第14話 困惑から一転[side ヒューベリオン]
砦の中に入ると、兵士たちが頭を下げつつ通り過ぎる。
中央部分にある応接室に案内してソファを勧めると皇太子はアリスティアを膝上に乗せながら座った。
その様子を見た側近二人が半眼になる。護衛の女騎士は、微笑ましそうに見ているが、幼女は羞恥からかぷるぷると震えていた。
ヒューベリオンは皇太子に一言断り、部屋を準備するために一旦応接室を出た。砦勤めの若い騎士に、応接室へお茶と菓子を準備するように伝えて執務室に向かう。執務室に入ると、彼の副官がいた。
「オスカー。客間の準備を頼む。配置だが、皇太子殿下の希望で、バークランド公爵令嬢アリスティア嬢を中心に、殿下、殿下の側近二人、護衛の女騎士を周囲に配置。女騎士はアリスティア嬢と同部屋でもいいかも知れんが、希望を伺ってからだな」
「は? ヒューベリオン、ちょっと待ってくれ。皇太子殿下⁉ 公爵令嬢⁉ どっから湧いた⁉」
「ああそうか。お前は見てなかったのか。今日オレは皇太子殿下の執務室に居て、スタンピードに関して報告していた」
一旦言葉を切る。
「今日、殿下の執務室で、スタンピードを、報告していた? では転移で戻って来たのか。だが転移の間には居なかっただろう? 報告が上がって来なかったしな」
「そうだ。優秀な魔術師が砦前に転移させた。一人でオレも含めて六人を転移させたんだよ」
「は⁉ 一人で六人を転移⁉ どんだけバケモノなんだよ! というか、転移の間じゃなくて砦前⁉」
まあそういう反応になるよな、とヒューベリオンは思う。
自分がもしあの幼女の魔術を見ていなかったら、オスカーと同じような反応を返しただろう。それだけあの幼女の魔術は他と隔絶していた。
「まだあるぞ。魔術師は、バークランド公爵令嬢五歳。殿下のお気に入りで、特級魔術どころか精霊王四人掛かりの位相結界をひとりで構築出来る才能の持ち主で、風の精霊王の愛し子で、殿下を諭す聡明さを持ち合わせている。更にはオリジナル魔術らしき空中浮遊も披露していたな」
ヒューベリオンが一息に言うと、オスカーは混乱を顔に浮かべて頭を抱えた。
「待て、待て待て! え⁉ 五歳で特級魔術師⁉ というかオリジナル魔術⁉ え⁉ 殿下のお気に入り⁉ 位相結界って何だよ⁉ というか、風の精霊王の愛し子⁉ 空中浮遊だと⁉」
「風の精霊王が姿を見せていたし、その精霊王ですら精霊王四人掛かりの位相結界をアリスティア嬢ひとりで構築したのに驚いていたな。風の精霊王はどうも頻繁に姿を現しているらしく、だからか殿下も風の精霊王に親しく話しかけていた」
「情報量が多すぎる! なんだよそれは! だが取りあえずは公爵令嬢の客間の位置取りに関する殿下の要請は了解した」
オスカーは混乱しつつも客間の部屋割の為に執務室を出ていった。
ため息を吐きつつ、ヒューベリオンは自分でも情報を確認していく。
──手を繋ぐ事で必要な情報を読み取る魔術
──殿下の執務室から砦前まで、転移の間を経由せずに自在に転移できる能力
──特級を超えた、超級と言っても差し支えない位相結界の構築能力
──魔物一万匹程度なら軽く殲滅できる才能
──重力障壁を"いじって"他の魔術に変えてしまう才能
──皇国に対する愛国心
──兵士を戦力として考える戦略眼
──殺気を放つ殿下を軽くあしらい、きちんと諌める聡明さ
──テンポ良く交わされる会話
──
──欲しい。
彼女が大人になった時に彼女が隣にいてくれれば、どれ程の利益をフェザー辺境伯家に齎してくれるだろうか。これ程の逸材は他には居ないだろうと言い切れる。
どうせ政略結婚をするのであれば、領地の利益となる女性を娶りたいとヒューベリオンは常々考えていたのだが、その条件にぴたりと当て嵌まる令嬢が現れたのだ。
それどころか、辺境伯家としての武力にも彼女の魔術は得難いものだ。魔物の排除を一瞬でしてみせた腕前は、凄腕と言っていい。あの腕前なら辺境伯領、つまりは皇国の国境と接している隣国が万が一にも攻め込んで来ても、一瞬で鎮圧ないしは殲滅できると思われる。
