ブラックアウト

 葦原が放った言葉に、俺の頭の中は真っ白になった。


 ――思考停止。


 自分の中で何かが瓦解していくのを感じた。


「神崎、ほんとに覚えてないの……?」


 いないってどういうことだよ。いくら異世界での生活が長かったとはいえ、そんなこと忘れるはずがない。

 いや、待て。そもそも異世界に転移した経緯を思い出せ。

 ことの発端は妄想。俺は夢を見て、その夢自体が異世界となった。そこで名前を失い、バースとして生きることになった。


 ――現実逃避。


 やはり異世界は俺が創り出した妄想だったのか? いや、そんなはずは……チェリーコードの記憶は鮮明にこの頭に残っている。単なる妄想のはずがない。


「母さんは……死んだのか?」


「……うん」


 悪寒が背筋を這い上がる。凍結させた記憶が解け出す。

 俺は走り出していた。

 階段を踏み外し、廊下へと転げ落ちる。それでも止まることなく例の和室へと走る。そこに失われた全てがある。

 俺は畳の上に膝から崩れ落ちた。

 仏壇と美しい遺影。


 ――全て思い出した。


 そうだ、母さんはもう死んだんだ。俺は一人で、自分だけの世界を創り上げて、自分に都合のいい世界の中で生きて。心が壊れないように、母さんの記憶を片隅に封じ込めた。

 刹那、世界はブラックアウトした。

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