301.軍隊結成、その後

 ともあれ、『漆黒シュバルツ幻影ファントム樹海ヴァルトメーア 軍』という名称が決まるやいなや、クラウスは軍隊の編成に取りかかるのだった。


 ……で、二日も経たない内に「編成が終わったぞ」という報告を受けたわけなんだけど。いくら何でも早すぎないか?


「いやあ、どこで軍隊の話を聞きつけたんだか、希望者が次から次に押しかけてよ。苦労したんだぜ?」


 そんなぼやきもどことなく嬉しそうで、ハイエルフの前国王は右肩を拳でトントン叩きながら、選抜する側の苦悩を語ってみせた。


「そりゃもう、大変だったんだからな。誰も彼もが我先にと、総勢二百人以上が名乗り上げたんだぞ?」

「そんなにか」

「俺としては全員受け入れてやりたいところだったんだがなあ。ま、五十人って決まった以上、そこは守らねえとよ」


 聞けば年齢制限と体力測定を実施して人数を絞った上で、クラウス独自の選抜試験を行い、最終的な五十人を決定したと。……独自の選抜試験って?


「そんなもん、お前、ステゴロに決まってるだろ」

「決まってるだろ、じゃねえよ。そんなもん、ただの殴り合いじゃんか」


 安心しろ、十分すぎるほどのハンデをつけてやったと付け加え、クラウスは愉快そうにケラケラと笑い声を立てている。はぁ、カミラにしろクラウスにしろ、どうして『選抜試験』が『拳と拳を交わすこと』に直結するんだ? もうちょっと平和的に解決できないもんかな? ほら、面接とか、色々あるじゃん。


「嫌だよ、面倒くせえ」


 即答である。一応、軍隊のトップなんだぞ? 入隊の動機とか、人となりなんぞは知っておいて損はないだろ?


「動機なんぞ聞いたところで、返事の予想はできるしな。つまらん答えばっかりになるぞ」

「たとえば?」

「『フライハイトのため、粉骨砕身する覚悟!』とか『敬愛する領主様をお守りするため、忠誠を尽くす所存!』とか」

「前者はわかるが後者はないだろ?」

「タスクよぉ? いい加減、領民に慕われてる自覚を持った方がいいぞ? ここまで好かれる領主ってのもなかなかに珍しいからな」


 ……そうなのか? その割には、ぞんざいに扱われる場面があるんだけどな?


「郷土愛や領主に対しての忠誠心は見上げたもんだが、過剰になっても困る。それらを建前に軍隊が暴走する例は、歴史上、往々にして起きるもんでな」

「軍閥化ってやつか」

「正解。ま、そんなわけで、手綱は常に握っておかにゃならん」


 なるほど、考えているんだなと感心していると、クラウスは一枚の紙を取り出した。軍隊の編成表だそうだ。


「とはいっても五十人だからな。当面は一小隊だけだ」


 表題に『漆黒シュバルツ幻影ファントム樹海ヴァルトメーア 軍・編成表』と記載された書面には、トップにクラウスの名前があり、そのクラウスが率いる五十名の小隊には『ゼロ番隊』という名前が付けられていた。『ゼロ番隊』、ねえ?


 いちオタクとしては、どうしても『コードギアス 反逆のルルーシュ』を思い出してしまうなあ。そんなことを考えながら、小隊名に意味はあるのか尋ねてみると、クラウスは胸を張って応じるのだった。


「もちろんだ。零番隊は領主の護衛も兼ねるからよ。いわば親衛隊ってヤツだな」


 うん、完全に『コードギアス』のまんまでした。どうもありがとう。


 しかし親衛隊ねえ? なんか仰々しくなってきたような気もするけれど、領主という立場上、そういう存在がいないとダメなんだろうなあ、きっと。時々忘れそうになるけど、オレ、一応は伯爵なんだし。


 とはいえ、親衛隊に守ってもらう機会もこれといってないわけで、零番隊の主な任務は『樹海周辺の魔獣と野獣の駆除』及び『交易街道の治安維持』になる。いまのところ報告はないけど、商人の出入りが急増していることから、野盗が出没する可能性を考慮したほうがいいというのがクラウスの弁である。もっともだね。


 ちなみに、軍服の発注はすでに完了していたらしい。軍隊を発足するぞっていう話題が立ち上がる前から、クラウスがベルに制作を頼んでいたそうだ。


 龍人族の国の軍服にも採用されている黒地に、樹海の象徴色ともいえる緑のラインが入った、洗練されたデザインとなっている。これらの装備品も含め、軍事費用の一部は、先日お披露目された武器を出荷して補うとのことで、アルフレッドが頭痛の種を抱える心配はないだろう。


 あわせて、ひっそりと生育していた作物類を出荷することにした。例の『灼熱の実』、『空色スイカ』、『クッキーポテト』という新種の作物だ。


 『灼熱の実』はダークエルフの国、『空色スイカ』はハイエルフの国、『クッキーポテト』は獣人族の国と、それぞれ卸す国を分けて、しばらくは様子見である。評判次第で販路を拡充していこう。


 とにもかくにも、結果としてアルフレッドから財務面での苦言を聞かされることはなくなったので、収支は黒字になったと考えてもいいのだろう。……多忙のあまり、苦言を呈する暇もないようなら、それはそれで申し訳ないけれど。


 補佐役のニーナからも特に何も聞かされていないので、大丈夫だとは思うんだけどなあ。まあ、問題があったらその都度対応すればいいかと楽観を決め込んでおこう。


 あと、これは完全に余談なんだけど。


 治安警察に所属する人数が倍増したことで、「ナイズバルク!」やら「今日も筋肉が切れてますぞー!」というかけ声も増えるようになった。


 朱に交われば赤くなるとはよく言ったもので、ついこの間までごくごく普通って感じの青年までが『マッチョ道』に邁進していく姿は、なんというか、不安になるというか心配になるというか、若干のもやもやを覚えてしまうわけで。


 かけ声が増えたことで領民たちもビックリするんじゃないだろうかなと心配になっていたけれど、実際に話を聞いてみたところ、まったく気にしていないとのことらしい。……適応力が高いなあ。


「お前さんが領主ってのが大きいな」


 黒と緑の軍服に袖を通したクラウスはそう前置きした上で、愉快そうに続けた。


「昔からよく言うだろ? 『朱に交われば赤くなる』って」


 ……くっそう、言い返せないのが悔しい。

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