305.骨人族と歌劇家
とはいえ、ボーンジョークとやらに付き合っていたままではラチもあかないので、オレはさりげなく話題を転じるのだった。
「マネージャーのような立場っていってたけれど、公演を行う決定権があるのか?」
「いえいえ、ワタクシはあくまで窓口的な存在でありましてな。公演をやるやらないの最終的な決定は
「歌劇家?」
「作曲家と演劇作家を兼ねた職業をそう呼びましてな。魔道国での芸術分野においても最上と謳われておりましてな」
そう前置きしてから、ヘルマンニは魔道国歌劇団の成り立ちについて教えてくれた。
そもそも魔道国歌劇団は三人の歌劇家によって設立された団体で、設立当初は男性の劇団員も存在していたらしい。
しかしながら、演目を披露していくにつれ、歌劇家たちは公演に対しての不満を抱いていったそうだ。曰く、「自分が思い描いていた作品と違う」と切り出して、自らの作った作品を完璧なまでに再現するため、細部にまで口を出すようになった。
「演出がくどい。ここはもっと控えめに」
「指先の上げ方が荒い。より優雅に、そして繊細に」
「一音でも音程を外した者は、劇団から去れ」
……そして、究極を追求していった結果、いつの間にか男性の劇団員は姿を消してしまった。女性たちのみで構成されるようになった歌劇団は、いつの間にか「女性しか入れない劇団」と認知されるようになった、と。
「つまるところ、希望すれば男も入団できるのか?」
「いやあ、それはないでしょうな。いまや、『女性だけの劇団』というのがウリになってしまいましたからな!」
入団オーディションに男性の実力者が来ても骨折り損のくたびれもうけというものですなと、ヘルマンニは続け、そしてオレが予想した通りの言葉を続けてみせた。
「もっともワタクシ、骨が折れたことがありませんから、くたびれたこともありませんがな!」
「ハッハッハー! ナイスボーンジョ(以下略」
いい加減、しつこいのでファビアンの相づちは省略しておいたけれど。なるほど、結果的に劇団の方向性とセールスポイントが合致したってわけなんだな。興味深いね。
「知っているかい、タスク君っ。ヘルマンニ君は、歌劇団の振り付けも任されているんだよっ?」
会話の合間に投げ込まれた魔球を思われるファビアンの一言は、歌劇団の成り立ち以上に興味をそそられるものとなった。……マジっスか?
「いやはや、ひけらかすようでお恥ずかしい限りですな」
「何を恥じらう必要があるんだいっ!? あんなに華麗な振り付けを考えられる、その芸術的センスっ! 胸を張っていいと思うがねっ!」
「胸を張ろうにも、ワタクシ胸骨しかありませんがな!」
「ハッハッハー! ナ(以下略」
はい、ファビアンは放っておくとして、ヘルマンニの口から語られた話によれば、「実際に骨格の動きを見たほうが、振り付けを覚えやすい」と劇団員からも好評を博しているそうで、ここ数年に披露された演目のほとんどは、自身が振り付けを担当しているそうだ。
で、振り付けを任されたという演目を教えてもらったんだけど……。『黒き薔薇の棘と小鳥のさえずり』にはじまり、『雨に濡れし想い人』『追憶と郷愁』『遠き日の淡き恋』などなど、どれもこれもロマンティックな内容を想像させる題名ばかりで、豊かな情景と全身骨格は共存できるんだなあとか、いささか不謹慎なことをオレは考えたのだった。
「――ともあれですな」
頭蓋骨の頂点を、人差し指の骨でコリコリとかきながら、ヘルマンニは話題を戻した。
「『女性だけの劇団』というのは、事情を知らない人にしてみると非常に耳あたりがよろしいようでしてな。ことあるごとに、各国の重鎮と呼ばれる方々から公演を熱望されるのですな」
「もの珍しさもあるだろうしなあ」
「その通りですな。しかしながら、ワタクシどもにも演劇に対しての誇りがございましてな。下世話な好奇心を前面に出された方の前で、公演を披露するというのは抵抗がありましてな」
「もっともな話だ」
「ええ、ええ。そういった事情もありましてな。事前に公演を希望される方とお目にかかることで、その人となりをワタクシが確かめさせてもらうと、そういった次第なのですな」
ほとんどの場合はヘルマンニの外見でひるんでしまい、マネジメントを任される骨人族によれば、その時点で劇団側から公演を断ってしまうそうだ。
「その点、領主殿なら安心できますな! 人を見た目で判断しない良識をお持ちのようですし、なにより、ファビアン殿と同じく芸術に通じていらっしゃいますからな!」
「ウンウン! タスク君も芸術を愛する人だからね! その点はボクも保証するよ!」
穏やかな笑いを交わし合う中、水を差すようで申し訳ないけれど、ファビアンと同じく芸術に通じているというのは、少しばかり不本意といいますか。そもそも芸術面については無教養といってもいいほどでしてね……。
例えば高名な画家が描いた絵画を見ても、綺麗だなとかスゴいな程度の感想しか出てこない人間に対して、芸術の追及者とか持ち上げられてもなあって話なのである。話がややこしくなるから乾いた笑いで誤魔化しておくけれど。
ともあれと、笑い声を収めたヘルマンニは姿勢を正し、わずかに首を動かしてこちらに向き直った。
「魔道国歌劇団としてはフライハイトにおいて公演を行うことが決定した旨、領主殿にお伝えしようと参上した次第なのですな」
「そうなのか? 随分あっさり決まるものなんだな?」
「魔道国でファビアン殿と芸術とは何かを語り合いましたからな! こういった御仁がおられる領地であれば問題ないだろうと、歌劇家一同意見を一致させましてな!」
ファビアンの芸術性が珍しく役に立つこともあるもんだなと、内心、意外さに驚いている最中、ヘルマンニは「ただし」と話を続けた。
「公演にあたっては条件がございましてな」
「そりゃそうだろうな。ギャランティーとか、そういう話か?」
「いえいえ、そうではないのですな」
「……?」
骨人族の振付師兼マネージャーは、ファビアンと視線を交わし合い、一拍おいてから要望を口にした。
「公演にあたり、フライハイトに劇場を作っていただきたいのですな」
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