306.オペラ座

 劇場。つまりは歌劇場オペラ座か。


 さすがに屋外で公演を披露してもらうわけにもいかないし、確かに必要だなと心の中で頷いていると、ヘルマンニは表情に喜色を浮かべ――とはいっても骨しかないので。あくまで個人的にそう思うだけなんだけど――身を乗りだして話を続けた。


「領主殿は優れた建築技術をお持ちと聞きましたな! きっと素晴らしい劇場が完成すると期待しているのですな!」


 ははーん、この口ぶりは、オレが持つ構築ビルド再構築リビルドのスキルについて知っている感じだな? いまさら隠す気もないけれど、バレたらバレたで面倒事に巻き込まれそうだから、できるだけ内々に済ませておきたいんだけどねえ?


「任せてくれたまえよっ、ヘルマンニ君っ! なにせタスク君は異邦人だからね! オペラ座のひとつやふたつ、建てることなど造作もないさっ!」


 勝手に代弁し始めたのはファビアンで、なるほど、バラしたのはお前だなと龍人族の残念イケメンに一瞥をくれたものの、ファビアンは意に介することもなく、前髪をかき上げて白い歯を覗かせている。


 ……まあ、このスキルを踏まえた上で公演を認めてくれたのかもしれないし、ここらへんは判断が難しいところかもなあ。


 ともあれ、オペラ座の建設作業にオレが携わるのはヨシとしよう。しかしながら建設にあたっては致命的な問題があってだね、つまり、オペラ座建設はいままで作ってきたどの建設物よりも、はるかに専門的な知識が必要になるだろうってことなのだ。


 ぶっちゃけた話、音響やら防音やら、その手の設備に関するノウハウは皆無である。せいぜい劇団四季のミュージカルを二回観た程度でしか歌劇と関わりがない人間に、そういう施設が作れるとは思えないんだよな。


「安心したまえっ、マイベストフレンドっ! 建設にあたっての知識は、ボクがその役割を担おうじゃないかっ!」


 こちらの苦悩を察したのかはわからないけれど、ファビアンは胸を張り、それから旋律を奏でるように声を上げた。餅は餅屋、芸術分野について限定するのであれば、ファビアンはこれ以上ない適任者だと思うけど……。


 いざオペラ座が完成した際に、ちゃんとしたものになっているかどうかが不安ではある。


 巨大な石像とか、ワケのわからない前衛芸術的なモニュメントとか、そういったたぐいのものがところ狭しと佇立していたら……。容易に想像できてしまう未来予想図はさすがにぞっとするわけで、返答を躊躇っているのを見かねてか、加勢するようにヘルマンニが口を挟んだ。


「ご心配には及びませんのですなっ。歌劇団の代理人として、ワタクシも建設をお手伝いしますのですなっ!」

「ヘルマンニ君がかい!? それは心強い! これは是が非でもオペラ座の建設計画を進めなければいけないねっ!」


 ファビアンはオレの肩をガッチリと掴み、ぐわんぐわんと身体ごと左右に揺すった。わかった、わかったって。専門家が加わるなら安心できるし、こちらとしても大助かりだ。粛々と建築計画を進めていこうじゃないか。


 ……とは言ったものの。


 誘致しておいて申し訳ないけど、現状においてオペラ座建築に割ける余力はない。いや、こんなに早く事が運ぶとは予想してなかったんだよ。


 養豚場の建設は途中だし、リアの出産も控えている。オペラ座を建てる以外にも歌劇団が滞在するための宿泊施設が必要になるだろうし、施設を建てたなら建てたで、そこで働く人たちも必要になるわけだろ? そうなると相当な時間がかかると思うんだよな。


 今すぐは難しいぞ? オレが応じると、ファビアンは人差し指を横に振り、「問題ナッシンだよ、タスク君」と呟いた。


「キミが多忙を極めているのは百も承知さ! その上でボクにアイデアがあるっ!」

「アイデアって?」

「美観地区を作るのサ!」


 そう切り出したファビアンのアイデアをまとめると、次のようなものになる。


 オペラ座は、結局のところ公共の施設に類するもので、その存在意義は図書館とほとんど変わらない。であれば、いっそのこと領民を対象とした公共施設群の地域を作り、皆の憩いの場にするのはどうだろうか?


