帰還

 俺は天井を見上げていた。

 見覚えのある白い天井。どこか懐かしく、同時に嫌悪さえも抱かせる光景。

 身体はある。心も動いている。


「生きてる、のか……?」


 どうやら俺は死んだわけではなさそうだ。あの時、確かに心臓を貫かれたというのに、俺は生きている。

 胸の中心に手をあてがう。傷らしきものはない。

 違和感。

 待て。俺は確かに死んだはずだ。あの状況はどうやっても覆せるわけがない。俺は死んだんだ。

 ならば、ここは一体どこだというのか。

 跳ね起きる。

 眼球が左右を高速で行き来する。


「俺の部屋だ……」


 ここはまさに現実世界の俺の部屋だった。

 頭が混乱している。

 わけがわからない。死んだと思ったら生きていて、異世界から現実世界に戻っていた。

 俺は夢を見ていたというのか。長い長い夢を。

 いや、それにしては記憶が鮮明に残っている。むしろ、現実世界の記憶が少し曖昧になっているくらいだ。


「チェリーコード……」


 当然ながらチェリーコードはここにはいない。彼女は異世界の住民。そもそも俺たちは交わる運命ではなかった。

 俺は虚無の海に飲み込まれた。

 俺が異世界にいたという証明も、チェリーコードが存在していたという証明も、俺にはできない。

 たとえ真顔で話したとしても、頭がおかしくなったのだと思われて終わりだ。夢を見ていただけだ、妄想が誇大化されただけだ――そう言われて終わりだ。

 現実世界への帰還――それはあまりにも急で絶望的だった。

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