第3話 畠沢律

「君は、知床連山を縦走したことあるのかい?」畠沢律はたざわりつはその男に問いかけた。

「いや、ありません」と鬼太郎みたいに前髪の長い男は答えた。「だってヒグマ怖いですもん。それに知床連山縦走って言ったら、日帰りじゃ絶対ムリ。テント張らなきゃダメじゃないですか」

「じゃあ、俺に登山のことでモノを言うんじゃない。俺は登山歴三十年で、友達には真冬の南極の最高峰ヴィンソン=マシフに登頂したヤツがいるんだぞ」

「あなたはないのかい?」

「俺は、ない。そこまで金がないからな」

「オイソレ山も面白いよ」

「だから来たんだ。この辺りでは、唯一登ったことのない山だからな」

「Bコースがお勧めです。Aコースは、お勧めしないです」

「俺は、定食だと大抵Aコースを注文する。Bは選ばない」

「その心は?」

「Aがやはりスタンダードメニューが多いからだ。店側も、最初に考えるセットメニューは、Aの方だろう。Aが決まってから、Bを考える」

 畠沢は、軽快な足取りで、きつい勾配を登っていった。途中、振り返ると、すでに男の姿は登山口になかった。

「おばけみたいなヤツだな。いや、鬼太郎だから妖怪か」

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