年齢がまだ五歳というところが難点ではあるが、十歳以上の年の差など政略結婚では良くある事である。中には二十歳という、親子程の年齢差もあるのだから、十四歳の年の差など気にする様な事ではないと言えるだろう。
だが、打算込ではあるが、そういった理由以上にあの公爵令嬢に強烈に興味を惹かれているのも自覚した。
今までこんな気持ちを持った事はなかったヒューベリオンである。
彼は執務室を出て応接間に向かった。
心が湧き立つ。
自分が不敵な笑みを浮かべているのを自覚していなかった為に、応接間に入った途端、皇太子と側近二人に訝しげな視線を向けられた。
真っ直ぐ幼女に向かい──つまりは皇太子に近づいたのだが──幼女、アリスティアの目線に合わせるように跪く。そして、優しげな表情を作り。
「アリスティア嬢、オレの妻になってください」
手を取り甲に軽くキスをした。
「絶対にお断りしますわ。幼女趣味の変態は殿下ひとりで間に合ってますわ!」
アリスティアに即座に断られたが、それでも彼に引くつもりはない。
「つれないな、姫」
「わたくしの言葉を聞いていませんでしたの⁉ 変態は殿下ひとりで間に合ってます、と言ったのですわ! というか、わたくし、姫じゃありませんわ!」
「私にとっては姫ですよ」
「殿下、助けてくださいまし! この方、殿下よりも危険ですわ!!」
幼女は涙目になって皇太子を見上げ、助けを求めた。それがヒューベリオンには面白くない。
確かに皇太子は彼女の事を〝お気に入り〟だと紹介していた。
だが、〝お気に入り〟というだけであって婚約者ではない筈だ。皇太子が婚約したならいち早く貴族に、そしてその後国民に周知されるのだが、今のところそんな連絡は王家から受けてはいない。
という事は、この公爵令嬢は皇太子とは何の約束もしていないのだからヒューベリオンが立候補しても咎められる訳がない。
「ヒューベリオン・フェザー。貴様、アリスティアが私の〝お気に入り〟であるのを承知の上で迫っておろうな⁉」
「殿下。オレはアリスティア嬢が殿下の〝お気に入り〟なのは承知しております。ですが、あくまでも〝お気に入り〟であって、婚約者ではありますまい? であればオレが結婚の申込みをしても問題ないでしょう」
「問題しかありませんね。アリスは貴方如きに渡しませんよ」
「バークランド公爵家を敵に回す覚悟はありますか?」
「失礼だが、貴殿らは殿下の側近に過ぎぬのでは? 関係ない人間は出しゃばらないでいただこう」
ヒューベリオンの不遜とも言える言葉に、側近二人の殺気が膨れ上がった。
皇太子がため息を吐きつつ言う。
「エルナード、クリストファー。自己紹介してやれ」
「御意。私はエルナード・フォルト・セル・バークランド。アリスティアの血の繋がった兄であり、バークランド公爵家の次男だ」
「私はクリストファー・ティノ・セル・バークランド。同じくアリスティアの血の繋がった兄でありバークランド公爵家の三男だ」
ヒューベリオンは息を飲んだ。彼には情報が足りな過ぎた。まさか皇太子の側近が精霊王の愛し子の兄だとは思わなかった。確実に敵意を持たれてしまった、と歯がみする。
そこでふと思い出す。
宰相職はバークランド公爵家だったはずだ、と。
流石に血の気が引いた。
「大変失礼致しました。しかし、アリスティア嬢は諦めません。口説くお許しをいただきたい」
「殿下、ルーク兄様! わたくし、怖いですわ!」
「大丈夫だ、ティア。私が全力で守るから」
皇太子にしがみついて震えるアリスティアを見て、改めて思う。絶対、手に入れる、と。
「貴様にアリスを口説く許可など出すものか!」
兄の一人が怒りに震えながら吠える。
「なぜこうなりましたの⁉ わたくしが何か悪い事でもいたしましたか⁉」
幼女の慟哭が応接間に響いた。
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