聖母

「お疲れ様、頑張ったね。いい子よ、バースくん」


「あの……そろそろ離してもらっていいですか」


「あら、このくらいのお礼ならしてくれてもいいんじゃない? もう少しだけこのままでいて。人肌が懐かしくてね」


 胸の中で頭を撫で回される。

 息苦しくも至福の時。

 小さな子供のように扱われている気分だ。まあ、相手は仙人だし、俺はそんなものなのかもしれない。

 しばらく羞恥を耐え忍んでいると、頭を包み込んでいた腕が緩められた。満足してくれたのだろう。


「ありがとう。私、子供が大好きでね。この能力さえなければ――」


 レティの目はどこか遠くを見据えていた。

 薄暗がりに光る母性と悲哀。その色に何故だか懐かしさを感じた。

 これは、なんだろう。俺は何か大切なことを忘れている気がする。いや、それを思い出すことを怖れている気がする。


「くっ……」


 頭に鋭い痛みが走る。

 思い出しちゃいけない。これがレティさんの言っていた開かずのドアなら、探そうとしちゃいけない。災厄よりも怖ろしいもの――それを解き放ってしまうことになる。


「さあさあ、お腹が空いたでしょう。そろそろ届く頃かしらね」


「えっ、何がですか?」


 レティに続いて外に出ると、そこには密林で出会った獣のボスがいた。口には果物や木の実が入ったバスケットを咥えており、彼女がそれを受け取ると従順な犬のように伏せた。


「ご苦労様。いい子ね」


「……やっぱマジで仙人なんだな」

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