288.合意と種明かし(後編)

「待て待て待て。王妃が今日の会談を仕組んだって言いたいのか?」


 首を縦に振るハイエルフの前国王。「根拠がないだろう?」と尋ねるよりも早く、クラウスは指摘する。


「魔道士のお嬢ちゃんがここにやってくるタイミングが、不自然なまでに絶妙すぎるんだよ」

「どういうことだ?」

「『魔法石ドライヤー』をシシィの姉さんに送ってから、そんなに日が経ってないんだろ? ってことはだ、『夫人会』の中にはドライヤーの存在を知らねえ連中がいるってことだよな」

「まあ、数自体、そんなに作れないからな」

「『夫人会』でも知られていないものを、魔道国にいるお嬢ちゃんがどうして知っているんだ? 違和感しかねえだろ」


 そりゃ、お前、エリザベートとマルグレットは仲がいいって話だから、ドライヤーのことぐらい話題に上るだろうさ。王妃から直接情報を聞かされても不思議じゃないだろ?


「仮に情報を聞かされたとしてだ、直接イチャモンをつけに来る理由がどこにある?」

「マルグレットも言っていたじゃないか。魔法石の品質が悪かったから、だろ?」

「おいおい。その理屈で言うなら、先代の当主が乗り込んでこないと道理が合わないぜ。二年前、同じように魔法石で『こたつ』を作って、夫人会に送ったのはタスク、お前じゃねえか」

「あの時の魔法石と今回の魔法石は違うモノだろう?」

「いえ、品質としてさほど差はありません。そもそもあの時の魔法石も試作品でしたし」


 客観的に評価しても二級品ですね、そう付け加えたのはグレイスだ。


「クラウス様の仰る通り、魔法石の出来で苦情があるのならば、ソフィア様の父君であられる、先代の当主が行動を起こされているはずかと」

「実の娘がぁ、秘匿の技術を他国で披露しているとか知ったらぁ、流石のお父様もぉ、面目丸つぶれって言うかぁ。恥ずかしくて文句がつけられないだろうけどねぇ」


 先代家長の実の娘であるツインテールの魔道士が愉快そうに論じた。……ソフィアさんや、他人事のように話しているけど、お前も当事者の一人って自覚は忘れるなよ?


「……で、だ。ここからが重要なんだが……」


 クラウスは頭の後ろで両手を組みむと、魔道士たちの話を継いだ。


「他国が絡む厄介事をお偉方が仲裁する場合、中立的な場所で両者の意見を聞くってのが慣例でな。今回の一件で言えば、あのお嬢ちゃんもお前さんも、揃って宮中に呼び出されるのが当然ってわけだ」


 仲裁する立場の人物が、どちらか一方を訪ねてしまっては、そちらを贔屓しているかのように受け取られる。そういった理由からも、会談をやるとわかった上で、王妃がここにやってくるのは何かしらの意味があると考えるべきである。


「その上、到着早々、シシィの姉さんが魔道士のお嬢ちゃんを叱りつけてたろ? しかも公衆の面前でだ。お嬢ちゃんの立場なら、自害を考えるぐらいのレベルで恥をかかされたと考えるのが普通だな」

「そんなバカな……」

「バカなもんか。露骨なまでに王妃から『相手側に肩入れしてますよ』って態度と言葉で示されたんだぞ? そこら辺の貴族なら、今頃、毒をあおって死んでるぜ?」

「…………」

「お前さんにゃわからんだろうが、そういうのが当たり前の世界なんだよ。貴族同士のパワーバランスってのはそうやって保たれてるのさ」


 つまらなそうに話すクラウスの声に耳を傾けながら、爵位や肩書きがもたらす世界の偏狭さに対して、オレはため息を漏らした。


 まったくどうして伯爵位やら領主なんて地位に就いてしまったのか。そんな後悔すら脳裏をよぎったものの、いまのいままでそういったモノと無縁でいられたのは、恐らくはジークフリートお義父さんを始めとする周囲の助けがあったからなのだろうと考えを改め、知らず知らずのうちに手を差し伸べられていたという事実に感謝を覚えるのだった。


「今回の訪問もある意味、パワーバランスを保つためのパフォーマンスなのさ。シシィの姉さんと魔道国の間で、な」


 クラウスはそう呟くと、次のように結論付けた。


 『五名家』筆頭の家督を引き継いだとはいえ、失墜した信用を取り戻すには実績が必要になる。それも、とびきり特上のものが。そう考えたマルグレットは、エリザベートに相談を持ちかけたのだろう。


