魔眼対魔眼

 廃工場の屋根の上。

 俺はアパートからウェイズリーが出てくるのを今か今かと待ちわびていた。

 久しい殺しだ。身体が鈍っているせいで気怠い。さっさと終わらせて寝たい。


「ふわぁ……寝落ちしちゃいそう」


「寝るなよ。お姫様抱っこして帰らなきゃいけなくなるだろ。バカンスでちょっと太ったっしょ」


「ふ、太ってないし!」


「本当か?」


 チェリーコードを持ち上げ、いつかのようにお姫様抱っこしてみる。


「うん、前より重くなってる」


「嘘!?」


 無理もない。あのバカンス以来、チェリーコードの食欲は旺盛になっている。豪華な食事が続いたせいだ。

 まあ、ロウワンに高級なレストランはないし、安くてまずい屋台の料理なら食べすぎることもないだろう。きっといいダイエットになるはずだ。

 チェリーコードを下ろすと、張り込んでいたアパートに動きがあった。

 アパートから出てきたのは、飾り気のない白銀の鎧と兜を装備した中肉中背。

 一見鎧は薄く、強度があるようには思えない。これなら弾丸一発で貫通できそうだ。

 俺はスナイパーライフルのスコープに目をあてがい、ターゲット――ウェイズリーを注視した。

 悪目立ちしない容姿。とんでもない悪人を想像していただけに、なんだか拍子抜けしてしまった。

 しかし――

 やつを殺すだけでトップランカーになれるなんて話がうますぎる。俺がいくらこの異世界を無双できるほどの力を持っているとしても、そう簡単にいくとは思えない。。

 まあ、なんにせよ、だ。依頼を受けた以上、やつには死んでもらう。

 魔眼は冴えている。

 ブランクありとはいえ、必中させる自信はあった。

 ウェイズリーが角を曲がり後頭部を見せた瞬間、俺は弾丸を撃ち放った。


 ――この一発で終わるはずだった。


 いや、弾丸はちゃんと後頭部に当たった。本来なら頭部をむしり取ってもおかしくない威力だ。

 だが、兜に穴が穿たれることはなかった。

 ウェイズリーが振り返り、兜を脱ぐ。長い黒髪がばさりと広がる。目が合う。

 俺は蛇に睨まれた蛙のように身動き一つできなくなった。


 ――ウェイズリーは笑っていた。


「馬鹿な……見つかるような距離じゃないぞ」


 はっとする。

 魔眼か。ウェイズリーは魔眼を持っている。それも、俺と同等かそれ以上の魔眼を。

 俺はさっさとスナイパーライフルをケースにしまい、チェリーコードの手を引いた。


「帰るぞ、チェリーコード。やつに見られた」


「えっ、見られたってどういうこと?」


「いいから。早くここから離れるぞ」

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