図鑑動物園

早起ハヤネ

1話 図鑑動物園



「あ、ハトだ」

 道原東湖みちはらとうこは青空を見上げた。

「ハトなんかめずらしくもなんともないだろ」

 若澤佑二わかさわゆうじはそっけなく答えた。ハトというと、自宅の家庭菜園で植えた枝豆が苗の状態の時に食べられてしまった悔しさしかない。

「リョコウバトって知ってる?」

「知らない」

「大昔に絶滅しちゃった鳥なんだけど」

 ハトは木立に切れて見えなくなってしまった。

 休日、少し遠出して訪れた公園のベンチで大学二年生の若澤佑二は同じ大学二年生で恋人の道原東湖を誘った。

「なぁ。今話題の、図鑑動物園ずかんどうぶつえんに行ってみないか? あれ、前から気になってたんだよなあ。ここから近いし」

「ずかんどうぶつえん? なにそれ。まったく流行ってなさそうなところね」

 道原東湖は小猿のように首をかしげる。

「流行っているかどうかはわからん」

「どういうところなの?」

「図鑑動物園は、動物とか昆虫とか魚とかあるじゃん。そういう生き物たちをまとめて見ることのできる図鑑の図鑑だよ」

「意味わかんない」

「図鑑の意味はわかるだろ?」

「当たり前だろ。バカにすんな。オマエとおんなじ大学生だぞ」

 若澤は恋人の顔をじっと見つめた。顔のパーツが鼻を中心に重力が働いているかのように小さくまとまっているのと、好奇心旺盛な瞳、小さい唇、小顔を際立たせる長い黒髪、童顔も手伝って中学三年生にしか見えない。

「…中学生、だろ?」

「違うわ。それは正確じゃない」

「でも認めるんだ」

「正確じゃないって言ってんの」

「じゃあ高校生?」

「違う。一見すると高校生にも見えるけど実は中学三年生で受験が終わって一息ついた頃に友達とみんなでディズニーランドへ行こう、っていうときの中学三年生かな」

「面白れー」

 座るのも飽きてきた若澤はよいしょっと立ち上がった。

「それより、行くのか? 行かないのか? 行かないなら俺一人でも行くけど」

「行くわよ。もちろん。デートなんだから」

「じゃあレッツゴーだ」




 札幌市は、中央区、円山公園の麓にある図鑑動物園。

 その日は、きのうまでの猛暑日が少し和らいだものの、体感、気温三十度越えは必至だった。

「その昔、ここには円山動物園まるやまどうぶつえん、っていう本物の動物を飼育している動物園があったの、知ってる?」道原東湖が聞いた。

「ああ、知ってる。今はもう絶滅していないライオンとかトラとかホッキョクグマなんかもいたんだろ?」

「タイリクオオカミやゴリラやチンパンジーもいたらしいよ。いやぁ残念。この目で本物を見てみたかったなー」

「そうなのか。今はもう絶滅した動物たちが。なんだか切ない話だよな…。一度絶滅したらもう二度と生まれてこないもんなあ」

「ところで、公園に来た時から思っていたんだけど、佑二その格好……」道原はアゴにピストルの形を作った左手を添えている。恋人を値踏みしているようだ。「まるで近くのコンビニへ行くみたいな服装じゃんか…」

 ロックバンドのシンボルマークのついたプリントTシャツに、下は使い古して色の剥げかかったジーンズというファッションだった。

「別にいいんだよ」若澤は心底からイヤそうに眉根を寄せた。ファッションのことを言われるのが一番イヤだった。「別に誰も見てないって! みんな自意識過剰すぎるんだよ! 芸能人じゃあるまいし」

「私が見てるじゃん…」道原は若澤のTシャツの裾を引っ張った。普段は研究一筋であまり表情を見せないが、こういったカワイイところもある。だが、若澤は人前で恋人らしくふるまうことは好きではない。

「見なくていいよ、別に」若澤はつっけんどんに返した。

 それより早く行こうか。

 二人は図鑑動物園のゲートへ入っていった。

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