338.国王の邸宅
猫熊人族のゴードンに送る手紙には妥協案が記されることになった。
財務省が提示する予算に対して、一定期間の後、具体的な成果が挙げられなかった場合には研究を打ち切る――つまりはそういう話である。
どのぐらいの期間を設けるべきかについては最後まで意見が割れた。オレの提案は二十年、アルフレッドの提案は三年。一致するはずがないよ、そりゃ。
小一時間ほどの話し合いが行われるも、最終的にはこちらが譲歩する形で、七年という猶予が設けられることになったのだが……。
まず納得できるなと言わんばかりの表情を見せるアルフレッドには申し訳ないけれど、オレ個人としては『七年もあるのか、やったぜウヒョー!』と小躍りしたくなる心境なのだ。
ゴメンな、アルフレッド。ぶっちゃけ、最初っからふっかけてたんだよ。オレだって二十年はいくらなんでもムリだと思ったもん。せいぜい五年ぐらいあればいいかなあと思っていただけに、この結果には満足しているのだ。
蒸気機関車の体裁を整えるだけなら、五年もあれば十分だろう。あくまで整えるだけの話なだけで、これが蒸気機関の出力の問題であったり、線路を延伸させたりは別で考えればいい。
理論を確立させているゴードン老師であれば、割と容易くできてしまうのではないか? 金属類の資材については別途調達する手配をしなければならないが、オレ自身としては楽観視して研究の行方を見守るつもりなのだ。
あとは財務省がどのぐらいの予算を組んでくれるか、太っ腹なところをみせてほしいところではあるが、財務省のトップの座に就く龍人族は、微妙な角度に眉を動かしてはこんな風にぼやくだった。
「僕としてはですね、こんな訳のわからないものよりも、有意義なお金の使い道があるだろうと言いたいところなんですよ」
なるほど、静聴しようじゃないかと促すオレに、紺色の髪をかき回してアルフレッドは続ける。
「インフラ整備としての宿場建設ですよ。方針が決まっていないから、予算の枠組みができていないんですよ? 一体どうされるおつもりなんです?」
龍人族の国、ハイエルフの国、ダークエルフの国と、それぞれから宿場建設の要望が伝えられていて、できれば領地のほど近く、三カ国に通じる街道沿いへ最低でも一カ所ずつ宿場施設を設けたい……。
それを踏まえた上で、アルフレッドは「まだありますよ」と付け加えてみせた。
「国家として成立したからには、国王の住居も設けなければなりません。宮殿を建てろとまでは申しませんが、国王に相応しい邸宅をご検討いただければ」
後者の話については、まったく、これっぽっちも考えてもいなかったので、オレは新たな住居の必要性について尋ねるのだった。
「いまですら立派な邸宅で暮らしているのに、これ以上立派な家に住むとか、行き過ぎの感があると思うがな」
「タスクさん、ここで大事なのは必要性ではなく、むしろ重要性なのですよ。小国とはいえ王は王なのですから」
いま一度、お立場をご考慮いただかなければなりません……アルフレッドが結ぶ。ハンスがいたら拍手で賛同の意を表しただろうな、なんて考えながら、オレとしては首をかしげざるを得ないわけだ。
執務をするならこの部屋で事足りるし、来客があっても来賓邸と応接室でまかなえる。過度な出費は控えたほうがいいけどなあ? 思わず呟いた一言は、かえってアルフレッドの感情を逆なでしてしまったようで、
「どこがですか。蒸気機関とかいう発明に出費するほうが過度というものですよ」
なんて具合に、半ば説教じみた口調で返されてしまった。わかったよ、わかったから、そんなに怒らなくてもいいじゃんか。
とりあえず、新たな邸宅は保留にしておこう。個人的にはインフラ整備を優先したい。宿場建設については前々から案件が上がっていたし、そろそろ着手しなきゃいけないとは考えていたんだよ。
「とはいえ、三カ所同時に建設するとなると人手も資金も足りないだろう?」
「そうなりますね。三カ国には申し訳ないのですが、優先順位をつけ、順番に建設を進めるのが妥当かと思われます」
「それなら龍人族の国、ダークエルフの国、ハイエルフの国の順で建設を進めよう」
もともと黒の樹海は龍人族の国の領地だったのだ。いわば親同然の国を無視して、他の国を優先させるわけにもいかないだろう。
次がダークエルフの国、最後にハイエルフの国というのは、交易の開始順というよりも、今後の発展性を考えての順番である。
ダークエルフの国の後ろには、人間族が治める連合王国と帝国という二カ国が控えている。であれば、将来的にこの二カ国に通じるであろう交易路を優先したい。
「そんなわけなので、獣人族の国に続く街道沿いにも宿場を作っておきたいところだね」
獣人族の国も人間族の国に面している。正直なところ、現時点では獣人族の国と満足のいく交易はできていないが、こちらも先行投資しておいたほうがいいと思うわけだ。
アルフレッドも獣人族の国の街道沿いに宿場を作ることは賛成のようで、「ではそのように予算を組みたいと思います」と口にすると、席を立った。
……ほっ。なんとか終わってくれたかと安堵していると、執務室を出て行く直前、アルフレッドは振り返り、メガネを指でくいっと押さえながら念を押すのだった。
「そうそう。新たな邸宅の件ですが、くれぐれもお忘れになりませんよう」
***
新居、ねえ? いらないと思うんだけどなあとモヤモヤしながら、足を運んだ先は鍛冶工房である。
例の蒸気機関にかんして、ランベールに説明しておく必要があったし、場合によっては助力を求めるかもしれない。
そう考えてのことだったのだが、新婚であるふたりの鍛冶職人はといえば、オレを出迎えるなり、開口一番切り出したのだった。
「ちょうどよかった。新居についてご相談したいと思っていたのだ」
「ランベールとリオネルのか?」
「ご冗談を。我々ではなく、タスク様の新居ですよ」
「その通り。国王となられるお方が、いまの住まいのままというのはいかがなものかと」
「そんなわけで、ランたんと一緒に、タスク様の新居はどういったものがいいか話し合っていたんですよ」
思わぬところから援護射撃を食らってしまったな。えぇ? ふたりもアルフレッドと同じ考えなの? いまのままじゃダメって感じなのかい?
「いや? ダメと言うよりも、建てるのが当たり前というか……」
「領民たちは全員揃って、タスク様が新居を建てられると考えていますよ?」
マジですか? 思わず目をぱちくりさせちゃったもんね。
はぁ~……。いやね? 現領主邸は、領民のみんなが力を合わせて建ててくれたから、てっきり大事に大切に使ってくださいとか言われるもんだと思っていたんだけどな。そういった話はまるっきりないのかい?
いやはや、ここまで考え方にずれがあるとは思わなかったね。質素倹約を心がけているわけではなく、単純にいまの住まいが十分すぎると思っているだけなんだけどなあ。
……と、ここまで考えながら、デジャブを覚えたわけだ。
旧領主邸である『豆腐ハウス』を手放す時と、まったく同じ考えかたをしている自分に。思考に進歩がないのか……?
いや! 今回の件はまた別だろう? 『豆腐ハウス』は実際、ちょっとアレだったけど、現領主邸はケチのつけようがない! 新居はいらないはず!
……って、言ったところで周りが納得しないんだろうなあ、きっと。
ぼーっとしていたら、マジでみんなが家作り始めそうな気がするし……。これは早いうちに、考えをまとめなければいけないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます