすぐに解消された。

 乳白色で半透明の結界内で無数の石が海面に降り注ぎ、海面に水柱が立つと共に津波の様な大きな波が結界にぶつかっているのが見えた。

 男はそれを見た瞬間、慌てて近くの岩場の陰に隠れ、気配を消した。

 幼女の魔術が隔絶していると気付き、つぶさに観察する必要があると瞬時に判断したのだ。あの幼女の正体を調べなければ、と密かに決意する。

 暫く幼女を観察していたら、更に驚くべき事が起こった。

 どう見ても人間には見えない存在が、そこに姿を現したのである。それぞれの姿は人間とかけ離れている。

 岩場の陰に身を潜め、聞き耳を立てて彼らの会話を聞き取っていると、驚く事にその人外の存在は精霊王だという。


(精霊王だと⁉ その様な上位存在が何故ここに⁉)


 驚きながらも息を殺し、耳を澄ます。


 ────皇太子ルーカス。次回からはワシへの挨拶は不用じゃ。愛し子を気遣う事にのみ集中すると良い


 ────それに愛し子アリスティアの■■■だしね


 聞こえてきた内容に危うく叫びそうになった。

 既のところで声を飲み込み、必死で気配を殺す。


(皇太子、だと⁉ あの少年が、フォルスター皇国の皇太子。そしてあの幼女はアリスティアと言う名前で、精霊王の愛し子⁉)


 更に息を殺し気配も殺して聞いていると、虫の翅みたいなものを背にしている女の精霊王の名前が水の精霊王である〝ウンディーネ〟だと判明した。

 そしてその水の精霊王ウンディーネが、幼女──アリスティアに愛し子と呼びかけている。

 ということは、あの幼女は水の精霊王の愛し子と言うことか、と当たりをつけた。だが、あの三角帽子を被っている白く長い口髭の老人はフォルスター皇国皇太子に向かって確か「土の素養」と言っていた事を思い出す。そこからあの老人は土の精霊王だと推測した。

 


(土の精霊王の名は確か〝ノーム〟だった筈だ。その土の精霊王も……いや、そう言えば精霊王たちは現れた時に全員があの幼女に〝愛し子〟と呼びかけていたな)


 抑えるべき情報が多過ぎて忘れそうだが、脳内にしっかり刻みつける。

 岩場の陰から見つからない様に様子を伺っていると、幼女は沖合の結界内に『メテオリテ』を連発していた。

 あの威力からすると、その『メテオリテ』なる魔術は特級魔術だろう。そんな規模の魔術を連発しても魔力枯渇を起こす素振りもない。魔力量は相当多いと言えた。


(四大精霊王の愛し子であり、特級魔術を容易に操り、魔力量も相当多い。そんな逸材が幼女でしかないとは。あの幼女の名前はアリスティアという事はわかるが、フォルスター皇国の皇太子と一緒にいるという事は、高位貴族だろう。見た目は五、六歳だが言動はもっと上の年齢に思える)


 是非ともあの幼女の情報を集めねば、と男は幼女の様子を伺いながら脳に強く記憶した。




 暫く観察していたら、幼女が疲労し始めたのだろう。この国の皇太子が幼女を抱え、傍らにいる顔がそっくりな双子に何か話しかけていた。

 精霊王たちはいつの間にか姿を消していた。

 残念ながら皇太子たちの声が小さくて聞き取れなかったが、驚く事にその後彼らはその場から消えてしまった。


(転移した⁉ 転移魔術の魔力量抑制に成功したのか⁉)


 もしそうだとしたら、この国は驚異になり得る。情報を集めるべき案件だ。


(俄然、忙しくなりそうだ)


 男は寄せては返す波の音しか聞こえなくなった海岸から、オーサの街に向かって歩き出した。










  


 二月後、男はフォルスター皇国の皇都グリューネスにて多くの情報を手にしていた。この情報を集める為に男はかなりの苦労をした。

 男は表向きは商人として活動している。商人は平民ではあるが、貴族とも縁を結べる貴重な職種である。特に宝飾品は貴族向けであるため、男は質のいいものを揃えていた。

 男が雇われている店は大店で、今まで築き上げた信頼もあり、貴族のやしきで商ったあとに、貴族邸で雇われている女性使用人向けの商品を出して噂話を集めた。

 彼女らは自分の主人の事は殆ど漏らさないが、他家の貴族についての噂話に関しては非常に口が滑らかになる。

 その中で面白い噂を聞いた。

 最初は『アリスティア』という名前だけ覚えていたせいで、関係があるとは思っていなかったのだが、『皇太子』というキーワードでもしかして、と思い、その噂を聞かせてくれた使用人に聞いてみたところ、求めていた情報だった。


「バークランド公爵令嬢は皇太子殿下のお気に入りなのよ。先日行われたローザンヌ公爵家のお茶会で、殿下自らバークランド嬢の事を〝お気に入り〟だと仰られたんですって! 私のお友達がローザンヌ公爵家で雇われていて、そのお友達から直接聞いたから間違いないわ。え? バークランド公爵令嬢のお名前? アリスティア様と仰るらしいわ。五歳なのにとても賢くていらっしゃるらしいわよ!」


 あの幼女は、バークランド公爵令嬢だった。バークランド公爵はこの国の宰相だ。その宰相の娘。年齢は五歳。

 そして皇太子が〝お気に入り〟と公言して憚らない。

 魔力量は膨大で、特級魔術と思われるものを連発可能。

 そして何よりも四大精霊王の愛し子。

 男は柔らかい微笑みを浮かべながら情報を吐露した使用人に謝意を伝え、脳内に情報を刻み込んだ。


(充分な情報が得られた。あの幼女には他と比較できない程の価値がある。早速連絡せねば)


 柔らかい微笑みの裏で、男は懐かしい風景を思い浮かべた。


(この情報があれば)


 愛する妻と子が待つに帰れるかもしれないと、胸に期待が過ぎった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る