 すでに魔法石の技術は流通し、新たな功績を立てなければならない友人の立場を察したエリザベートは、こんな話を持ちかけたはずである。


「魔法石の複製品を作った側に、複製品の不備と権利の侵害を訴え、代償を支払ってもらうべきだ」


 とはいえ、訴え出るにしては機を逸している。すでに『こたつ』なるもので魔法石の複製品が使用されており、いまさら苦情を述べたところで説得力に欠けてしまう。


 この点については仲裁する立場としても、申し出を受け入れることは難しい。なにか新たに魔法石を用いた品物が登場するのを待ってから行動を起こすべきではないか。


 そんな折、『魔法石ドライヤー』なる代物が届いた。使われているのはお世辞にも一級品とはいえない魔法石である。これをだしにして不平を訴えれば、王妃側としても仲裁しやすい――。


「……表面上はお前さんの顔を立てつつ、実際のところはあのお嬢ちゃんの名誉を回復させる。シシィの姉さんは両方の仲を取り持つ役目が果たせるし、結果として『夫人会』の評判が上がって万々歳と。そういう筋書きだったんだろうよ」


 さらに言えば、『五名家』のうち、三番手と四番手の立場にいる人物を同行させてきたことも意味があるそうで、マルグレットとしては『五名家』筆頭当主としての権力を誇示してみせる必要があったらしい。


「三番手と四番手にしてみたら、お土産のおこぼれにあずかれるかもしれないからな」

「おこぼれ?」

「技術提携で取り交わした四品目。つまりは『妖精桃』『遙麦』『七色糖』『ロングテールシュリンプ』だがな、今回の会談で、魔道国におけるそれらの権利を、あのお嬢ちゃんが握ることになったわけだ」


 そのうち、どれかを融通してやることで恩を売れるだけでなく、『五名家』筆頭の立場をより強固なものにできる。そこまで計算した上で三番手と四番手を同行させたのだろう。


「ま、『五名家』の誰を同行させるかを決めたのもシシィの姉さんだろうよ。今後の外交を踏まえた上で、やりやすい方向に話を進めたと考えるのが妥当だな」

「……最初っから、王妃の手のひらで踊らされてたってことか……」


 なかなか衝撃的な事実にどう反応すればいいのか悩んでいると、ハイエルフの前国王はニヤリに笑った。


「いいや、そうとも言い切れんぜ? シシィの姉さんも計算外しなかったことがあったみたいでな」

「……?」

「お前さんの思い切りの良さだよ。流石の姉さんも、ここまでの条件を引き出せるのは想定していなかったと見える」


 クラウス曰く、オレが『遙麦』と『七色糖』を持ちかけた瞬間、ほんの一瞬だけエリザベートの眼差しに変化があったようで、そのかすかな違いに気付いたらしい。


「技術提携の条件としては『妖精桃』と、『遙麦』と『七色糖』のどちらかかだけだと考えていたんだろうさ。加えて『ロングテールシュリンプ』までセットと来てる。しかも提示する側に渋る様子が一切ない。あれは内心、相当驚いてるぞ」

「オレとしては、単に思い切った方がいいかなと考えての上だったんだけどね」

「だとしても、思い切りが良すぎますよ。財政面に及ぼす影響も考えてください……」


 はぁぁぁぁぁぁという大きな息を漏らし、打ちひしがれた様子で呟くアルフレッドにクラウスが応じる。


「いやいや。今回の一件、トータルで考えりゃプラスだぞ。タスクの領主としての器量を見せつけた上に、シシィの姉さんの顔も立てたんだからな。変にケチってたら、遺恨を残す結果になったぜ?」

「わかってはいるのですが……」

「だったら、さっさと書面を書くこった。後々、難癖つけられないよう、一言一句間違いなく頼むわ」


 クラウスはそう励ましながら、龍人族の商人の肩に手を置いた。すっかり頭痛の種を抱えてしまったといった様子のアルフレッドに心の中で詫びながら、執務室の窓辺に視線を移す。


 すると、庭先に二つの人影があることに気付いた。柔和な表情のマルグレットがしらたまとあんこ、二匹のミュコランと戯れていて、カミラがその光景を見守っている。


 意外な光景を目の当たりにして、オレはクラウスたちに後は頼むと言い残すと、執務室を後にした。

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