 まずは公園や浴場などを作る。これらは領民から人気の高い施設の上、利用頻度も高い。美観地区としての土台を固めた後、最終的にオペラ座を建てれば名実ともに美観地区が完成する。


「長期的に考えればいいのさっ。まずは領民たち自身の手で公園などを作る。その間にタスク君は養豚場を作ればいいだろう?」

「なるほど、あえて時間差を作るのか」

「それもあるが、美観地区を整えることで、もっとも大事なことが他にあってだね。つまりはオペラ座を作ったところで、領民たちはそもそも興味を持たないだろうという話なのだよ」


 芸術はある程度の心理的余裕や関心がなければ縁遠い代物である。断言した上で、ファビアンは付け加えた。


「美観地区に領民たちが足を運ぶことは、すなわち芸術に対する下地を作ることでもあるのサ! 親しい施設が近くにあれば、自然と興味が沸くだろう?」

「同感ですな」


 相づちを打ったのはヘルマンニである。


「歌劇団の理念のひとつに、普遍的に芸術を広めるというものがございましてな。残念ながら今日こんにちにおいての歌劇団は貴族や上流階級の皆様のみに公演を披露する存在となってしまっておりましたからな。そういった意味でも、これはいい機会だと思うのですな」


 そういうもんかねえと思いながらも、領民の皆のことを考えれば美観地区というアイデアもそう悪くないものだと思い、オレはファビアンを責任者に据えると、計画を進めるように話をとりまとめたのだった。


 ――この時点でファビアンの脳裏に描かれた、もう一つの考えについて、まったく想像もしないままに。


 それはまた別の機会に話すとして、ここからは完全に余談である。


 歌劇団の関係者が訪れたという話は、間もなくニーナの耳にも届くこととなり、陶器人形を思わせる白い肌を紅潮させた天才少女は「是非ともお目にかかりたいですわ!」と懇願するのだった。


 ……いや、引き合わせてもいいんだけど。ほら、ヘルマンニってば骨人族じゃん? 振り付けを担当しているとはいえ、見た目は骨格標本なわけで、麗人の印象が強い歌劇団からは縁遠い存在に思うんじゃないかって不安に思うわけだよ、こっちとしては。


 とはいえ、オレを兄と慕うカワイイ義妹いもうとのお願いとあっては、叶えてやりたいのが心情であって、決して驚いたりしちゃダメだぞと念を押してから、ヘルマンニと対面させることに。


 その結果。


 感動で瞳を潤ませるニーナはヘルマンニの手(というか骨)を力一杯に握っては、黄色い声を上げるのだった。本気か、義妹よ?


「あの高名な振付師であられるヘルマンニ様にお目にかかれるなんて……! 私、望外の至りですわっ!」

「いやはや、こうも熱心なファンの方に握手をせがまれるとは、思わず赤面してしまいますな! もっともワタクシ、赤面するにも顔がありませんがな!」

「まあ! ヘルマンニ様は冗談もお上手ですこと!」


 後から知ったんだけど、熱心なファンたちの間で『謎多き骨人族の振付師』として、ヘルマンニは有名らしい。……そうなの? まあ、あんなに喜んでるから本当なんだろうけどさ。


 ちなみに。


 ヘルマンニは自身のサインまであるそうで、最後にハートマークならぬ骸骨印を付けるのがお決まりとなっているとのことだ。噂には聞いていたけれど、実際にもらえる日が来るなんてと、ニーナは感激に打ち震えている。


 あるいはこれがいわゆる『箱推し』というヤツかと思いながら、オレは温かくその光景を眺めていたのだった。本人が嬉しそうなら、それでいいじゃないか。

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